猫と雑貨店の事情
レンガ通り商店街は、200m程の通りと、100m程の通りが交差した商店街だ。
昔は映画館が二つあり、商店もたくさんあって週末は賑わっていたが、今では最盛期の半分以下になってしまった。
営業している店舗は20数店舗もない。
映画館は二つとも、いわゆるシネコンの登場により20年近く前に姿を消していた。
だが、その一つが2年前からいわゆるミニシアターとしてよみがえり、人気のスポットとなっていた。
郊外や駅前にできた大型店舗に、値段や品ぞろえでは勝てるはずもない。
いくつかの商店は商品を絞り込み専門店化することで、大型店舗との差別化を図り、電気店はアフターサービスの良さを売りにして、売り上げを伸ばしていた。
アルテミス雑貨店も、他とは違った商品を置くことで差別化を図り、人気を得ていた。
その一つがケットシー商品だった。コアな人気があり関連商品も多いのだが、取扱い店舗が少ない。
とくに田舎ではほぼ見かけない。大型店舗に多少扱いはあるが、品数は少ない。
ケットシー商品を充実させることで、市外からも多くの客が訪れるようになっていた。
もともと扱うつもりはなかったのだが、甲斐の提案で取り扱いを始め、規模を徐々に広げていた。
他、甲斐が注文・手配するものは売れる場合が多い。
反面、笠置が注文するものは、あまり売れない。
ふくろうグッズはそこそこの売り上げがあるが、十字架や魔術系のアイテムは品物が届くたびに甲斐に怒られていた。
月曜日の11時ごろ。
表に客がいなかったせいか、荷物を持って甲斐がノックもなしに部屋に飛び込んできた。
届いた段ボール箱をテーブルの上に置きながら、甲斐は声を上げた。
「また、何頼んでるんですか! これ、売れます?」
言いながら、段ボールの中身をゆびさした。
商品を確認するために中を確認したらしい。
箱の中には、大きな十字架のネックレスや青い石を中心に羽根が付いたネックレスなどが入っていた。
十字架のネックレスは本当に大きく、縦20センチはあるだろう。横は15センチ近くだろうか。
中央に黒い石がはめ込まれている。
「誰が買うんです、こういうの。っていうか、これ高いですよね」
「新作」
言いながら、笠置は自分専用のお菓子箱に入っているチョコレートに手を伸ばした。
甲斐は呆れ顔で、
「そう言う問題ですか?」
と言った。
そう言う問題も何も、自分の店である。
この手の物が好きな人はいるし、口コミで話が広がり、この辺りの商品は徐々に売り上げは伸ばしている。
「ウェストゴシック社は人気だし、事実売り上げ伸びてるじゃない」
「いや、まあ、そうですけど。最近気が付いたんですが、徐々にスペース増やしてません? あの一画、もう少し商品少なかったように思うんですが」
そう言われ、笠置はそっぽを向いて、
「知らない」
と答える。
甲斐が言っているのは事実だが、何を答えても言われることは同じだと思う。
甲斐は笠置の前に回り込み、腰に手を当てて言った。
「とぼけないでください。絶対増えてますよね。だって、明らかに入荷の頻度あがってますもん」
「いいのか、店」
じっと甲斐の目を見つめていうと、彼ははっとして、慌てて店頭へと戻って行った。
「それ、自分でチェックして並べてくださいよ!」
部屋から出る直前、甲斐はそれだけ言い残していった。
部屋でひとりになり、笠置は甲斐がもってきた荷物を確認した。
ネックレスのほかに、指輪やブレスレットも入っている。
全部で5点。
すべて新作だ。
商品の在庫はデータベースで管理している。入荷があればパソコンを使って商品の在庫を入力する。
仕入れの伝票と入荷商品を照らし合わせ、確認が終わると、商品をひとつずつ手に取って眺めた。
ウェストゴシック社はヨーロッパにあるアクセサリーブランドだ。
魔術的なシンボルや、髑髏などといった退廃的なモチーフを扱っている。
その手のアイテムが好きな層はある程度存在する。
やはり田舎なので、こういうアイテムはなかなか手に入らない。
店を始めるなら絶対に扱おう、と思っていたアイテムだった。
しばらく商品を眺めた後、笠置は商品を段ボールに戻し、箱を棚の上に置いた。
そして、棚から湯呑を出して、緑茶の準備をする。
茶を淹れ、茶菓子の大福をさらにのせていると部屋をノックする音がした。
こちらが何か返事するまもなく、扉が開く。
着物姿のきぬさんだった。今日は灰色の紬の着物を着ている。
「相変わらず用意がいいねえ」
扉を閉め、ゆっくりと客用のソファーに腰かけながら、きぬさんが言った。
彼女の前に湯呑と大福の皿を置き、笠置は自分のソファーに戻った。
彼女は1日おきのペースでここにやってくる。
きぬさんの話は基本、若い者に対する愚痴と、商店街の噂話だ。
笠置はただそれを、相槌をうって聞くだけだった。
用意していた大福を三つ平らげたころ、そういえば、ときぬさんが言った。
「連休になんかイベントやるだろう。聞いたよ、お前たち断ったんだって? えーとなんだっけ。なんとかっていうイベント」
「ファッションショー」
笠置はそれだけ言って、ふくろうのマグカップに入ったコーヒーを一口飲んだ。
砂糖と牛乳を大量にいれたもので、かなり甘い。
きぬさんはそうそうと頷きながら、湯のみに手を伸ばした。
「そのショーに出てくれって頼まれて、二人とも断ったんだろ? 実行委員長さんが困ってるって聞いたよ」
「へぇ」
とだけ言って、笠置はお菓子箱に手を伸ばした。
クッキーにチョコレートがコーティングされたお菓子を口にほうり込み、テーブル下のごみ箱にゴミを投げ入れる。
ゴールデンウィークにいくつか用意されているイベントの一つが、ファッションショーだ。
近くの洋裁学校に通う生徒や大学生を中心に、老若男女誰でも参加できる。当日飛び入りもオッケーという、かなり緩いショーだ。
このショーはミスコンやミスターコンテストという側面があり、観客の投票で1位になれば賞金もでる。
それに年齢とわず、上位になった人は、夏祭りなどの街のイベントポスターのモデルを勤めたりする。
なのでショーというよりもコンテストだが、それだと人の集まりが悪い、ということでショーとしているという。
このイベントが始まって今年で四年目だが、毎年甲斐と笠置は参加を打診されていた。
笠置は立ち上がり、きぬさんの為に新しい茶を用意する。
黙ってきぬさんの湯のみを手にし、残っていた茶を穴の開いた蓋のがついた容器……茶こぼしに捨てると、新しい茶を注いだ。
「男の参加者が少ないんだって」
それは毎年聞かされている言葉だった。
黙ってきぬさんの前に湯のみを置くと、ありがとよ、と声がかかる。
「バイト雇っただろう。
だから店があるって理由は通りづらくなるかもねぇ」
そう言われ、笠置はひとこと、
「甲斐がでればいい」
と言って、自分の席に戻った。
きぬさんは湯気のたつ湯のみに手を伸ばしながら、
「また、あの子にばかり甘えるんじゃないよ。
お銀さんも言ってたけど、お前あの子に甘え過ぎだよ」
そう言って、彼女はお茶を啜った。
少し困った顔をして、笠置は頭を掻いた。
甘えてるつもりなどあまりないが、周りからそう見えるということだろうか。
笠置が何も言わずにいると、やれやれ、ときぬさんが呟いた。
「困った子だねえ、あんたは」
その困った子のところに来て延々と話し続けるきぬさんは何なのかと思ったが、笠置は口に出さず、コーヒーを一口飲んだ。
きぬさんが帰った後、しばらく静かな時間が続いた。
店の方も暇らしく、父の日ギフトに関する相談のメールが何度か来た。それに、夏祭りに向けた浴衣用の小物をどうするかなどのメールのやりとりをした。
たぶん無料通話アプリなるものの方がこういった場面では便利なのだろうが、メールそのものが笠置は苦手なため、敬遠している。
浴衣向けの小物は、毎年甲斐の母親が作るつまみ細工の髪飾りを置かせてもらっている。
つまみ細工とは、絹やちりめんの生地を小さく正方形に切り、折って重ね合わせて花の形などを作る江戸の伝統工芸だ。
かなり手の込んだもので、かんざしになると何千円もするようなものだ。
甲斐の母親が趣味で作っている、いわゆる素人の手作りなので、安値で売っているのだが、これがなかなか好評だった。
あまり見かけるものではない、というのも人気の理由らしく、仕入れるとすぐに売り切れてしまう。
甲斐のメールによると、自分が作ったものをつけて歩く人を街で見かけるのがとても嬉しいらしく、上機嫌で報告してくるとのことだった。
『かんざしやパッチン留めのほか、なにかありますか?』
『コーム』
甲斐のメールに短くそう返し、笠置は長年使っている携帯電話を閉じた。
たばこに火を点けて、外へと視線を向ける。
灰色の雲が空を覆っている。
明日は雨が降るらしい。
燕が低い姿勢で飛ぶのが見える。
しばらくすればまた来客がある。
ここに来る客はみな、笠置に話しを聞いてほしくてくる。
1時間から2時間、皆が好き放題しゃべるのをただ聞いているのが、笠置の役割だった。
閉店の時間になり、店内BGMの電源をオフにする。
「あの子買い物に来たねえ」
どこからかあの、老女の声が聞こえた。
笠置は、昼前にきたアクセサリーが入った箱に手を伸ばしながら、
「へえ」
とだけ言った。
「お前が使っているコップと同じものを買って行ったよ」
声が何を言いたいのかわからず、笠置はすこし首をかしげる。
「そうそうあの子、お堀のほうに曲がって行ったからちょっと追いかけちまったよ。この時期は危ないよって、言ってやんなよ」
「甲斐に言わせればいいじゃないか」
声は何も答えない。
ただ猫の鳴き声だけが室内に響いた。