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大事なこと大切なもの

 結局甲斐に玲奈を送ってもらい、笠置は双子と共に店頭にいた。

 雨はやみ、太陽が雲の切れ間から顔を出している。

 雨宿りしていた女子高生はとうに帰り、今店内には別の客が何人かいた。


「これかわいー」


「この傘おもしろーい」


 女子高生二人組がそんなことを言いながら、傘売り場を見ている。

 雨の季節は傘がよく売れる。

 あまり数は置いてないけれど、他ではあまり見かけないような柄のものを置くようにしていた。


「おじょーさんおじょーさん、見てみて」


 二葉が霧吹きを持って、16本骨の青い傘を手にして開いて見せた。


「これ、雨にぬれると花柄が出るんだよ」


 言いながら、開いた傘を床に置き、霧吹きで水を吹き付ける。

 薄い桜の模様が浮かび上がり、女子高生は感嘆の声を上げた。


「へぇー」


「すごーい。綺麗だねー」


 他方、店の奥にある笠置の趣味のものが置いてある一画には、黒いロリィタのジャンパースカートを着た少女がいた。

 頭には黒いヘッドドレス。メイクもばっちりした、たぶんバイトと同じくらいの年齢だろう。

 10センチ以上の厚底靴を履いている。


「これ、つけてみてもいいですか?」


 大きな十字架のネックレスを手にして、そばにいた二葉にそう声をかける。


「はい、大丈夫ですよー。よろしければお手伝いしますよ?」


「え、本当ですか? ありがとうございます」




「あー。笠置さん復活されたんですか?」


 入口ドアが開く音と共に、入ってきたのは蘇芳だった。

 いつものスーツ姿ではなく、半袖にジーパンといういでたちだ。

 彼はまっすぐに笠置がいるカウンターにくると、早口にまくしたてた。


「きぬさんを何とかしてください。あの方話し長いんですよ。

 僕のところに来てはずーっと話して……いや、僕もあの方の相手はしますよ?

 しますけどでも、でもあの人本当に話が長いし、とりとめはないし、話は飛び飛びだし」


 それは自分もだろうに。そう思ったものの、言葉を飲み込む。


「木曜日からここに来るように伝えますね。

 っていうか、よくあの人の相手できますね」


「……他には」


 そう問うと、蘇芳は黙ってじっと笠置を見つめる。

 そして、首を横に振り、


「えーと。ないです」


 と応えた。


「邪魔だから帰れ」


「わかりました……ていうか、やっぱり冷たくないですか?」


 その言葉に笠置は何も答えず、後ろに来た会計の客ににっこりとほほ笑みかけた。


「いらっしゃいませ」


 蘇芳はその笑顔を見て、すごすごと後ろに下がり、二葉に話しかけた。


「何あの笑顔」


「ね。全然違うよね。何者? って感じ」


 まる聞こえだが2人を無視して、十字架のネックレスの会計をすすめた。




 夜7時。

 閉店作業をし双子を帰したあと、カウンター内で売り上げの確認しているとき、甲斐が言った。


「あの、夏祭りの日なのですが、土曜日だけは家の手伝いをするように言われまして。

 というか挨拶に来る人たちの相手をするように、と言った方が正しいですが」


 予想と違う話が展開され、内心拍子抜けする。

 てっきり昨日のことを何か言われるのではと思い、何を言えばいいのか考えていた。

 それにしても、ずいぶんと甲斐の父親は譲歩したものだと思う。

 甲斐はここで働き始めてから、夏祭りの日は毎年ここにいる。

 去年、一昨年は二日とも家にいるよう言われ、断固拒否したため揉めていた。


「一日だけならと、受け入れることにしました。やっぱり跡取りいないと体裁が悪いようで」


 そう言って、彼は苦笑する。


「僕がここで働いていることでいろいろと言われるようで。

 まあ、僕としては知ったことではないですが。裏で手をまわして問屋抑えたことくらい知ってますし」


 それについては話したことがないような気がするが、勘付いていたのか。

 近所の商店のおばちゃんによる井戸端会議で得た情報であったが、彼女らは楽しそうに、神社と何があったのかを聞きに来た。

 結果、この店の取引相手は皆、県外の問屋や企業だ。

 県内に欲しい商品を扱う問屋があっても、そこを利用していない。

 自分のもつ伝手を最大限利用した結果でもあるが、そうして正解だった。


「だから、土曜日だけお休みいただきたいんですがいいですか」


「ああ」


 そう答え、笠置はパソコンを閉じた。顔を上げ、甲斐へと視線を向けた。


「緋月」


「……なんです?」


 甲斐からいつもの笑みが消える。

 甲斐の顔をじっと見つめ、笠置は問うた。


「お前、いつまでここで働くの」


 彼は俯いたあと、再び顔を上げて言った。


「……まだ、辞めるつもりはないですよ。それについては、以前も申し上げた記憶がありますけど。

 僕、25ですよ。自分のことくらい自分で決めますし、ちゃんと考えますよ」


 それでは答えになっていないだろうに。

 具体的なことを、甲斐は口にしていない。

 そう思い、笠置は同じことを尋ねた。


「だから、いつまで」


「……ずいぶんと、今日は突っ込んできますね」


 言いながら、甲斐は顔を伏せた。


「……僕だってわかってはいますよ。

 いつかはここをやめなくてはいけないし、家のことは……まあ、仕方ないですからね。

 理解はしていますよ、あそこを継がなくちゃいけないことくらい。血族を重んじていますからね。

 弟でもいいじゃないかとも思いますが、それはそれで可哀そうですし」


 彼の弟は、今宮司になるための大学に通っている。

 表向きは自分の意志で選んだということになっているが、たぶん父親の言うとおりにしただけだろう。

 なにせ、長男は反発し、関係ない大学に行き、関係ない仕事をしているのだ。

 甲斐は俯いたまま、言葉を続けた。


「まあ、父がまだ健康だからそこまで焦ることはないとは思っていますが、先ほども申し上げたように体裁を気にする父は気に入らないようですけど。

 あと……2,3年はいさせてほしいです。僕としては」


 そう言って、彼は顔を上げた。いつもと違う真剣な面持ちだった。

 初めて聞いた、甲斐の意志。

 今まで当たり前のようにそばに居続けた甲斐がいなくなるのが恐かったのだなと、改めて認識する。

 だから聞きたくなかった。いついなくなるかなんて、聞きたくはなかった。

 けれどそうもいかない。時間は、確実に過ぎていく。

 大きく息を吸い、笠置は思いを口にした。 


「お前にいてほしいと思うし、本当に、ありがたいと思っている。

 けれどこのままの状況でいいのかと思った。

 店を始めて、彼らが入り浸るようになった。

 さすがに邪魔だから部屋で話を聞くようになったら……この有り様だ」


「ああ……最初の頃酷かったですね。

 自分の話を聞いてくれと、次々とやってきて」


 そう言いながら、甲斐は笑う。

 妖怪の本質は人にいたずらをしたり害を与えるものだ。

 だが度が過ぎれば滅ぼされる。

 彼らもストレスをためるのは人と同じだ。

 ただ、彼らの話を聞くことで、その牙が人へと向かないようにできたらと思っただけだったが、店頭に出る暇もないくらい、ひっきりなしに妖怪たちが現れるようになってしまった。


「きぬさんは、ここがケーキ屋さんだったころからいらしてましたもんね。おば様がよく相手をしてましたっけ」


 もともと、ここは両親がケーキ屋をやっていた。

 きぬさんも、狛犬たちもそのころからの「客」である。

 両親が死に、行き場を失った妖怪たちがどうしていたのかはよく知らない。

 河童たちの悪さについてはよく耳にした。そのため、「注意」と言う名の「制裁」を加えに行ったことがあった。


「だからバイトを雇うことにした。

 さすがに混雑時は俺一人ではさばけない。お前がいなくなってもやって行けるようにと」


「そう言うことだったんですか。

 てっきり女の子たちに対する嫌がらせなのかと思ってました」


 そう言って、また笑う。

 それはたしか狛犬たちが言っていた。

 そんなつもりはひとかけらもなかったが、募集から採用まで一年ほどかかったのがいけなかったのだろうか。


「……そんな嫌がらせ、意味がない」


 言いながら、首を振る。


「冗談ですよ。

 僕、透さんは僕がいないと生きていけないんじゃないかって思ってました」


 それはあながち間違っている認識とも言えず、笠置は甲斐から視線を逸らした。


「……悪い。

 そこまで頼る気はなかった」


「いいえ、僕が何かあるたびにここに逃げ込んでいたのは事実ですし。

 なんていうか、誰かに必要とされるのが、嬉しかったですからね。

 親との仲裁にまでかり出してしまいましたし。正直それは、悪かったと思ってます

「……そうだな」


 結果、神社への出禁を食らってしまったわけだが、そのこと自体でダメージは受けていない。

 正直あの父親の相手などしたくもないし、顔も見たいとあまり思わない。


「昨日、僕を遠ざけたいって話を聞いたときは正直頭が真っ白になりましたけど。

 よく考えたら、当たり前のことですよね。

 僕はいつまでもここにはいられないわけですから」


 そう言って、寂しげに笑う。


「でも、僕は極力ここにいたいですよ。楽しいですからね。仕事。

 お客様の喜ぶ顔とか、見ていて幸せな気持ちになれますし」


「……お前が楽しいならそれでいい」


 働いていて楽しいと感じるなら、この仕事に巻き込んだのは間違っていなかった、と思える。

 死んだような顔をして父親の言いなりになっていた頃に比べれば、今はかなり表情豊かになったと思う。

 ただ、笠置への執着心と言うか、依存はどうにかならないものかと思うが、それには時間がかかるだろう。

 甲斐はカウンターに入るなり、笠置の腕を掴んだ。


「透さん」


「何」


「ご飯行きましょう」


「……え?」


 いきなりの提案に固まっていると、甲斐は、


「ね」


 と、アイドルさながらの笑顔で言った。

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