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雨にぬれる

 笠置はいつの間にか、客用のソファーで眠ってしまっていた。

 自分でつけた記憶はないけれど、いつも引きこもっている部屋にはエアコンがついていた。

 腕を枕にお銀さんが眠っている。

 

 窓を激しい雨が打ち付けていた。

 どうやら夕立らしく、雷の音も聞こえる。

 時計を確認すると、4時を指している。

 昼をまたいで寝続けてしまったらしい。


 お銀さんが眠っているが、笠置は容赦なく腕をはずし、ソファーから起き上がる。

 そこで初めて気が付いたが、毛布が掛けられていた。

 たぶん全部甲斐の仕業だろう。


「……ふあぁ……いきなり動くんじゃないよ」


 お銀さんの抗議の声が聞こえる。

 それを無視して、笠置は手を頭の上に伸ばし大きく伸びをした。


「……寝すぎた」


「そうだねえ。普段なら人の気配に気が付く癖に、甲斐が入ってきても、お前びくともしなかったからねえ」


 言いながら、お銀さんはソファーに寝転がる。


「にしてもすごい雨だねえ」


「ああ」


 激しいのは今だけで、しばらくすればどっと雨は弱くなるだろう。

 その時、部屋をノックする者がいた。


「笠置さん、起きてらっしゃいます?」


 甲斐の声に、笠置は返事をする。


「どうした」


 返事と共に、ドアが開かれる。

 甲斐は、ドアのところに立ったまま言った。


「すみません、タオルなどをお借りしたいんですが、上から持ってきてもいいですか?」


「タオル?」


「はい。杉下さんが、あとちょっとのところで雨に降られたとかで、あいにく雨宿りできるようなところがなくて走ってきたとかでずぶぬれなんです。

 あ、あとシャワーと服借りますね」


 笠置が何か言う前に、甲斐はそういうことなんで、と言って部屋を後にした。

 どうやら彼女に笠置の服を貸すらしい。

 レディースもLサイズなら着られるので何着か持っているとはいえ、女性に貸すのはどうかと思う。


 そして風呂まで貸すのか。

 仕方ない状況とはいえ、なんとなく落ち着かなかった。

 甲斐がバイトを上に案内するということは、店にはあの双子だけと言うことになる。

 さすがに不安を覚え、店用のエプロンを身に着けて部屋を出た。


「あっめあめー」

「ふっれふれー」


 などと歌いながら、双子は入り口ドアから外を見ていた。


「雨すごいですねー」


 高校生と思しき少女が、一緒になって外を見ている。


「いらっしゃいませ」


 言いながら、笠置はカウンター内に入って行った。


「あれ。笠置さんだ」

「え? 店長さん?」


 一葉の声に、少女が驚いたような声を上げる。

 滅多に店頭に出ない笠置は、すっかりレアキャラ扱いされている。

 笠置は少女に向けてにっこりと笑って、


「はい、店長の笠置です」


 と答えた。

 それをみた双子はひそひそと、


「すっごい笑顔だよ」

「うんあんな笑顔僕らには絶対見せないよね」


 などと言っている。

 少女はうれしそうな顔で、


「夕立にあってどうしようって思ったけど、いいことあったー」


 と言っている。

 自分に会うことがそんなにいいことなのかと思いつつ、笠置はパソコンを開いた。


「よかったねー、まりなちゃん」


「雨やむまでいるの?」


 まるで友達のような言葉遣いで、双子が言う。

 まりな、とよばれた少女は、首を横に振り、


「ううん。折りたたみ傘はもってるから、弱くなったら帰ろうかなって。だからそれまでは居させて」


 と応えた。


「全然大丈夫だよー」


「大丈夫大丈夫。どうせお客さん来ないし」


 などと、双子は勝手に応えている。それにとくになにも突っ込まず、笠置は天気図を見つめた。

 こういう雨は大抵一時間もせずに弱くなる。

 もうしばらくすれば歩けるくらいにはなるだろう。


「あ、笠置さん。いらしたんですか」


 奥から甲斐が出てきた。

「杉下さん上に置いてきましたけど大丈夫ですよね」


「……ああ」


「とりあえずTシャツとジャージお借りしました」


「わかった」


 あの子ならそこら辺をいじりはしないだろう。


「あ、あとお銀さんが一緒にいます」


 そういえば姿を見ないと思っていた。

 笠置は甲斐が現れたのならと、ノートパソコンを閉じ、カウンターを出た。

 4人も店員はいらない。

 そう思い、自分の部屋へと戻って行った。




 温めた牛乳に、コーヒーと大量の砂糖を入れる。

 自分のソファーに腰かけて、チョコレートを食べつつそれを飲む。

 ソファーで寝たせいか、少し体が痛かった。


「おかしくれ」


「おかし、おかし」


 家鳴りが2人、わらわらと現れた。

 雨ですることがなく、暇をしているのだろう。

 笠置は黙ってクッキーにチョコレートがかかったお菓子を渡してやる。

 2人の家鳴りは笠置の膝の上に座り、もしゃもしゃとそれを食べ始めた。

 しばらくすると、部屋をノックする音がした。


「はい」


 ドアを開けて顔をのぞかせたのは、バイトだった。

 完全に乾ききっていない長い黒髪を下ろし、首にはタオルをかけていた。それに笠置の黒いTシャツに黒いジャージを着ている。

 自分の服を少女が着ている、というのは妙な気分だった。


「すみません、服、ありがとうございます」


「仕事じゃないのにどうしたの」


「家帰る途中に商店街通ったら降りだしちゃって……大した距離じゃなかったんですがびしょぬれになっちゃいました」


「そう」


 笠置は家鳴りをそっとテーブルの上に座らせると、立ち上がった。


「入ったら」


 そう、玲奈に声をかけ、飲み物の用意を始める。


「え、えーと……」


 戸惑う少女に家鳴りが声をかける。


「玲奈もお菓子食べる!」


「食べる食べる!」


 言いながら、笠置専用お菓子箱を持ち上げる。

 それを見た玲奈は笑って頷く。


「うん、わかった」


「私にもおくれ」


 玲奈の肩にぴょんと、お銀さんが乗っかる。

 どうやら猫にも飲み物を用意しなくてはいけないらしい。


「私は緑茶がいいねえ」


 そう言われ、笠置はお銀さん専用の口の広いカップにお茶を用意した。

 玲奈にはココアを用意し、カップをテーブルの上に置く。

 客用のソファーに猫と共に腰かけた玲奈は小さく頭を下げると、カップを手にした。


「いただきます」


 そして、ココアを口にした。

 室内に、ココアの甘い香りが漂っている。

 そんな彼女に、家鳴りはお菓子箱を持っていき、


「どれ食べる?」


 と尋ねた。

 玲奈は戸惑って笠置へと視線を向ける。


「いいよ食べて」


「じゃあ、いただきます」


 と言って、玲奈は適当にお菓子を掴み、テーブルの上に置いた。

 笠置がコーヒーを半分ほど飲んだ頃、玲奈は口を開いた。


「えーと、甲斐さん大丈夫なんですか?」


 そう言われ、やはりそうかと思う。

 通りがかったというのは嘘ではないだろうが、本来の目的はそこにあったのだろう。

 笠置は表情を変えず、コーヒーを口にする。


 君の気にすることじゃない、とは思うものの、あんなもの見たら気にもなるだろう。

 とはいえ甲斐とはまだちゃんと話をしていない。

 閉店後に話があると言われているが、それ以外は……普通と言えば普通だ。

 何も答えずにいると、玲奈はチョコレートを開けて口に入れた。


「昨日、帰りは普通でしたけど、なんか気になってしまったので」


「そう」


「甲斐さんて神社継ぐんですか?」


「ああ」


 それはきっと決まっていること。

 遠回りしても、結局彼はそこにたどり着くだろう。

 そんなのは本人はわかっていることのはずだし、いつまでも彼をここに置くつもりはもとよりなかった。


「後で、送って行くから」


 話題をそらそうと思い、そう言うと、玲奈は首を横に振った。


「そんな。悪いですよ。それに大した距離ではないですし」


「……俺か、甲斐のどちらかが送って行くから」


 そう言うと、玲奈はしばらくの沈黙の後、頷いた。


「あ、はい。ありがとうございます」


「服。返さなくてもいいから」


「いや、それはさすがに」


 洗濯された後でも、女の子が着た服をまた自分が着られるかと言ったら……笠置は首を横に振る。

 不思議そうな顔をする玲奈をまともに見られず、笠置は残っていたコーヒーを飲み干した。

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