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不思議な客たち

 朝の10時。

 開店を告げる時計の鐘をきくと、笠置は店内BGMのスイッチを入れた。

 今日は彼の趣味の音楽をかけていい日。

 有線のチャンネルをいじると、笠置が引きこもっている部屋に激しい音楽が流れた。

 自分にとっては心地のいい音楽なのだが、甲斐は少し嫌がる。

 甲斐はクラシックやワールドミュージックといった静か目な音楽を好むからだ。

 店内でかける音楽はふたりで交代で決めていい約束になっていた。


 笠置がいつも引きこもっている部屋は、6畳弱の洋室だ。

 ベージュの壁に、茶色の絨毯。部屋の入り口からみて左手に、茶色いアンティークな雰囲気の棚が置かれ、そこに有線の機械が置かれていた。

 他にポットやコーヒーマシン、灰皿などが置かれている。

 それに黒いカーテンに、アンティーク調のテーブル。テーブルを挟むように黒い二つのソファーが置かれている。


 ひとつはひとりがけで笠置が座る専用だ。

 ひとつは二人以上が座れる大きさで、来客専用だった。

 笠置が来客用の湯呑を出して茶を淹れていると、ノックせずドアが開いた。

 茶色地に、矢羽の文様うっすら入った着物を着た老婆……きぬがそこに立っていた。

 笠置は彼女を一瞥すると、湯呑を手に言った。


「きぬさん、いらっしゃい」

「おはよう、笠置。見たよ、バイトの子。やっと決めたんだって」


 きぬさんは言いながら、二人掛けのソファーに腰かけた。

 その言葉を完全に無視して、笠置はお茶と柏餅が二つのった皿をきぬさんの前に置いた。

 笠置の席には既にふくろうの絵が描かれたマグカップが置かれている。それに、チョコレートやクッキーが入った箱が置かれていた。


「何年募集してたっけ? 誰が来ても駄目だって言ったんだろ。甲斐が嘆いてたよ」

「で、今日は何」


 抑揚のない声で笠置は言って、いつも使うソファーに腰掛けた。


「おお、そうそう。きいとくれよ、うちの若いのがねえ」

 質問をガン無視されたにも関わらず、特に気分を害した様子もなく、きぬさんは自分の話を始めた。


「ところでこの柏餅はどこのだい?」


 30分後、柏餅をひとつ平らげて、きぬさんは言った。

 笠置は急須に新しい茶葉をいれながら、


「万寿堂」

 と、商店街にある老舗和菓子屋の名前を答えた。


「へえそうかい。

 あそこ、跡取りの娘が修業から戻ってきたんだってねえ」


「へえ」

「磐田屋さんなんて、子供達みんなでちまって、跡取りいなくてしめるんだってよ。

 どこの店も跡取りなくてなくなく閉じたり、客が少なくて閉じちまってるけど、万寿堂さんとか頑張ってるねぇ」


 それはどこの小売店でも抱えている問題だろう。

 郊外にできた大型店舗に客は流れ、その周りに住宅ができていく。

 結果ドーナツ化がすすみ、商店街周辺に空き家が増えていた。

 近くに大学があるため、学生たちが商店街を利用するが、たかがしれている。

 空洞化が進んでいる商店街、そして住宅街にどうやって人を呼び戻すのかが課題となっていた。

 きぬさんの湯呑にお茶を淹れると、彼女はありがとうよ、と声をかける。


「最近の若いもんはほんと、どんどん外に出ちまってねえ。みーんな戻ってこない。

 そういえば知っているかい」


 その後も、きぬさんの愚痴や商店街の噂話が続いて行く。

 一時間半後、きぬさんはありがとうよ、と言って帰って行った。




 午後になるとまた、来客があった。

 二つのグラスに炭酸ジュースを用意していると、勢いよく扉が開き駆け込んでくる者がいた。

 中学生くらいの、茶髪の双子の少年。一葉ひとは二葉ふたばだった。

 ふたりは笠置に駆け寄ると、一気にまくしたてた。


「なんですかあの女の子!」

「やっと、やっと人雇ったんですか?」

「っていうか雇う気あったんですか?」

「てっきりあれ、女の子たちへの嫌がらせかと思ってました!」


 笠置は交互に喋る双子を一瞥すると、


「邪魔」


 と言った。

 慌ててふたりが一歩引くと、笠置は黙ってジュースが入ったグラスをテーブルに置いた。

 他に、クッキーなどの洋菓子が用意されている。


「でもさ一葉、あの子どう思う」

「そうだね二葉。正直笠置さんの趣味がよくわからないかもしれない」

「だよね一葉。あの子高校生かな」

「大学生だと思うよきっと」


 そんなことを言い合いながら、双子はソファーに腰かけた。

 双子はしばらく何十人が面接落とされたのか、いったいどんな理由であの子が採用されたのか、などを言い合う。

 笠置はそれをコーヒーを飲みながら黙って聞いていた。

 ひとしきり予想し終えると、双子は同時に笠置に方へ向いた。


「でですよ。笠置さん」

「うちのやる気のない上司なんですけど」


 その後交互に、双子は「上司」に対する愚痴を言い続けた。


「あの方がもう少しやる気を出せば、うちももう少し盛り立てられると思うんです」


「土曜日だというのに、近所のお子さんたちすら遊びに来ないんですよ」


「今どきの子供は、集まっても携帯ゲーム機で遊ぶことの方が多いみたいだからね」


 笠置がいうと、双子はうんうんと頷く。


「そうなんですよ。昔はよく子供たちが集まってかくれんぼうや追いかけっこをしていたものですが」


「このところとんと見なくなりました」


 しょんぼりした様子で、双子は言う。

 昔に比べて子供の数が圧倒的に減っている。

 それに娯楽も多様化し、外で遊ぶよりも室内で遊ぶことの方が多いのではないだろうか。

 たとえ外に出ていたとしても、公園に集まってやる遊びは、携帯ゲーム機の通信対戦だったりする。


「うちの神社、どんどんさびれていって……このままでは朽ちるんじゃないかと」


「でも、年末年始は繁盛しているじゃない。この辺りの人は皆そこの神社に行くし」


 商店街に一つ、神社がある。木が多く、土地も広いため公園代わりにもされるようなところだ。

 反面、社務所はなく常駐している宮司もいないため、年末年始でもない限り参拝するものはあまり見かけなかった。

 双子は同時にコップを手にし、ジュースを一口飲むと、


「そこなんですよ!」

 と声を上げた。


「そこしか人が来ないんです」

「それが嘆かわしくて嘆かわしくて……」


 二葉のほうが涙目になる。


「それもこれも上司がもう少しやる気出してくれたら……!」


 「上司」がやるきだしても状況が変わるとは思えないが、笠置は頷いて言った。


「また言っておくよ」

 すると双子は身を乗り出して、必死の形相で言った。

「お願いします!」





 双子が帰ってしばらくすると、また笠置は来客用のマグカップを用意した。

 コーヒーを注いだ後、棚の上に無造作に置いてあった指なしの手袋を手にはめる。

 その時、勢いよくドアが開いた。


「ねえ、笠置! あの女の子……って、わー!」


 入ってきたのは中年の、蛇のような顔をした男性だった。

 笠置は彼が言い終わる前に、左手を振り下ろした。

 すると手袋から糸のようなものが飛び出し、入ってきた男に巻きつく。


「いきなり何するんです! ってもしかして、今日一日同じことばかり言われていい加減にしろとか思ってます?」


 その言葉に何も応えず、笠置は右手で左手の手袋に触れる。

 すると男に巻きついた糸が緩み、床に落ちたかと思うとしゅるしゅると手袋へと戻っていった。

 一息つく男。

 笠置は黙ってコーヒーが入ったマグカップをテーブルに置くと、自分の席に腰かけた。


「えーと。すみません。触れません。触れないですからもう乱暴しないでください」

 言いながら男はソファーに腰かけた。




 男が帰ってから、笠置はタブレットを使って調べものを始めた。

 はやりもののチェックや、商品の新作情報などをチェックしていると、扉が開く音がした。

 向かいのソファーに大きな三毛猫……お銀さんが前足をそろえてちょこん、と座った。


「にゃーお」


 と、お銀さんは一声ないた。

 ぼーん……と、店の柱時計がなるのが聞こえる。

 笠置は立ち上がると有線を切った。

 そのまま煙草を出して火をつけようとすると、背後で声が聞こえた。


「声、掛けなくていいのかい」


 年老いた女性の声だった。

 ここには笠置のほか、猫しかいない。笠置は特に驚いた様子もなく、というよりも少し困った様子で頭をかく。


「何を言えばいいのかわからない」

 そう、笠置が言うと、声は呆れた様子で応えた。


「あんた馬鹿かい。ご苦労様とかくらい言えるだろう」


 そう言われ、笠置はしかたない、と言った様子で部屋を出た。

 その後にお銀さんがくっついて行く。

 笠置が出ると、雇ったアルバイト……杉下玲奈がちょうどショーウィンドウのロールスクリーンを下ろしているところだった。

 店のライトはすでに落とされ、常夜灯のオレンジ色の明かりだけが店内を照らしている。

 そんな彼女に、お銀さんが近づいて行く。


「にゃーお」

 と、お銀さんは一声ないた。

「ねこー!」

 声を上げて、玲奈は猫の前にしゃがみ込んだ。


「かわいいー。おっきーい。どこから来たの?」

 弾んだ声で、玲奈が言う。

「にゃー」

 またお銀さんがなく。

 玲奈は猫に手を伸ばし、頭を撫でた。


「あ……」

 甲斐の明らかに驚いた声を無視して、笠置は猫と戯れる玲奈に近づいた。

「猫ちゃん、なんてなま……」


「ご苦労様」

 玲奈が猫に言いかけたところにそう、声をかける。

 すると明らかに驚いた顔をして、こちらを見上げた。


「え、あ、えーと」


「帰っていいよ。後はやるから」

 それだけ言うと、笠置は玲奈に背を向けてカウンターのほうへと歩いて行った。

 困惑した様子の甲斐を無視し、レジを操作して一日の売上レシートを出す。


「え、と。じゃあ、杉下さん。そう言うことだから、勤怠打って、上がっちゃって」


 いまだ固まっている玲奈に向かい、甲斐はそう声をかけた。


「あ、はい、わかりました」

 玲奈は立ち上がり、猫に手を振る。


「それじゃあ、お疲れ様でした」

 パソコンで勤怠を押し、着替えたあと、玲奈はお店を後にした。

 笠置と甲斐、猫だけになった店内。

 甲斐は掃除をしながら猫に話しかけた。


「お銀さん、なんですか、あれ」

 甲斐の問いに、猫は呆れた様子で首を振る。

 カウンターで火のついてない煙草をくわえ、パソコンを操作しながら笠置が言った。


「どうだった」

 抑揚のない声で言うと、一瞬何のことかわからなかったようで甲斐は一瞬固まる。ほどなく何を聞きたいのか理解したようで返事が返ってきた。


「杉下さんのことでいいんですか? いい子ですよ。飲み込み早いし。ただ手先が器用じゃないみたいでラッピングを覚えるのは時間かかりそうですけど」

「へえ」


「初日なのに一日中いてもらって、正直申し訳なかったですけど。明日も一日いてくれるそうです」

「そう」


「契約書書いてもらったの、事務室に置いてあるんであとで確認してくださいね」

「ああ」


 笠置の会話はいつもこんな感じだった。

 笠置は必要なこともしゃべらない。

 主語がなく、何を言いたいのかわからない場面も多い。

 言い方もきついから思っていることが伝わり辛く、誤解されることも多い。


「あんな言い方じゃあ、恐いって思われそうですよねえ」

 甲斐が言うと、お銀さんが一声なく。同意しているらしい。


「お前が甘やかすのもよくないんだよ」

 非難するような老女の声が、静かな店内に響く。

 甲斐は苦笑して、


「甘やかすも何も、笠置さんのほうが僕よりずっと年上ですよ」

 と声に応えた。

 好き勝手言われているのがまる聞こえだが、笠置は何も言わず、暖簾の奥へと消えて行った。



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