聞かなくちゃいけないこと
人と人の関わりなんて形のないものだから、変化していくのは当たり前だ。
環境が変われば関係も変化していく。
そんなものは当たり前だけれど、その当たり前から目を背けたかった。
けれどそれを現実は許さない。
人々の思いが交錯し、自分たちを絡め取る。
ならば現実に立ち向かうしかない。
キリトは目を瞬かせ、
「はっきりって何」
と言った。
「キリトは私と恋人になりたいの?」
心臓が、早鐘のように鳴っている。
キリトは完全に固まってしまった。
顔に動揺の色が見える。
「え、あ、えーと……え?」
しばらくしてキリトの口から出てきたのはそれだった。
もう一押ししなくてはだろうか。
言う前は緊張して仕方なかったが、一度口にしたらだいぶ気持ちが軽くなった。
「この間、何か言いかけて止めたじゃない。何言おうとしたの」
「ちょ、ちょ、ちょっとまって? 落ち着くから」
そう言ってキリトは胸を押さえ、正面を向いて大きく息を吸っては吐いている。
そこまで焦ることだろうか。
「えーと、大丈夫?」
顔を覗き込むと、明らかに焦っている表情をしていた。
「いや、えー。あーえーと。ごめん、ちょっと待って」
いつもより上ずった声でキリトは言った。
時間はあるとはいえ、この空気の中でずっと待つのは正直つらい。
夏の生ぬるい風が吹く。
それにしても暑い。太陽はそこまで頑張らなくてもいいのにな、と思う。
玲奈は鞄の中から水筒を出して、お茶を飲んだ。
中身は冷たい麦茶だ。節約のために最近持ち歩くようになった。
男女の学生が話をしながら目の前を通り過ぎていく。
車が走る音や救急車の音が遠くに聞こえる。
しばらく沈黙が続いた後、キリトがこちらを向いた。
「夏に、言おうと思ってたんだけど」
「うん、何を?」
そう問うと、キリトはまた視線をそらし、また深呼吸を始めた。
意を決したのではないのか。
ここまで来たのだからさっさと言えばいいのに。
そうは思うものの、彼が喋るのをひたすら待った。
「俺は」
そう言って、大きく息を吐き、キリトはこちらを向く。
きっと心臓は破裂せんばかりに脈打っていることだろう。
「ずっと、好きだった。玲奈のこと。玲奈もそうなのかなと思ってたけど」
真剣な顔をした彼の顔がそこにあった。
「もっと早く言えばよかったじゃない」
「本当に意識したの高3だったし。受験の後でいいかなと思ったら、玲奈はなんか逃げ回るし」
そう言われると、心当たりがありすぎて、すこし責任を感じる。
ふたりでどこか行こう、なんて誘いはあるころからか断るようになっていた。
行くとしても音羽や他の友人が一緒じゃないと行きたくないと感じるようになっていた。
「……怖かったの」
言って、玲奈は顔を伏せた。
「何が?」
「誰かに、好きになられる自分が。それに」
「それに?」
「関係が壊れるのが」
自分は、そもそもキリトを受け入れる気がないのだ。そう言う対象に見ていない。
告白されたとしても答えは一つしかない。友達以上の関係になどなれない。
ではその後の関係はどうなる?
壊れる以外の未来が見えない。
「だから見たくなかったの。キリトの態度が変わっていくのを」
「それって……つまりどういうこと?」
声に、暗いものを感じる。
玲奈は顔を上げて、キリトを見つめた。
どこか悲しげな表情をしているのを見ると、この先のセリフを言っていいのか迷いが生じる。
大きく息を吸って、その言葉を口にした。
「私は貴方の恋人にはなれない」
はっきりと、そう、玲奈は告げた。
「……まあ、そうだとは思ってたけど。あの避け方だとやっぱりって感じ?」
そう言って、キリトは寂しげに笑う。
「俺、さっさと言っとけばよかったって、反省はしてる」
「今更ね」
「冷たいなあ。やっぱあの店員の人たちのほうがいい?」
「……え?」
意外な言葉に、目が点になる。
キリトは首をかしげて、
「てっきりあの二人のどちらかに惹かれてるのかと思って。それで最近焦ってたから、俺」
「ないないないない。たぶんない、きっとない」
おもわず首と手を何度も振って否定する。
するとキリトは苦笑して、
「そこまで否定する?」
と言った。
ないものはない。今は。という言葉が付くけれど。
「じゃあ、夏は出かけられないかー」
残念そうに、言うキリトに対して、玲奈はそうね、と小さく呟く。
「一緒に出掛けたかったけどやっぱり難しいよね」
「……ふたりきりはちょっとね」
「結城が一緒ならいいの?」
笑いながら、キリトが言う。
「うん。まあ。音羽と軽井沢行く約束してるし。一緒に行くっていう手もあるけど」
「軽井沢ねえ。そう言えば毎年行ってるんだっけ」
「うん。でも振った後にする話じゃないわね」
そういうと、キリトは黙ってしまう。
「私行くわ。あっついし。帰らなくちゃ」
「うん。俺も行かなくちゃ。バイトあるし」
そうして、ふたりとも立ち上がる。
「俺車だから。じゃあね」
「うん。また明日」
あっけなくキリトは背を向けて去って行った。
額の汗をハンカチでぬぐい、玲奈は空を見上げる。
すべてを見ていたであろう太陽は、いつの間にか灰色の分厚い雲の中に隠れていた。




