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にぎやかな朝

 頭の上で何か動いている。

 ふわふわの毛並みの塊。

 それに、腕や足元にも何か小さなものがいる。

 それらがなんであるか気が付くのに時間がかかった。

 笠置は目を開けて頭の上にある塊に手を伸ばした。


「わきゃ!」


「わあ」


 腕を枕にしていた家鳴りたちが声を上げる。


「朝からうるさいねえ」


 頭の上の塊は眠そうな声を出す。


「……いつからそこに」


 笠置が塊……お銀さんに触れながら聞いた。


「えー? いいだろう、いつからでも。

 体は大丈夫かい」


 言いながら、お銀さんは頭にすり寄ってきた。


「……」


 笠置は猫に触れた手をそのまま自分の額へと置く。

 まだ少しだるいけれど、昨日よりはだいぶいい。

 ただ気分は晴れなかった。

 時間は今、7時。携帯電話を手にして天気を確認する。


「暑くなるのか」


 そう呟くと、お銀さんが嫌そうに、


「今日は外出ない。お前の部屋に引きこもるよ」


 と言って、頭を擦り付けた。


「暑くなるのか?」

「じゃあ、おやつアイス欲しい!」

「アイスアイス!」


 家鳴りたちが口々に言いながら、何のアイスがいいか話し合い始めた。

 いつも朝、7時半にもなれば甲斐が来るが、今日はどうだろうか。

 彼は毎朝早く来て、笠置に朝食を食べさせようとする。


 最初の頃は断っていたけれど、毎日来るので当たり前の日常の一部になっていた。

 来なければ来ないで朝食をとらないだけなので、ベッドから起きずベッドサイドに置いたタブレットに手をのばし、情報収集を始めた。


 夏祭りが8月の第一土曜日と日曜日に行われる。今年は6日と7日だ。

 今日は6月20日月曜日。あと一か月半だ。

 タブレットから売り上げデータの確認や、流行の確認をする。夏祭りがすめば秋に向けた商品を用意しなくてはならない。


 夏が過ぎれば秋どころかクリスマスや年末商戦のことを考えなくてはならなくなる。

 常に先を見据え、なんの商品を手配するか考えるのは楽しい作業だった。


「あ……」


 好きなアクセサリーブランド、ウェストゴシック社のサイトを見ていたら、秋の新作情報が載っていた。

 使い道はないが、竜の手に水晶を握っている飾りのついたステッキは心惹かれる。

 小さな試験管に紅い液体の入ったピアスや、十字架のリングなど、いくつかピックアップし、ウエストゴシック社の営業に注文の可否についてメールを送った。

 相手は大学時代の数少ない友人であるため、かなり融通をきかせてくれる。


「お前も好きだねえ」


 うつ伏せに寝転がる笠置の腕に顎をのせ、お銀さんが言った。


「あの一画に置いてあるあの護符、前から思ってたんだけど、あれ嫌がらせかい?

 毛がちりちりいうんだよねえ。家鳴りも近づきたがらないし」


「ここに来る連中に、あれは大して害はない」


「ああ、それもそうだねえ。っていうか、あんなものどこから手配しているんだい」


「伝手。正直効果も謎だったけど、雑魚は近づかなくなるようだし、効果はあったんだな」


「そんななぞなもん売るんじゃないよ」


 そんな話をしていると、家鳴りたちが一斉に黙り部屋の入り口を見つめた。

 誰か来たのに気が付いたようだった。

 笠置自身は来客にとうに気が付いていたけれど、ベッドから動かず調べものを続けた。

 この家の鍵を持っている人間はふたりだけだ。


 姉と、甲斐。


 部屋がノックされ、こちらの返答をまたず入ってきたのは予想通り甲斐だった。

 黒のパンツにTシャツといったラフな服装の彼は、いつと変わらない笑みで言った。


「ずいぶん賑やかですね。

 家鳴りたち、ここにいたんですか」


 家鳴りたちはわらわらとベッドから降り、甲斐のもとへと走って行った。


「笠置と一緒にねた!」

「ちょっと蹴飛ばされた」

「でも一緒に寝れた!」


 と、口々に報告している。


「なあ、飯は?」

「飯。飯くれるの?」

「甲斐の飯おいしい!」


 騒ぎだす家鳴りたち。日ごろはご飯よりもお菓子を好むのに、今日はどうしたのか、ご飯ご飯と合唱している。

 甲斐はその場にしゃがんで、家鳴りたちに言った。


「食べるなら向こうに来てください。お銀さんと……笠置さんはどうしますか?」


 珍しく、食事をとるか聞かれた。

 お銀さんはちらっと笠置を見た後、


「私はいただくよ」


 と言って、笠置の上を飛び越えて、ベッドからひょい、と飛び降りた。

 笠置は首を横に振り、いらない、と応える。

 すると甲斐は、


「ゼリーと飲み物、持ってきますね。

 薬は飲んでください。

 今日の分まで出ていますよね」


 と言って、お銀さんたちとともに、部屋を出て行った。

 珍しくすぐ引き下がったことに、若干違和感を覚える。

 それ以外はいつもと同じ彼だった。




 9時45分。

 笠置はお銀さんと共に、店へと下りた。

 お銀さんはさんまをもらったとかで、かすかに魚の匂いがした。


 あのあと、甲斐はゼリーと飲み物を持ってきてすぐに笠置の部屋を後にした。

 いつもならちゃんと食べるか、ちゃんと薬の飲むか見張るだろうに。

 わずかな違いが、妙に居心地悪かった。


「スイッチオーン!」


 聞きなれた声が店頭から聞こえた。

 気配で狛犬の双子が来ている事には気が付いていたけれど、何しに来ているのかと思い、店のほうへと足を向ける。

 すると、双子は開店準備を手伝っているようだった。

 電気のスイッチを入れてはなぜか喜んでいる。店のエプロンを身に着け、やる気満々のようだった。

 双子は笠置に気がつくとバタバタと駆け寄ってきた。


「おはようございます、笠置さん」


「おはようございます!」


 とりあえず、顔を合わせたら挨拶と言うことは覚えたらしい。


「おはよう。今も働くの?」


 たずねると、双子は力いっぱい頷いた。今はないけれど、元の犬の姿に戻れば尻尾を振って喜びを表しているだろう。


「だって楽しいですし」


「そうそう、楽しいんですよ。笠置さん風邪の間だけでも手伝おうかなーって

「でもずっとでもいいですよ」


「うん、ずっとでもいいんですよ」


 目を輝かせ、笠置に詰め寄る。

 手伝ってもらえるのはありがたい部分はあるが、本職の神社のほうはいいのだろうか。

 参拝者がいないと嘆き、奉られている神はやる気がないと愚痴ばかりだったろうに。


「神社はいいの」


「大丈夫です。ちゃんと許可経てますから!」


 言いながら、一葉は胸を張る。


「神社で暇してるよりよほど有意義だよね二葉」


「そうだね一葉」


 そう頷きあう二人の頭に、笠置は手を置いた。驚いた双子が目を見開いて笠置を見つめる。


「ありがとう」


 と言って、笠置は手を下ろした。すると、双子はうれしそうに顔を見合わせ、両手も合わせた。


「笠置さんにお礼を言われたよ!」


「そうだね、お礼を言われたよ」


「……ところで、蘇芳が言っていた件だけど」


 笠置がそう言うと、ぴたっと動きを止め、そそくさとショーウィンドウのほうへと逃げて行った。


「あと、これをあげればいいんだよね、二葉」


「そうだね、一葉。甲斐さんが倉庫から戻ってくる前にさっさとやっちゃおう」」

 あの態度では自分たちが噂の出所であると自白しているようなものだろう。

 笠置は困ったものだな、と思いながら、頭に手をやる。

 一緒に出掛けた程度の話が付き合っているくらいの話にはなっているだろう。

 そう思うと、若干頭が痛い。


 自分だけがネタにされるならともかく、バイトを巻き込むのは気がひける。

 妖怪たちの間で広まるだけならともかく、彼らと接触できる姉の耳に入ると正直面倒だ。

 そこからまた話が広がり、きっと収集つかなくなる。

 小さくため息をつき、自分の部屋に引きこもろうと、廊下を戻った。

 すると、ちょうど段ボール箱を抱えた甲斐とばったり会った。


「双子、今日もお手伝いしてくださるそうですよ」


「ああ。聞いた」


「感謝されるのがうれしい、って言ってました。

 愚痴ばっかりだったのでしょう? 何があったんですかね」


 その問いに、笠置は首を横に振る。

 特に何も聞いていないし、聞くつもりもなかった。

 人に迷惑をかけなければ好きにしたらいい。


「レジうちたがっているんですけど、どうですか?」


「ちゃんと教えるだろう。それならいいよ」


「わかりました。

 それと、透さん」


 名前で呼ばれ、はっとする。

 甲斐の顔はいつもと同じ笑顔だった。


「今日、閉店後、お時間戴いてもいいですか?」


「……ああ」


 そう答え、笠置は自分の部屋のドアに手をかけた。

 なんとなく甲斐の顔を見るのは気まずく、早く部屋に引きこもりたかった。


「あ、夕飯はちゃんと食べていただきますからね」


 背中でそう告げられたが、笠置は黙って部屋に入って行った。


「私も今日はここに居させてもらうよ」


 言いながら、お銀さんは客用のソファーにのって体を丸めた。

 遠くで柱時計の鐘が鳴る音がする。

 笠置は店内BGMのスイッチを入れた。

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