私と君と
どうしようもない大人たちだな。
それが、二人に対して抱いた玲奈の感想だった。
世の中の20代半ば過ぎというのはこんなものだろうか。
比較対象がいないのでよくわからないが、もうすこしなんとかならないのだろうか。
月曜日の朝。水溜まりに青空が映っている。
今日は暑くなると、ネットのニュースで見たので薄手のロングスカートに半袖のTシャツ。それに薄手のシャツを羽織った。
大学へと向かいながら、昨日の出来事を考えていた。
帰りの車の中で、甲斐に変わった様子はなかった。
至って普通の雑談をしたあと、
「今度発注の事、お教えしますね」
と言われた。
タイミング的に笠置の言葉が原因ではと思ったが、単に夏が来る前に覚えてほしいと思っていたそうだ。
「問屋さんやメーカーさんによって、発注方法が違うんですよ。ファックスのところもありますし、メールでのところもありますし」
「ファックスってなんです?」
そう言うと、甲斐は黙ってしまった。
しばらくの沈黙の後甲斐は、
「初めて杉下さんとのジェネレーションギャップを感じました」
とか言われてしまった。
普通に送ってもらい、普通に別れたけれど、あの二人は大丈夫だろうか。
今日は仕事ないけれど、帰りに寄ろうか。さすがに心配だ。いろいろと。
甲斐の沈んだ顔は、正直心にずしりときた。
あの場からさっさと逃げ出したい思いもあったがそう言うわけにもいかず。
大人のあんなやり取り、正直みたいものでもなかった。
「ていうか、大人ってあんなものなのか知らねえ」
時折雲が流れる青空を見上げ、玲奈は呟く。
もうすぐ夏がやってくるが、さて、自分はどうしたものか。
とりあえず、今日は音羽と話をしようと思う。
そして、キリトを何とかしなければ。
何とかがなんなのかはいまいちわからないけれど、くよくよと悩むのはうんざりだ。
言いたいことははっきり言えと追い込もうか。
それには音羽の協力が必要だろうか。
というか音羽はキリトのことを好きではないのだろうか。
あんなに仲がいいのに。
なんとなく釈然としないまま、玲奈は大学へと向かった。
同じ学部である音羽をつかまえるのは容易だった。
音羽は中庭で、年上と思しき男子学生に何やら手を振っていた。
膝上のタックスカートに、半袖のブラウス。それに白いパーカーを羽織った音羽は、いかにも女子大学生然としている。
彼女は玲奈を見つけると、手を上げて、
「おっはよー!」
と大声で言った。
一斉にあたりの学生の視線がこちらに向くが、音羽はお構いなしだった。
ちょっと恥ずかしいと思いつつ、玲奈は音羽に駆け寄る。
「おはよー。今日ちょっと早くない?」
茶化すように音羽が言う。
「おはよー。うん、ちょっと早いかな」
玲奈は最近、授業のチャイムが鳴るぎりぎりに登校していたため、チャイムまで5分以上あるタイミングに大学にいることなど稀だった。
最初のころは早めに来ていたけれど、日が経つにつれ、どんどんと遅くなっていた。
「ねえねえ、玲奈。
夏なんだけどさ。今年も軽井沢行かない?」
夏の軽井沢行きは、高校1年生のときから続けている毎年の行事だった。
ここから軽井沢は大して時間はかからない。新幹線なら20分少々でついてしまう。
ショッピングモールに行ったり、旧軽井沢を歩いて買い物をしたり毎年楽しみにしていたものだった。
しかし、バイトのこととキリトのことで、正直忘れていた。
内心、しまったと思いつつ、
「うん、そうね。いつ行く?」
と平静を装い尋ねた。
音羽はそうねえ、と言いながら、スマートフォンを操作し、カレンダーを見つめる。
「んー……べつに9月でもいいのよねえ……」
「9月……そうだ、ねえ、音羽。聞きたいことがあるんだけど」
「え? 何?」
スマートフォンから目を離さず、音羽は言った。
「キリトのことなんだけど……」
すると、ばっと玲奈のほうに視線を向け、笑顔で言った。
「あいつとうとう言ったの?」
「何を?」
間髪入れずにそう言うと、音羽は視線を泳がせる。
そして、玲奈の肩を掴んで、
「ごめん、忘れて」
と言った。
「うん、無理」
そう、玲奈は言い切った。
すると音羽は心底気まずそうな顔になる。
「あー……うん、だよねえ」
ははは、と乾いた笑いを浮かべた。
このやり取りから察するに、音羽はどうやらキリトについて知っていることがあるらしい。
「とりあえず、口止めされてたからさあ。あからさまだったけど」
言いながら、音羽は頭に手をやる。
「私、てっきり音羽がキリトのこと好きなんだと思ってた」
玲奈の言葉に、音羽はあからさまに嫌そうな顔をした。
「私が? あいつと? ないないないない」
そう言って、首を激しく横に振る。
そこまで否定しなくてもいいような気がするが、無理無理、と音羽は繰り返している。
「私彼氏いるし」
「なにそれ、初耳だし。聞いてないし」
「うん、最近できたんだもの。今日言おうと思ってたのよね」
そう言って、音羽は笑った。
「もしかして、さっきの?」
先ほど音羽に手を振っていた年上の学生が頭をよぎる。
ちゃんと見たわけではないが、黒髪に眼鏡をかけた好青年だった気がする。
「そうそう。今度紹介するわね」
笑顔で言う音羽は、本当に幸せそうだった。
中庭にいた学生たちの数がどんどん減っていく。
玲奈はスマートフォンを見ると、あと数分で授業が始まる時間だった。
「授業始まっちゃうね」
玲奈が言うと、音羽はにやりと笑い、
「さぼっちゃう?」
と言った。
「ノートは借りられるし、話したいなら話聞くし。っていうか、何があったのか超気になる」
まるで近所のうわさ好きのおばちゃんのような反応だが、人の恋愛関係の話などそんなものだろう。
どうしようかと悩んでいると、チャイムが鳴り響く。
あたりにいた学生たちはもう、ほとんどいなくなっていた。
「あ」
ふたりは顔を見合わせて、
「どこ行こうか?」
と声を合わせた。




