誤解
現れたのは、スーツ姿の甲斐だった。
サラサラの髪をワックスでまとめているため、全く雰囲気が違う。まるでどこかのドラマに出てくる執事のような、そんな雰囲気だった。
だがその顔に表情はなかった。
玲奈が振り返り、
「あの、二次会とか行ってたんじゃないんですか?」
と、問うた。
彼はドアの所に佇んだまま、頷いた。
「えぇ、行きました。顔は出しましたし義務は果たしたかと思います」
「大丈夫なんですか?」
「僕も子供ではないので。いつまでも親の言いなりにはなりませんよ。
ある程度、付き合いなどは仕方ないとは思っていますが、茶番に付き合う義理もないですからね」
「茶番……て」
玲奈にはよくわからないだろうが、権力のある人間の冠婚葬祭というものはいろんな立場の人間の思惑が交錯する。
うわべだけ取り繕い、権力のある者に近づこうと思いを巡らせる。
そして、結婚式に置いて若者は出会いを求める。相手がどのような背景を持ち、どのような職に就いているのか探り合う。
甲斐自身もきっと、父親の思惑では結婚相手を見つけたかったのかもしれない。あるいは、客をもてなすためのホスト、と言ったところだろうか。
招待した女性の思惑はわからないが、見せびらかす目的もあったかもしれない。
彼は見た目も、背景も申し分はないのだから。
だがそんな周囲の思惑など、甲斐は無視するに決まっている。
ホストと言う立ち位置に徹し、女性たちに優しくふるまうくらいはしてきただろうが、連絡先の交換などというアプローチはすべて無視してきたにちがいない。
「……結婚式って、なんか大変なんですね」
玲奈が呟く。
甲斐は相変わらず沈んだ顔をしていた。
眼鏡の奥の瞳は、光が消えてしまったかのようだ。
なぜそんな顔をするのか。そんな顔をさせるつもりなどなかったのに。
どう声をかけていいかわからず、笠置は考えを巡らせる。
「透さん」
珍しく、彼は笠置の名を口にした。
笠置はゆっくりと上半身を起こし、甲斐を見つめた。
どこから聞いていたのかわからないが、酷く傷ついているのは確かだろう。
結局どう言葉をかけてやればいいのかわからず、甲斐の言葉をただ待った。
「……僕が、必要ないってことですか」
それは思考の飛躍がすぎるだろうに。そんなことは言っていないのに。
「緋月……」
言葉がまた、喉にひっかかる。
いてくれるならいてほしいと思う。けれどそれは状況が許さない。
彼の父親を敵に回すことはデメリットしかない。権力を持った人間に逆らい続けるのは個人事業主としてはデメリットでしかないし、姉の店にも影響を及ぼす。
この店が続けられている理由の一つは、笠置自身が作ってきた人脈のおかげだ。
学生時代をはじめ、祓い師として仕事をする中で得た人脈があるからこそ、今の仕事が成り立っている。
でなければ、とうに甲斐の父親に問屋へと手が回されていただろう。
甲斐をここから引き離すために。
それでも、甲斐が望みを笠置は叶えてきた。ここで働きたいということも、親への説得も、協力してきた。
けれどそれを続けていて果たしていいのか?
甲斐が困れば、ずっと笠置が助け続けるという悪循環。
そして、笠置の世話をすることで自分の存在価値を見いでしているという、甲斐の現実。
自分でもわかっているだろうに。
甲斐は、笠置の言葉一つに振り回されるという事実に。
「……僕のことは、僕が考えますよ。僕だって、もう、25ですよ」
「緋月、だから俺は……」
「透さん」
笠置の言葉をさえぎって、甲斐は口を開いた。
「顔色悪いですから、早く寝てください。明日は杉下さん、いないんですよ」
「緋月……」
「杉下さん」
いつもの笑みを、彼は玲奈に向けた。
「あ、はい」
「今日はありがとうございました。もう遅いですし、送りますよ」
「え……と……」
言って、玲奈は笠置を見る。
笠置は玲奈に顔を向け、
「……ありがとう、また木曜日」
とだけ告げた。
「あ、はい……えーと、じゃあ、すみません。失礼します」
戸惑った様子で、彼女は立ち上がった。
「また明日」
そうして、ふたりは部屋を出て行った。
しばらくすると、部屋の隅にいた家鳴りたちがわらわらと笠置によってきた。
膝に乗り、心配そうに見上げている。
そんな彼らの頭を撫で、ひとり考えた。
誤解されている。
どうにかしなくてはと思うものの、その術が思いつかないでいた。




