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君に話すとき

 頭痛と、めまいと吐き気に襲われて、笠置はじっとベッドに横たわっていた。

 身体も少しだるい。

 無理しすぎただろうかと思うけれど、さすがに雇って一か月少々のバイトひとりと狛犬たちだけを売り場に出すわけにもいかなかった。

 結果がこのざまである。


 そして、今、ベッドの横にはバイトがいる。

 彼女を引き留めたのはなぜだろうか。

 笠置は、自分で自分の行動に疑問を抱く。

 この部屋に姉以外の女性を入れたことはほぼない。

 自分の意思で彼女を引き留めた。


 誰かにそばにいてほしい。そんな感情が自分の中にあったらしい。

 考えてみればいつも誰かがいた。

 両親の死後、姉がいた。

 お銀さんがいた。暑い日や寒い日は、家鳴りたちがこの部屋に入り浸った。

 姉の結婚後は甲斐がいた。

 結局いつも誰かが一緒にいて、ひとりでいる、と言うことがほぼなかった。

 自分でも、寂しい思うのか。

 今更気が付いた感情に戸惑う。


「あの、聞きたいことあるんですけど」


 遠慮がちに、玲奈が言った。


「なに」


 顔から腕を外さないまま、笠置は答えた。


「あの、えーと……蘇芳ってひと? 何言ってたんですか?」


 蘇芳……あのツチノコだとかノズチなどと呼ばれる蛇の妖怪の化身は、姉たちの土産と共に、くだらない噂話を持ってきた。

 噂の出所は狛犬たちであるのは間違いないけれど、思わず殴ったのはまずかっただろうかとわずかながらに思う。


「……噂」


「噂ってなんの?」


「……俺が、女の子とどうのっていう」


 もう少し具体的な話だったように思うが、話し終わる前に殴ってしまったためあまり覚えていない。

 このバイトと外に出ていた件について、いろいろと根拠のない噂が流れているのは事実なようだが、訂正するのも億劫でとりあえず殴った。

 蘇芳がどのような話を広めるかわからないが、どうせ飽きっぽい彼らである。2か月もすれば忘れるだろう。


「その肝心な部分が気になるんですが」


 気になられても、聞いていないので説明のしようがない。


「聞く前に殴ったから覚えていない」


「……そ、そうなんですか。っていうかなんで殴ったんです?」


「喋るのが面倒だった」


「そんな理由で殴ったんですか?」


 半ばあきれたような声が聞こえる。

 そこで初めて、笠置は腕をはずし、玲奈へと視線を向けた。

 無造作に後ろで縛った長い黒髪。赤いフレームの眼鏡をかけた、いたって普通の少女が、そこにいた。


「べつに。あいつ殴ったところで死にはしないし」

「そう言う問題ではなくないですか?」


 そう言って、玲奈は苦笑いする。


「ところでツチノコ? ってなんです」


「え?」


 思わず笠置は玲奈をじっと見た。

 笠置がなぜ驚いているのかわからないのだろう。目を瞬かせ、不思議そうな顔をしている。

 今どきの若い子はツチノコを知らないのだろうか。

 何年かに一度は話題にのぼっているように思うし、妖怪を題材にしたアニメやゲームなどに普通に出てくるように思うが。


「……未確認生物と呼ばれるもの。古くはノズチとも呼ばれる胴の太い蛇のような生き物」


「へぇ。初めて知りました」


 今時の子は未確認生物を知らないのだろうかと、若干ショックを受ける。

 よく考えればこのバイトとは10以上年の差がある。

 ジェネレーションギャップを感じることがあるのは当たり前だと思い至る。


「あの、なんで笠置さんの周りって妖怪がいっぱいなんですか?」


「家鳴りやお銀さんたちは生まれたころから普通にそこにいた」


「どういうご家庭ですか」


「母親がそう言う人だった。それだけだ」


 説明になっていないだろうが、それ以上の理由はないし、笠置にとってそれが当たり前だった。

 玲奈はさらに質問してきた。


「で、笠置さんは奥に引きこもって彼らの話聞いてるんですよね。疲れません?

 私、このところあの双子とよく話をしますが、なんていうか話がとびとびで、一か所にとどまっていないというか……」


「彼らは、思いついたことをそのまましゃべているだけだ」


「そう、ですよねえ。

 前後の話に全く脈絡ないですもん」


 だから彼らが話し合うと何の結論も出ず元の話題を忘れる。

 彼らの困った欠点である。


「あれ、黙って聞いてるんですか?」


 その問いに、笠置は頷く。


「いつまで続けるんです? っていうか甲斐さんていつまでここで働くんです?」


 予想外のことを聞かれ、笠置はじっと、玲奈を見た。

 彼女は特に深い考えがあって聞いているわけではないだろう。

 ただ思いついた問いかけを延々としているだけだろうと思う。

 彼女は気が付いているかわからないが、かなり勘はいい。

 無意識に笠置の思惑を何か感じたのだろうかと思ってしまう。


「甲斐さんて25? ですっけ、今年で。今はいいですけど、いつまでもここで働けないんですよね」


 その言葉に、笠置は黙ってうなずく。


「甲斐さんちって大きい神社ですもんね。

 というか、よくこんなところで働いてますね」


「……こんなところ……」


 笠置が繰り返して言うと、玲奈は慌てた様子で手と首を振った。


「いえ、あの、そう言う意味じゃなくって。よくあの、えーと……」


 べつにこんなところ、という言葉に気分を害したわけではないのだが、玲奈は勘違いしたようで、えーとやその、を繰り返している。

 神社とは縁のない場所で、とか言いたいのだと思うが、慌てている様子が面白いので誤解は解かないでおく。


「……だから人を雇おうと思った」


「え? どういうことです?」


「あいつはいつまでもここにいられない。それは本人もわかってる」


「本人と話したんですか? その、先のことって」


 答えは否だった。

 笠置が黙っていると、玲奈は、


「黙ってるってことは話してないってことですよね」


 と言った。


「何で話さないんです? 話すのが怖いんですか?」


 ずいぶんと、玲奈は切り込んでくる。


「……話し方が分からない」

 そう言って、笠置は視線を天井に戻した。

 真っ白な天井に、蛍光灯。視界の端に、家鳴りの姿を認めたが、彼らの存在は今は無視することにした。

 彼らもこちらに近づこうとはしてこなかった。

 ただ、心配そうに、こちらを見下ろしていた。


「重症ですね」


 呆れた声で玲奈が言う。

 そんなことはとうにわかっているけれど、もともと話すのは苦手なことだし、長年ろくに人と会話をしてこなかったのだ。そうなっても仕方ないのではと思う。

 けれどそれではいけないことくらい理解している。


「お客様とは普通に話せるのに、なんで他の人はだめなんです?」


「仕事は仕事だから」


「いや、まあ、そうですけど」


 言い方からして、玲奈は納得いかないのだろう。玲奈に視線を向けると、彼女は膝を抱え、前後に揺れながら、


「甲斐さんをここから遠ざけようって思ってるんですか?」


 と言った。

 それに、笠置は黙ってうなずく。

 玲奈はうーん、と言った後、


「それ、ちゃんと言わないと傷つくんじゃあ……」


「僕をここから引き離したいんですか」


 ドアが開く音と共に聞こえたのは、ひどく沈んだ声だった。

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