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猫とご飯

 何だったんだろうか、いったい。


 店の裏から、かすかに車のエンジンをかける音が聞こえる。

 笠置は笠置で、エプロンのポケットに手を突っ込んで、携帯電話を取り出した。

 ぶるぶると振動しているのを見ると、電話の着信のようだ。

 あからさまにいやそうな顔をして、彼は電話に出た。


「おはようございます、おじ様。

 何度もおかけいただいたのに電話に出られず、申し訳ございません」


 無機質な声で、笠置が言った。


「帰らせました。他にご用件はございますか」


 相変わらず抑揚のない声で言う。

 双子は顔を近づけて、


「あれはたぶんきっと、あれだよね」

「うん、そうだね二葉。あれはきっと甲斐さんのお父さんだ」

「っていうか、連絡先を消していなかったのに驚きだね」


 と、ひそひそと言い合う。

 笠置はしばらく一方的に何か言われたようだが、失礼します、と言って電話を切ってエプロンのポケットに携帯電話を放り込んだ。

 あからさまに機嫌が悪そうだが、それ以上に妙に白い顔をしている。

 LED照明のせいではないだろう。


 何が何だかわからないけれど。

 玲奈はとりあえず仕事しようと思い、10時を告げる時計の鐘の音を聞きながら、入り口の札をひっくり返しに行った。




 開店時間になったからと言って、すぐに客が来ることは少ない。

 だが今日は開店と同時にちらほらと来客があった。

 双子は仕事があると喜び、客に囲まれはしゃいでいた。


「ふたりとも超そっくり!」

「中学生?」

「店長さんの親戚?」


 などと質問攻めにあうが、双子は、


「中学生は働けないじゃないですかー」

「笠置さんと親戚とか、それはそれで面白そうだねー」


 と、普段はおしゃべりなくせにいろいろと誤魔化して答えていた。

 甲斐がいないことに残念がる客がいたが、それ以上に店長が店頭にいることを喜ぶ客が多かった。

 こういった情報は、SNSを通じてあっというまに拡散する。

 11時にもなると徐々に客足は増えていった。

 体調不良も、機嫌が悪いのも微塵も感じさせず、笑顔で対応している店長を横目に見ながら、玲奈はレジ対応に追われた。


 玲奈のスマートフォンが二度ほど振動したが、メッセージを確認する暇は全くなかった。

 色々と気になることはあるけれど、とりあえず目の前の仕事をこなすことだけを考えていた。


 12時を過ぎると、客足がひく。

 店内から客がいなくなった頃、笠置に声をかけられた。

 先ほどの笑顔は消え、いつもの何を考えているのかよくわからない表情になっていた。


「休憩行って」


 と、手短に言われる。

 大丈夫だろうか、と思うが双子が手を上げて、


「僕たちがいるから大丈夫!」


 と主張する。

 それを見て悩んでも仕方ないかと思い、玲奈はわかりましたと頷いて、奥へと引っ込んだ。

 事務室に入りながら、玲奈はスマートフォンを取り出した。

 鞄の中からお弁当箱をだし座卓に置きつつ、玲奈は座布団の上に座る。


 甲斐から二通のメールが来ていた。

 内容は今日の用事の内容と、店長のことだった。

 一通目は用件のみだったが、二通目は子供を心配する母親のような内容だった。


『まだ37度以上熱があるので、あまり無理させないでください。

 放っておくと、ほんとにご飯も薬も飲まないかもしれないので、申し訳ないですがみてやってください』


 そのメールがなんだかおかしくて、思わず笑ってしまう。

 30近い男に対して言うことではないだろう。

 どれだけ心配なんだと思いつつ、とりあえず、わかりました、とだけメッセージを送る。

 ふたりの関係は不思議だった。

 てっきり笠置が甲斐に甘えているだけに思えたが、実際はなにか違う気がする。


「まったく、ふたりともほんとどうしようもないねえ」


 いつの間に入ってきたのか、お銀さんが目の前に座っていた。

 思わず目を見開いて、声も出せずじっとその大きな三毛猫を見つめる。


「……いつからいたんですか?」


 やっといえた言葉はそれだった。

 猫は首をかしげて、


「ずっといただろう。お前と一緒に入ってきたんだから」


 と応える。

 記憶をたどるが全く思い出せない。


「あんた、不思議な子だねえ」


 ぱたぱたと尻尾を振りながら、猫が言った。

 不思議の塊に言われたくないと思いつつ、どういうことなのか尋ねた。


「透が言ってたのさ」


「透?」


「ああ、笠置の名前だよ。

 あいつが言ってたのさ。あんたは見えているのに見ないふりをするって」


「……すみません、意味わかりません」


 玲奈は言いながら、スマートフォンをエプロンのポケットにしまった。

 バイブしていたような気がしたが、とりあえず無視を決め込む。

 お銀さんは、両手を座卓にのせながら言った。


「あんた、いろんなものが見えているのに、見えてないふりをするのさ。

 あんたが面接した日、私と目が合ったのに、あんたは私を無視したからねえ。

 鈍いんだか敏感なんだか」


「すみません、さらに意味が分かりません」


 言いながら、お弁当箱を開ける。

 ふりかけをのせたご飯に、唐揚げ、卵焼きに冷凍のホウレンソウ炒めが入った、いたってシンプルな弁当だ。

 いただきます、と手を合わせ、玲奈は弁当を食べ始めた。


「……あれ? もしかして、あのとき扉開けて入ってきたのって」


 言いながら玲奈は猫を見た。

 お銀さんは頷いて、


「私だよ。あいつに頼まれて、面接に誰か来たら、私が入って確かめるのさ。私の存在に気が付くかどうかをね」


「そんな面接試験やってたんですか」


 それでは落ちる人続出だろう。誰も採用されなかったのはきちんと理由があったのか。

 でもなんでわざわざそんな試験をしていたのだろう。


「まあ、ここには私以外にもいろいろいるからねえ。家鳴りのほかに、柱時計にもいるんだよ」


「あの、お店にある古い時計ですか?」


「ああ。あれ、ネジまき式なんだが、勝手にネジ巻いてくれるから便利なんだよ」


「……たしかに便利ですけど、知らない人から見たら奇妙ですよね」


 言いながら、唐揚げを口の中に放り込む。

 というかネジまき式の柱時計、と言うのがあることを今初めて知った。


「まあ、今時の子は知らないだろうからなかなか気が付かないだろうけどねえ」

「そうですねえ……」


 色んなものが見えているのに、見えないふりをする。

 突き刺さる言葉だった。

 キリトのこと、気が付いていたけれど、ずっと気づいていないふりをしてきた。

 ただ「今」を壊したくなかっただけだと思うけれど。

 けれどいつまでもこのままではいられない、と言うことを思い知った。

 人との関わりなんて変化していくものだし、環境が変わればなおさらだ。


「見たくなかったのよねえ……」


 言いながら、卵焼きに箸を突き刺す。


「だいたい、言いたいことあるならさっさと言えばいいのよ。

 何で言わないのかしら。言われればこちらとしても何とかできるのに」


 ぶつぶつと言いながら、おかずを口に入れる。


「昨日の子のことかい?」


 お銀さんの問いに玲奈は頷く。

 お銀さんは首を横に振って、


「あんたがせっかくチャンスを与えたのにねえ」


 そう言って笑う。

 どうしようもないのは、あいつもか。

 今玲奈の周りにいる男たちは、皆なにやら問題があるのではないだろうか。


「ああ、そうそう。とお……笠置のことなんだけど」


 お銀さんの言葉に、玲奈は手を止める。


「あいつ、平熱低いんだよねえ」

「そうなんですか?」

「まあ、大人だし、自分の体調くらいわかるだろうけど、あいつ無理するからねえ。

 唐揚げ、もらっていい?」


 言いながら、猫が手を出してくる。

 箸で掴んで渡していいものか一瞬悩んだが、相手は猫だと言い聞かせ、玲奈は唐揚げを一つ、お銀さんの手にのせた。


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