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珍しい朝の光景

 今日の天気は曇り。

 夕方に雷が鳴る、と言う噂だが、実際はどうなるだろうか。


 玲奈はアパート前に立っている双子を見て、思わず固まった。

 双子は、今日は紺色と灰色の半袖Tシャツを着ていた。

 どっちがどっちかわからずにいると、向こうから手を上げて教えてくれた。


「僕が一葉で」


 と、紺色のTシャツが言う。


「僕が二葉だよ」


 と、灰色Tシャツが言った。

 玲奈は鞄のショルダーを握りしめ、


「何してるの?」


 と問うた。

 というか、なぜ家の場所を知っているのだろうか。

 双子は笑顔で、


「迎えに来たんだよ」


 と声をそろえる。


「そうなの、ありがとう……って、なんでうち知ってるの?」

「あ、それノリ突込みっていうんだよね」

「そうだねたぶん」

「そうじゃなくて……あーもう」


 どうもこの二人と話すと調子が狂う。

 会話が成立するようで、成立しない。

 よく店長はこんな子たちと話ができるものだなと思う。

 とりあえず相手している時間はないので、さっさと店に行こうと、2人の横をすり抜ける。


「あ。待ってよ玲奈ちゃん。まさかのスルー?」

「待ってよ玲奈ちゃん。僕たちも行くよ、お店」

「……暇なの?」


 立ち止まり、振り返ってそう尋ねると、双子は満面の笑みを浮かべて頷いた。


「うん!」

「だってうちの神社人こないし」


「前よりは子供遊びに来るようになったじゃない。缶けりやってたよ、缶けり」

「そういえば、ボール遊びできる場所がないって嘆いていたよね」


「最近の公園はボール遊び禁止のところ多いからね」


 また話が移り変わっていく。

 相手していたら仕事に遅れる。

 玲奈は踵を返し、早足で商店街のほうへと向かった。

 こんなことで遅刻したら正直ばかばかしい。


「あ、待ってよ玲奈ちゃん」


 後ろから慌てた様子で双子が追いかけてくるのが、気配でわかった。




 土曜日の朝と言うこともあり、人通りは少なかった。

 どこに向かって行くのか、時折、自転車の子供たちが玲奈たちを追い越していく。

 双子のよくわからない会話を聞きながら、玲奈は雑貨店へと向かって行く。

 お店まであと少し、と言うところで、玲奈は立ち止まった。

 それに倣い、後ろの2人も立ち止まる。


「どうしたの玲奈ちゃん」

「どうしたの」


 玲奈はじっと、店のほうを見つめて、


「あれ……」


 と言って指差した。

 開店準備を甲斐がしている。それはまだわかる。

 店の中に、もう一つ人影が見えた。

 それが意外すぎて、いや、本来なら意外ではないのだろうが、玲奈は思わず首をかしげた。


「店長……?」

「あれ、笠置さんだ」

「本当だ、笠置さんだ。熱、大丈夫なのかな」


 双子が口々に言う。

 エプロン姿の笠置の姿が、店内に見えたのだ。

 初めて見た。

 この一か月半の間で、笠置が開店準備の時間に出てきたことなどほぼない。

 というか、開店準備をしているのを見たことがない。

 彼の店なのだから当たり前なのだが、思わず玲奈は呟く。


「開店準備できるんだ……」


「いや、それあまりにもひどい一言だと思うよ」

「うん、そうだよ玲奈ちゃん。とりあえず、あれでも店長だし」


 笑いを含んだ声で、双子が言う。

 仕方ないじゃないかと思う。だって、初めて見たのだから。


「何かあったのかしら?」


 そうでもなければ、彼がこんな時間にここに出てくるなどないだろう。

 もう一つの違和感……甲斐が私服のまま、というのもおかしかった。

 店に近づくと、2人は何やら言い合っているようだった。

 窓越しでよくわからないが、甲斐がいろいろとしゃべっては、笠置がなにか一言返す、と言った感じのようだ。


 激しく入りにくい。

 けれど双子はそうではなかった。

 躊躇う玲奈を押しのけて、一葉が扉を開けた。


 カランコロン……


 という、扉につけられた鐘が鳴る。

 ふたりの視線が、一斉にこちらに向けられる。


「おはようございます、笠置さん、甲斐さん!」

「おはようございます、ふたりとも。笠置さんは体大丈夫なんですか?」


 完全に空気を読まないふたりの言葉を受けて、甲斐は笠置のほうに視線を向ける。


「だから、寝てたらどうです? 杉下さんもいるんですよ?」

「お前は帰れ」


 理由も何もなく、端的に笠置が言うと、甲斐は食い下がる。


「貴方が言うこと聞いてくださるのなら帰りますよ」


「話が違う」


 なんだこの会話は。

 とりあえず察するに、甲斐は何か理由があって帰らなければならないのだろう。

 そして、笠置は多分、体調が芳しくないのだろう。

 それだけはわかったけれど、正直カウンターの横で喧嘩するのはやめてほしい。


 とりあえず玲奈はそそくさとふたりの横を通り抜け、事務室へと入って行った。

 鞄をおろし、エプロンをそこから出しながら、あの大人たちは何をやっているのかと思う。

 やはり笠置の言葉はわかり辛い。もう少しどうにかならないだろうか。

 玲奈が準備して店頭に出ると、事態は全く変わってなかった。

 とりあえず、双子がまた手伝う気満々でエプロンを身に着けていること以外は。


 笠置はじっと、何を考えているのかわからない顔で甲斐を見ている。

 甲斐は甲斐で、沈んだ顔つきで笠置を見ている。

 カウンター内に入り、パソコンを操作して勤怠を押し、どうしたものかとそこからふたりの様子をうかがう。開店準備はすでに終わっているらしく、店内には笠置の趣味と思われる激し目な音楽が流れている。


「困ったもんだねえ」


 いつからいたのか。

 カウンターの上に大きな猫、お銀さんが座って彼らを眺めていた。


「いらしたんですか?」


 そう声をかけると、猫は玲奈を振り返った。


「ああ、ずっといたよ。気が付かなかったかい」

「はい、気が付きませんでした」


 こんな存在感のある猫になぜ気が付かなかったのかと、玲奈も不思議に思う。


「だいたい、顔色よくないですよ。てっきり奥に引きこもるものだと思ってました。なんでこういう時に無理して表に出てこようとするんです?」


 それは自分の店だからではないだろうか。

 そう思ったものの、さすがに玲奈は口に出せなかった。

 笠置は頭に手をやる。

 何か困った時などにやる、彼の癖のようだ。


「帰れ」


 また、用件だけを短く言う。

 取りつく島もない、と言うのはこういうことだろうと思う。

 空気を読まない双子も、さすがに何かに気が付いたようで、目くばせをしてそそくさとカウンター前まで移動してきた。


「ねえねえ、お銀さん、あれはいったい何なの?」


「喧嘩、かねえ。成立しているようには思えないけど」


「え、あの二人喧嘩するんですか?」


 まあ確かに不思議な光景だった。

 甲斐は笠置の言うことに逆らうことは、たぶんないのではないだろうか。

 喧嘩、といっても甲斐はいろいろとしゃべるけれど、笠置は帰れ、と、話が違う、しか言っていない。


「時間」


 そう言って、笠置は柱時計に視線を向ける。

 時計は9時55分を指していた。

 甲斐は諦めたように下を向いて小さくため息をつくと、玲奈たちに近づいてきた。


「すみません、杉下さん。用事があるので今日はお休みします。

 詳しくは後でメールしますので」


「あ、はい」

「いってらっしゃーい」


 のんきな様子で、双子が甲斐に手を振る。

 彼は振り返って、笠置を一瞥すると、そのまま店を出て行った。


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