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君と夕食

 ご飯、行きませんか?


 双子を送った後、甲斐にそう言われた。

 最初何を言われたのかわからず、


「ご飯てなんです?」


 と、我ながら間抜けなことを聞いてしまった。

 甲斐は特に気を悪くした様子もなく、同じ言葉を繰り返した。


「ご飯、行きませんか?」


 ご飯。

 頭の中で繰り返す。

 行くのは構わないけれど、あまりお金がない。というか正直外食する余裕はない。

 だからと言って断るのもどうかと思い、ぐるぐると考えを巡らせていると、


「ああ、おごりますよ。僕が誘っているんですから」


 ひとり暮らしの大学生。決して余裕のある暮らしをしているわけではない玲奈は、その言葉に見事に釣られた。




 よかったのだろうか。

 ちょっとおしゃれなイタリアレストラン。

 先月末に、歓迎会をやってくれた店だ。

 少し高めなのでランチでなければ来ることはない。


 土曜日なので店内は家族連れの姿が目立つ。

 8時近くと言うこともあり、さほど混んでいなかった。

 待つことなく席に通され、甲斐とふたり向かい合って座っている。


 なんだろう、この状況は。

 もやもやした思いを抱えて、一人部屋に帰れたかと言われたら悩むところだけれども、よりによって甲斐と一緒にご飯に行くことになろうとは。

 というか帰らなくていいのか。

 彼は実家暮らしであるはずだ。

 父親がいろいろと厳しいみたいな話を、以前言っていた。


「この年で、まだ門限があるんですよ」


 なんて笑って話していた。

 20代半ばの男に門限とか、玲奈には信じられない話だが、歓迎会の時に一度家から電話がかかってきていたので、嘘ではなさそうだ。

 店に入る前にも、一度電話をかけていた。


「一度連絡いれとかないと父がうるさいので」


 まるで一人娘を持つ親のようだ。息子に対してそこまで干渉するというのは、玲奈には信じられなかった。

 キリトの親はそんな束縛はしないし、自分の親もそこまでのことはしてこない。

 家出を繰り返していた。という話はたぶん本当なのだろうと思う。


「甲斐さんのお父様……すごいですね」


 注文の後玲奈が言うと、甲斐は肘をテーブルについて笑って言った。


「よく言われます。

 あの人は、僕のことを人形か道具としか思ってないんですよ」


 よくこんなディープなことを笑顔で言えるものだなと思う。

 玲奈は苦笑するしかなかった。


「人形……ですか?」

「ええ。自分の言うとおりに動かそうとするんですよねえ。僕のことは。

 まあ、結局僕が反発して、紆余曲折たどってここにいるわけですけど。

 いろいろ大変でしたよ」


 言いながら、運ばれてきたセットのサラダにフォークを刺した。


「大変て……?」


 聞いていいものかと思うけれど、好奇心のほうが勝る。

 甲斐はサラダを口に運んだあと、


「一時期家出を繰り返していたわけですけど、まあ、子供の行ける場所なんてたかが知れているじゃないですか。

 捜索願を出されたこともありますし、笠置さんの家に入り浸るようになってからは、家の前でもめたりとかしましたね」


 と、こともなげに言う。


「……も、揉めるって……?」

「帰る帰らないで揉めましたし、進路のことでも、大学卒業後のことでも揉めましたね。

 そのたびに、笠置さんや結衣さんに迷惑かけて。

 結局、笠置さん、うちに出禁になっちゃいましたけど」


「マジですか」


 何をすればそこまで怒らせるのか。というか、息子とのことを、他人に責任転嫁してるだけではないだろうか。

 そうは思うものの、さすがに人の親に対してそんなことを言えなかった。


「ただの八つ当たりですよねえ。僕が言うとおりにならなくなったことに対する」


 どうやらわかっているらしい。


「話、しないんですか?」

 遠慮がちに言うと、甲斐は笑顔のまま応える。


「父とですか? 家のこと以外はあまり話しませんね。僕、基本家にいませんし」


「あの、想像はつきますけど、どこ行ってるんです?」


「笠置さんのところです」


 そういって、にっこりと笑う。

 想像はしていたけれど、やはりそうか。


「あそこには僕の着替えとか荷物、そこそこ置いてありますから。

 いつでも転がり込めるんですが、それはさすがに止められてます」


「ご家族にですか?」


「いいえ。笠置さんや結衣さんに。

 それやると、結衣さんたちが僕の父親の敵に回ることになるので、生活するうえで困ると。

 父はそれなりに影響力がある人なので」


 サラダを食べ終わってしばらくすると、メインのパスタが運ばれてくる。

 クリームソースにベーコン。きのこにとろとろの半熟卵ののったカルボナーラ。

 玲奈が頼んだものだ。

 甲斐が頼んだのは、トマトにモッツアレラチーズがのったマルゲリータピザだった。


「ここ、ピザ大きくないですか? この間頼んで後悔しました」


 言いながら、玲奈はフォークを手に取った。

 甲斐はピザをカットしながら、


「そうですねえ。女性一人では食べるのきついかもですね」


 と答える。

 デリバリーのMサイズのピザ、というほどではないが、ひとりで食べるには少々大きく感じる。


 食事をとりながら、玲奈は考えた。

 なぜ、甲斐は自分をここに誘ったのか。話すだろうかと思ったけれど、向こうから切り出してくる気配はなかった。


「あの、甲斐さん」

「なんです?」


 玲奈は、半分以上のパスタを食べたころ、意を決して甲斐に言った。


「どうして、私を誘ったんです? なにか、理由があるんじゃないですか?」


 あえて突っ込んで聞いてみる。

 すると彼は、いつもの笑顔でピザを手に取りながら応えた。


「深い理由はないですよ」


「笠置さんと何かあったんじゃないですか? その、なんか悲しそうな顔してましたし」


「杉下さん」

「はい?」


「鋭いのか、鈍いのかわからないですね」


 言われた言葉の意味が分からず、玲奈の手が止まる。

 甲斐はピザを頬張った後、首を横に振った。


「いいえ。まあ、あったのは事実ですけど。

 まっすぐ家に帰りたくなかった。というのが正直なところですかねえ」


「ほんとに、それだけですか」


 根拠はないけれど、そう思った。

 甲斐の手が止まり、一瞬、笑顔が消える。

 けれど、すぐに笑顔に戻り、


「まあ、他にも理由はありますが、にべもなく帰るよう言われてしまいましたし。

 どうも最近冷たい気がしますし」


 と冗談めいて応える。


「停滞期のカップルですか」

「ははは。そうかもしれないですね」


 笑って受け流されて、何も言えなくなってしまう。

 残りのパスタを食べつくし、飲み物とデザートが運ばれてきたころ、今度は甲斐が口を開いた。


「あの男の子のことは大丈夫なんですか?」


 想像していなかったことを言われ、飲んでいたオレンジジュースを吹き出しそうになってしまう。

 グラスを置いて咳込むと、甲斐が心配そうな表情をする。


「ごめんなさい。そんな驚かせるつもりはなかったんですが」


「……いいえ、大丈夫です……」


 まさか自分のことを聞かれるとは思わなかった。

 咳がおさまってきたころ、玲奈は口を開いた。


「えーと、大丈夫って?」


 言いながら、水へと手を伸ばす。


「いえ、少し気になっただけです」


 言いながら、甲斐はデザートのティラミスをスプーンですくった。

 何か聞きたいのならば、はっきり言えばいいのに。

 そうは思うものの、よく考えれば20代半ばの男性が、女子大生のアルバイトにそこまで突っ込んだことを聞くかと言われれば、たぶん聞かないだろう。

 それを思えば、だいぶ突っ込んだことを玲奈は聞いてしまったような気分になってしまう。


「えーと。キリトとは何にもないですよ、今は」


 そう答えて、玲奈はチーズケーキをフォークで切った。


「告白されてないんですか? てっきりそのために呼ばれたのかと思ったのに」


 心底驚いた、というかおをして、甲斐が言う。

 それを聞いて、口に含んだケーキを吐きだしかける。


「なななな……何言ってるんですか?!」


 ケーキをジュースで流し込んだ後、玲奈は声を上げた。

 甲斐は苦笑して、


「ごめんなさい。仕事以外であまり女性と話す機会がないので。デリカシーのないこと言ってしまいましたね」


 そう言って、軽く頭を下げる。


「え、もてるんじゃないんですか?」


「女性とはいろいろとありまして、苦手なんですよね。ストーカーされたことありますし」


 それは苦手にもなるな、と思い、玲奈はケーキを食べつくす。


「キリトには、はっきりとは言われてないですよ。たぶん、それっぽいことは言われたことありますけど」


 だから距離を置くようになった。

 関係が壊れるんじゃないかと怖かったから。


「好きなら好きとはっきり言えばいいのに、何で言わないのかな」


 玲奈の中に、急に怒りが込み上げて、一気にオレンジジュースを飲み干した。


「杉下さん?」


 不思議そうな顔をする甲斐を差し置いて、玲奈は言葉を続けた。


「そうですよ。なんでちゃんと言わないんですか? 思ってることちゃんと」


 甲斐にとってはとんだとばっちりだけれども、玲奈は喋るのをやめなかった。


「笠置さんだって、全然喋らないじゃないですか。

 おかげで何言いたいのか理解するのに、超時間かかるんですけど」


「確かに、初めての人にはハードル高いですね。

 お客様には平気なのに」


「そうですよ。あれ、別人ですか? あ、ジュースおかわり頼んでいいですか。デザートも」


 勢いに任せて玲奈が言うと、甲斐は笑って頷いた。

 チョコレートパフェとコーラを注文し、玲奈はしゃべり続けた。


「だいたい何で私がこんな悩まなくちゃいけないのかわけわからないし。

 言いたいことがあるならさっさと言えって思うんですよね。

 ちゃんと言わなくちゃ伝わらないじゃないですか」


 この間までの自分のことなど棚に上げ、玲奈は休みなくしゃべり続ける。

 甲斐はそれを黙って聞いていた。

 一通り玲奈が愚痴を言い終えたころ、甲斐は水の入ったグラスに手を伸ばし、顔を伏せて呟いた。


「……僕は、いずれちゃんと話をしなくてはいけないんですよね」


「え? 何をです」


 チョコレートパフェを食べつくた玲奈は、じっと、甲斐を見つめる。

 彼は首を振って、


「いいえ。なんでもないですよ」


 と笑って答えた。


「食べ終わったら帰りますか」


「あ、はい、すみません。いろいろとしゃべって」


「気が済みました?」


 そう言われてハッとする。

 この食事の意味は、自分のためだったのか。それとも、甲斐のためだったのか。

 よくわからないまま、店を後にした。

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