気付いたところで何ができるの
店のドアを開け中に入ると、双子が飛び出してきた。
「おかえり、玲奈ちゃん。帰ってこないのかと思った」
「何言ってるの二葉。甲斐さんが言ってたじゃない。荷物があるから絶対帰ってくるって」
「うん、ただいま。甲斐さんは?」
玲奈は猫を下におろしながら言った。
「後片したから帰っていいよって、玲奈ちゃんに伝えるように言ってたよ」
「ところでさ、玲奈ちゃん」
「さっきの人誰?」
まるでゴシップ好きの近所のおばちゃんの如く目を輝かせる双子に、玲奈は顔を引き攣らせる。
「あれは友だ……」
「三角関係って言うんだっけ?」
「何それ、昼ドラ?」
玲奈の答えを無視して、双子は勝手な妄想を語り出す。
「だから、私と笠置さん、なんにもないから」
言いながら、玲奈はエプロンを外した。
すると、二人は目をしばたかせて顔を見合わせたあと、じっと、玲奈を見た。
「じゃあ、さっきの人は?」
「キリトは……」
友達。と言いかけて、言葉を飲み込む。
キリトは、それを望んでない。
エプロンを畳みながら、玲奈は呟く。
「そんなこと、とっくに気づいてたのよね」
「気づくってなに?」
ずいっと迫って来る双子に、玲奈は苦笑して見せる。
どうごまかそうかと思うが、ごまかしたところで明日には奇妙な噂が広まってる予感がする。
「いや、えーと、何て言うかなあ……ははは」
半笑いする玲奈に対し、双子は更なる妄想を口にした。
「もしかして、さっきの子は玲奈ちゃんのこと好きなんだけど、玲奈ちゃんはそんな気ないとか?」
「それで一生懸命アピールしてるとか?」
「それいいね。でもそういうのってストーカー? って言うんじゃない?」
「何を言ってるの、二葉。ストーカーっていうのは待ち伏せしたり、尾行したりするんだよ」
それってそのまま双子のことを指すのではなかろうか。
しかし双子はそのことに気がつかないまま、妄想を語っていく。
玲奈は逃げるようにその場を離れ、事務室に荷物をとりに行きながら考えた。
そうなんだ。
とっくに気がついていたんだ。
キリトの気持ちなんて。だからと言って、彼がはっきりとした言動や行動をとったことは……きっとない。
音羽の顔が思い浮かぶ。
音羽と恋愛の話はあまりしたことがない。
キリトのことをどう思っているのか、高校生の時に聞かれたことがあるけれど、
「友達に決まってるじゃない」
と応えたら、なんだか微妙な顔をされた。
だから。音羽はキリトのことが好きなのかと思っていた。ふたりともよくじゃれあうし、仲がいいように思っていた。
「私、勘違いしてたのかな」
呟いて考える。
そういえば最近、音羽があまり絡んでこない気がする。
この間も用があるからと、先に帰ってしまっている。
「言いたいことがあるならはっきり言えばいい……それができたらほんと、楽よねえ」
言いながら、鞄をかけて事務室を出た。
相変わらず双子はなにやら言い合っている。
内容はなぜか同性同士の恋愛についてに変わっていた。
何がどうしてそんな会話になってしまったのかわからないが、とりあえず聞き流す。
そこに、ちょうど甲斐がやってきた。
「あ、甲斐さん。店長、大丈夫……」
言いかけて、はっとする。
甲斐の表情が、いつもと違ってなんだか悲しそうだった。
彼は、玲奈に気が付くといつもの笑みを浮かべて、
「ああ、杉下さん。
笠置さんなら大丈夫でしょ。熱、下がってますし。あと一日休めば大丈夫だと思います」
と応えた。
「あの、笠置さんと何かあったんですか?」
いつもなら聞かないであろうことを、玲奈は口にした。
ふたりのことは踏み込んではいけない気がして、不思議に思っても聞こうとしたことはあまりないけれど、なにか放っておいてはいけないような気がした。
甲斐は首を横に振って、
「いえ、大丈夫ですよ」
と答える。
いつもと同じ笑みで言われ、その表情からは何も読み取れなかった。
「杉下さん」
「はい?」
「帰りましょうか。送っていきますよ」
珍しいことを言われ、耳を疑う。
玲奈が頷くよりも先に、甲斐は行きましょうか、と言って店の出口へと向かった。
「ふたりとも帰りますよ」
そう声をかけられた双子は、あからさまに不満そうな声を上げた。
「えー?」
「もっと話してたかったのに」
「ふたりでならいくらでも家で話せるでしょう」
言いながら、甲斐はドアを開けた。そして、
「ほら、出た出た」
と、双子を促す。
不満をぶつぶつと言いながら、双子は仕方なさそうにそれに従う。
玲奈も二人を追いかけるように外に出た。
空には上弦の月が浮かんでいた。
ドアに鍵をかけた後、甲斐は玲奈を振り返った。
「ちょっと遠回りになりますが、ふたりを歩きで送ってからでいいですかね。
僕の車は、ここの裏の駐車場に止めてるので」
月明かりと街灯の中に浮かぶ甲斐の表情は、なぜか寂しそうだった。




