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にぎやかな見舞い

 夏は嫌いだ。

 暑さは逃げ場がない。

 だから余計に外に出たくなくなる。

 笠置は、部屋の気温が上がっていることに気が付いて目が覚めた。

 今日は気温が上昇し、夏日になると聞いたが、室内の気温は大して上がっていないようだ。

 その理由に、笠置はすぐに気が付く。


 エアコンが点いている。

 たぶん、甲斐がつけていったのだろう。

 設定温度が高めに設定されている為か、やや暑く感じる。

 額に触れ、自分の熱を確認する。

 朝に比べたらだいぶ下がっているように思える。


 朝目が覚めると、体がだるく熱っぽく感じた。

 異変に気が付いた甲斐に熱を測らされ、強制的に近所の病院に連れて行かれた。

 帰宅した後は、薬を飲むためにおかゆを食べさせられ、おとなしく寝ているよう言い含められた。

 子供扱いしているのはどっちだと思ったが、何も言えず、ただ甲斐の言うとおりにしていた。


 だるい体を動かして、掛け時計の時間を確認する。

 12時を少し過ぎていた。

 身体を起こすと、ベッド横から声が聞こえた。


「起きたのかい」


 声のほうに視線を向けると、畳まれた客用(というか甲斐用)布団の上で丸くなっている、大きな三毛猫の姿を見つけた。

 彼女は、二又にわかれた尻尾をパタンパタンと振りながら言った。


「もうお昼だよ。身体はどうだい」


「……だるい」


 それだけ答え、ベッドサイドに手を伸ばす。

 愛用のふくろう柄のマグカップにスポーツドリンクを注ぎ、一気に飲み干した。

 飲み物を口にして初めて気が付いたが、だいぶのどが渇いている。

 もう一杯注いで、カップの半分ほどを飲むとそれをベッドサイドに戻した。


 38度近くの熱など、出したのは何年振りだろうか。

 たぶん姉が結婚する前だろうと思う。

 あのころは病気になっても面倒を見てくれる人がいた。

 年の離れた姉はさっさと結婚し、商店街の中心部に居を移した。


 両親は、笠置が高校生の時に事故で亡くなっている。

 だから姉が結婚するイコール、一人暮らしの始まりだったわけだが、なぜか甲斐が入り浸るようになっていた。

 たぶん10年近くになるだろう。

 そんなに長く一緒にいたのかと思う。

 生まれたころから知っているから、正確には甲斐の年齢と同じ年数とも言えるが。

 気が付けばこの冬で、笠置は30になる。

 そんな年になってまで、5歳も下の甲斐に甘え続けるのはいいことだとは思えない。


 いつまでも甘えるな。


 お銀さんの言葉が頭の中で響く。

 甘えているのはきっと、自分だけではないだろう。

 依存し合って、自分たちの世界を閉ざしてきたのだから。

 いつまでもそばに置いておくわけにはいかない。

 少しずつ、彼がいなくても生きていけるようにしなければ。

 彼を彼の世界に帰さなければ。




「何、考えているんだい」


 いつの間にか、お銀さんが笠置の布団の上に乗り、顔を見上げていた。

 何もかも見透かされそうな、金色にひとみと目が合う。

 笠置は首を横に振り、なんでもない、とうそを言う。

 たぶんきっと、バレバレである。

 それでも今は何かを話す気にはなれなかった、

 お銀さんは、そうかい、と呟いた後、ちらっとドアのほうを見た。


 バタバタと言う足音が聞こえる。

 こんなうるさい足音を立てるのは、あの二人しかいないだろう。


「風邪ひいているところに入るのはちょっと……」


 バイトの遠慮がちな声が聞こえる。


「だいじょうぶだよ玲奈ちゃん。

 怒られるのは僕たちだから!」


 たぶん一葉だろうと思う。勘だが。


「そうだよ、玲奈ちゃん。

 あの人女の人の扱いなんて知らないから、玲奈ちゃんには何にも言わないよ」


 失礼な物言いだが、反論もできない内容だ。

 ノックもなくドアが開き、入ってきたのは双子とバイトだった。

 何やら手に袋をいくつかぶら下げている。

 双子は挨拶もなしに笑顔でこちらに近づいてくると、ベッド横に座って言った。


「僕たち用があるから来たんですよ、笠置さん」

「本当ですよ笠置さん。あ、遅くなりましたがこんにちは、お邪魔してます」

「こんにちは、お邪魔してます」


 挨拶を言うのが遅いと思うが、突っ込む気力もなくじっと二人を見つめる。


「あの、すみません。お邪魔します」


 遠慮がちに玲奈が室内に入ってくる。

 ドアを閉めて双子の後ろに正座した後、玲奈は頭を下げた。


「本当にすみません。止めたんですが、聞かなくて」


 申し訳なさそうに言う玲奈に、笠置は無言で首を振る。

 猫が半眼で何かを訴えているのが視界の端に映ったように思うが、あえて無視する。

 何か言えよ、と言いたいのだろうが、正直喋るのも今は億劫だった。

 そして、この双子が玲奈の言うことなどに耳を傾けるわけがなかった。

 何と言っても400歳近い狛犬である。人間はみな、彼らに比べたら若輩者だ。

 双子はなぜ玲奈が謝るのかわからないようで、不思議そうな顔をして玲奈を振り返る。


「何で謝るの、玲奈ちゃん」

「そうだよ玲奈ちゃん。

 君は怒られないから大丈夫だよ」


 怒られるなら自分たちとわかっているなら、なぜここに来たのか。

 双子は笠置に視線を戻すと、じっと顔を見つめてくる。

 しばらく見つめた後、双子は顔を見合わせ頷きあった。


「とりあえず大丈夫そうだね一葉」

「そうだね、二葉。皆がもってきてくれた差し入れを持ってくるというのを口実にここに来たかいはあったね」


「……差し入れ?」


 わけがわからずにいると、双子はそれぞれの横に置いたスーパーの袋を指差す。


「これ。僕や皆からです。

 主に笠置さんの主食ですが」


「一葉。それだと笠置さんチョコレートで動いているみたいじゃない」


「えー? だって、笠置さんがご飯食べてるのあんまり見たことないし、チョコ食べてるか煙草吸ってるか、甘いコーヒー飲んでるかじゃない?」


 酷い言われようだが、事実なので反論もできなかった。


「笠置さん、皆がもってきてくれたやつ、ちゃんと甲斐さんや玲奈ちゃんにも分けてあげてくださいね」


 二葉に言われ、笠置は黙って小さく頷く。

 平常時なら、スーパーの袋二つ分くらいのお菓子を、一人で食べつくすくらいはするがさすがに今はそんな気持ちにはなれない。


「そうそう、笠置さん。

 玲奈ちゃんが話あるって言ってましたよ」


「いや、だから別に今話したいわけじゃないって言ったじゃない。

 別に急いでないし。来週でも大丈夫……だし」


 一葉の言葉に、玲奈が首を何度も横に振りながらそう訴える。

 内容は予想できないが、たぶん二人の前で、笠置に話があるとぽろっと言ってしまったのだろう。

 口実をゲットして、2人は玲奈を巻き込んでここに来たのだろうと想像がつく。


「話って何」


 少し枯れた声で言うと、玲奈は遠慮がちに言った。


「いえ、あの、試験期間中のことと、夏休み中のシフトの件でお願いがあっただけなんですが。

 でも急ぎではないですし。別に今日じゃなくても」


 それを受けて応えたのはなぜか一葉だった。


「え? なんで? よくわからないけどそう言うのって早く言った方がいいんじゃないかな?」


「そうだよ玲奈ちゃん。思い立ったら吉日って言うでしょ」


 風邪とか熱とか出したことのない狛犬どもがいては、話が進みそうにない。

 笠置はお銀さんに視線を向けると、彼女はやれやれ、と言った様子で立ち上がりベッドから降りた。


「ふたりとも帰んな」


 するとあからさま、嫌そうな声を上げる双子。


「なんでです、お銀さん。来たばっかなのに」

「もっと話したかったのに」


「お前たちには病人への接し方を教えてやるから、ほら、さっさと出た出た」


 お銀さんにせかされ、不満げな顔をしながらも、双子は立ち上がる。

 それにならって玲奈も立ち上がろうとするが、お銀さんが止めた。


「あんたは話あるんだろ」


「え、でも。笠置さん風邪ひいてますし」


「どうせ風邪治ったところで話す機会などないだろう」


 お銀さんがそう言うと、双子は目を輝かせて交互に言った。


「あ、なにこれフラグ?」

「ワクテカってやつ?」


 何が言いたいのかよくわからないが、この後とんでもない噂が広まる予感がする。


「馬鹿言ってないで、さっさと行くよ」


 呆れた声でお銀さんが言うと、また不満そうな顔に戻し、双子はドアを開ける。


「じゃあね、笠置さん、玲奈ちゃん」


 そう言って、二葉は手を振った。

 玲奈はぎこちない笑顔で、手を振りかえしていた。


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