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土曜日の朝は清々しい、とはいえない2

 9時40分。

 双子と雑談を交わしながら店につくと、エプロン姿の甲斐が開店準備をしていた。

 彼は玲奈と双子を見て、少し驚いた顔をする。


「おはようございます。

 珍しいですね、2人が誰かと一緒に来るなんて」


 すると、双子はにやにや笑って、


「だって玲奈ちゃんと話がしたかったんだ」

「そうだよ、僕たち彼女に用があったんだ」


 と、交互に言う。

 双子はあたりを見回して、今度は声をそろえて言った。


「で、笠置さんは?」


「寝てますよ」


「え? じゃあ、昨日の雨にやられたんですか?」


 玲奈が言うと、甲斐は頷く。


「今朝測ったら38度近く出てまして。朝イチで病院に連れて行きました」


 今朝。朝イチ。

 何か引っかかるが、玲奈は言葉を飲み込んだ。

 しかし、双子は玲奈の中に生まれた疑問と同じことを口にした。


「甲斐さん、泊まったの?」


 その問いに、甲斐は当たり前のように頷く。


「ええ。久しぶりに。あの人放っておいたらご飯も食べないですし、たぶん病院にもいきませんから」


 まるで母親のようだと思いつつ、玲奈はひとり店の奥に行き、荷物を置いてエプロンを身に着けた。


「お母さんみたいですね、それ」


「そうだね二葉。

 まあ、僕たち母親ってわかんないけど、きっとそんな感じだよね」


「でも、泊まったらまたお父さんに何か言われないですか?

 昔よく家出して揉めてたじゃないですか」


 店先に出て聞こえてきたのはそんな会話だった。

 家出ってなんだ。そう思いながら、玲奈は残りの開店準備をする。

 照明は甲斐が点けたので、ショーウィンドウのロールスクリーンをあげる。


「ああ、受験のことでもめて、一時期プチ家出を繰り返してましたね。

 まあ、居場所はバレバレで、笠置さんや結衣さんに超がつくほど迷惑かけましたが」


 そんなことを、ずいぶんと明るい声で語っている。

 甲斐は相当闇が深そうだ。そう思いながら、玲奈はロールスクリーンを上げていく。

 そして、すべてを上げ終えて外を見たとき、思わず玲奈は固まった。

 開店待ちの客が5,6人、店の前にいた。

 ひとりはきぬさんというお婆さんで、ひとりは蛇のような顔をしてスーツ姿の男だ。

 後は見たことのない人たちだが、皆、笠置の客ではないだろうか。

 皆、袋のようなものを手に持っている。

 彼らに気が付いた甲斐が、双子との会話を切って、店の外へと出て行った。


「なんだろう、あれ」


 その呟きに答えたのは双子だった。


「ああ、たぶん笠置さんに何か持ってきたんじゃないかな」

「きっとそうだよ。

 病院に行ったことなんてすぐ話が広まるだろうし」


「でも僕たち知らなかったよ」

「だって僕たち、ずっとこの子のこと待ち伏せしてたから」


「いったい何時から待ってたの?」


 呆れ顔で尋ねると、双子はあごに手を当てて考えた後、


「明け方から」


 と声をそろえた。

 この子たちアホの子だろうか。

 ちょっとした玲奈の表情の動きに気が付いたのか、一葉が、頬を膨らませる。


「あー。大丈夫か、この子たちみたいなこと思ったでしょ」


「思ってない思ってない」


 首を何度も振って、玲奈は否定する。

 疑っているのか、一葉がじーっと、玲奈を見つめてくる。

 そんな彼の肩を、二葉が叩いて言った。


「そんなに見つめないの。僕たち、いつもそんな感じだよね」


 一葉は二葉を振り返り、頷く。


「うん。何かずれてるって言われるね。主に笠置さんにだけど」

「ところで38度の熱ってどれくらい? 辛いのかな」

「辛いんじゃないかな。きっと」


「どうなの、玲奈ちゃん」


 どうもこの双子はどんどん話題を切り替えていく傾向にあるように思える。

 玲奈は頷きながら、


「辛いし、動きたくないし、っていうか人によっては動けないんじゃないかしら」


 そう言うと、急に双子はまじめな顔になった。


「それは大ごとだね一葉」

「そうだね二葉。僕たちもこうしてはいられないね」

「そういう時って何が欲しいって思うの?」


 熱を出した時に欲しいもの。いざ言われるとあまり思いつかない。


「スポーツ飲料とか。栄養ドリンクとか?

 ゼリーとかもいいと思うけど」


 とりあえず思いつくものを並べてみる。

 双子は顔を見合わせて頷きあうと、玲奈のほうに向きなおった。


「ありがとう。じゃあ、行ってくる」


 声をそろえてそう言うと、双子は店を出て行った。

 なんだったんだろうか、あれは。

 もしかして買い物に行ったのだろうか。

 そんなことを考えていると、柱時計が10時を告げる。

 それと共に、甲斐がたくさんの袋をぶら下げて店の中に戻ってきた。

 客は帰ったらしく、店の前は無人になっていた。


「杉下さん、ちょっと手伝ってもらっていいですか?」

「あ、はい」


 玲奈は甲斐に近づくと、いくつかの袋を受け取る。

 中身はお菓子や栄養ドリンク、ジュースにアイスクリームだった。


「なんですか、これ」

「ああ、差し入れみたいですよ。僕たちも食べていいみたいです」


 どうやら店長は人望が随分とあるらしい。

 とりあえず溶けそうなものは、甲斐が笠置の部屋にあるという冷蔵庫にしまいに行き、残りのものは店の様子を見て上に届けよう、と言う話になった。




 10時をだいぶ過ぎたころ、ちらほらと客が入ってくる。

 入り口入ってすぐに並べられた、つまみ細工や帯飾りの根付け等のまえで足を止める客が多かった。


 どこで仕入れたのか、足が痛くならない下駄、なんていうのも店頭には並んでいる。

 本当に痛くならないのだろうか、と疑うが、甲斐が笑顔で客に勧めていたのを聞くとたぶん本当なのだろう。

 自分で買おうか、少し悩んでしまう。実際使ってみなければ、痛くならないですよ、なんて客に勧められないように思う。だからと言って下駄をはくかと言われたら、どうだろうと思う。


 最近、出勤するたびに新しいものや変わったものを見つけると欲しくなってしまう。

 クリスタルや地球儀の立体パズルに、真っ白なジグソーパズル。

 時々増えるふくろうグッズ。

 そして、奥の一角にある謎のグッズたち。

 誘惑に負けて、立体パズルはいくつか買って部屋に飾っている。

 ふくろうのグッズもじわじわと増え、玄関用に暖簾を買ってしまった。


 働く、というのはこんなにもお金がかかるのかと最近玲奈は思うようになった。

 誘惑に負けるのが悪いのだが、ここには魅力的なものが多すぎる。


 12時近くになって客がひいたころ、双子が紙袋を下げて戻ってきた。

 外は暑いのか、それとも走ってきたのか、だいぶ汗をかいている。


「お帰りなさい」


 当たり前のように甲斐がそう言うと、双子は一度顔を見合わせた後、笑顔で応えた。


「ただ今、甲斐さん」

「遅かったですね。どこまで行ってたんです?」

「駅ビルのスーパー」


 そう言いながら、どや顔で甲斐に向かってビニル袋を差し出す。

 甲斐はそれを笑顔で受け取りながら、何を飼ってきたのか尋ねた。


「栄養ドリンクとチョコレート!」


 妙な組み合わせだなと思いながら、甲斐の横から袋の中を覗き込んだ。

 甲斐の部屋で見たものと同じチョコレート菓子に、某有名栄養ドリンクの3本セットが入っている。

 栄養ドリンクはとにかくとして、なぜチョコレートを買ってくるのだろうか。


「何でチョコレート?」


「笠置さんが好きだからに決まっているじゃない、玲奈ちゃん」

「そうだよ、玲奈ちゃん。あのひとチョコばっか食べてるんだよ」

「よく太らないよね」

「むしろ細いよね。っていうかご飯食べるの、あの人」


 言いながら二人同時に首をかしげる。

 本当に双子と言うのはシンクロ率が高いのだろうか。

 そんなことを考えていると、甲斐に声をかけられた。


「杉下さん、先にご飯食べちゃってください」


「僕たちも一緒に食べる!」


 玲奈が答える前に、そう言って、双子が同時に手を上げた。


「いいでしょ、玲奈ちゃん」


「いいよね、玲奈ちゃん」


 ふたりに押され、ノーとは言えないまま三人で連れだって、奥の事務室に入って行った。

 部屋に入って習慣的にスマートフォンをズボンのポケットから出す。

 メルマガ以外にメールもメッセージもなかった。


 返事を待っているのだろうか。

 時間がたてばたつほど返事など書けなくなってしまう。

 そんなことわかっているのに。


 夏はもうすぐやってくる。


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