土曜日の朝は清々しい、とはいえない
土曜日。
昨日までの雨が嘘のように、雲一つない空が、窓の外に広がっている。
今日は7月初めのような暑さになると、ネットのニュースで見た。
玲奈は半袖に薄手のシャツをはおって、バイト先へと向かった。
道路に出ると、濡れたアスファルトの上を小学校低学年くらいの子たちが駆けていく。
気持ちのいい朝。とはいかなかった。
心の中にずしりとのしかかる言葉。
「言いたいことがあるなら言えばいいのに、どうして言わないんです?」
ルゥの言葉だ。
それができたらどんなに楽か。
けれど現実にそうはいかない。
思ったことを飲み込んで、相手を気遣って。それが普通じゃないだろうか。
結局、昨日キリトに返事を返せなかった。
時間がたてばたつほど、返す言葉がなくなってしまうのに。
途中立ち止まって空を見上げる。
もうすぐ夏がやってくる。
顔をパシッと叩き、前を向いた。
8月の頭には夏祭りが2日にわたって行われる。
1日目には花火が打ちあがるので、かなりの人出となる。
それ以外にも、8月には町内会単位で小さなお祭りがおこなわれる。
それは商店街も例外ではなかった。
玲奈は雑貨店に向かう途中、商店街の掲示板に貼られたポスターを見て思わず立ち止まった。
浴衣姿の2組の男女に小さな子供が写った、町内の夏祭りを知らせるポスター。
そこに見覚えのある二人が写っていた。
「……なにこれ」
言いながら吹きだしてしまう。
浴衣の男は笠置と甲斐だった。
いつの間に撮ったのだろう。店長の笑顔が心なしかぎこちないのが笑える
。
「レアキャラなのにこんなのに写っちゃっていいのかな」
幸せになれるだとか、宝くじに当たるだとか、受験に受かるだとかいう都市伝説を持つ店長。
そういえば昨日だいぶ雨に打たれていたが、大丈夫だろうか。
「本当に店長って口下手っていうか。何言いたいのかわかり辛いのよね」
「それは前から思っているよね一葉」
「そうだね二葉。それを思うと甲斐さんはすごいよね。単語聞いただけで何を言いたいのかわかるんだもの」
ぱっと振り返ると、長袖のTシャツ姿の双子がいた。
ひとりは黒。ひとりはベージュだ。
同じ顔なのでどちらがどちらなのかわからない。
双子は同時に右手を挙げて、
「おはよう、玲奈ちゃん」
と笑顔で言った。
「あ、うん、おはよう。えーと……」
「僕が一葉」
とベージュを着たほうが手を上げる。
「僕が二葉だよ」
そう言って、黒を着たほうが手を上げた。
「一葉君と、二葉君。うん、覚えた」
と言っても色で覚えただけだ。見た目では全然判別がつかない。
双子は顔を見合わせた後、にっこりと笑った。
「ねえねえ玲奈ちゃん」
「聞きたいことがあるんだ」
「私に?」
玲奈が問うと、2人は同時に頷いた。
「うん。昨日笠置さんと出掛けたんでしょ?」
「そうそうあの笠置さんと出掛けたんでしょ?」
「え、まあ、うん。そうだけど。どうしてそんなこと」
そのことについては昨日説明したはずだ。
なのになんでそんなことを確認してくるのかわからなかった。
2人は向かい合うと、お祈りをする形に手を組んだ。
「ねえあの笠置がやっぱり女の子と出掛けたんだよ二葉」
「そうだね一葉。笠置さん、とうとうそんな日が来たんだね」
果てしなく誤解が広がっている気がする。
背中に花でも咲きそうな双子に対し、玲奈は苦笑して言った。
「だからそう言うんじゃないって説明したじゃない」
するとバッと同時に、きらきらした目で玲奈を見つめた。
「うん聞いたよ。だからふたりで出かけたのは事実でしょ?」
「いや……猫ちゃん一緒だったし……」
2人の勢いに気圧されながら、玲奈が遠慮がちに言うと、二葉が首を横に振った。
「お銀さんは数に入らないから大丈夫!」
何が大丈夫なんだ。
そう思ったものの口には出せなかった。
何か面倒なことになりそうな予感しかない。
「ねえ玲奈ちゃん」
「これからお店行くんでしょ?」
「え? うん。仕事だし……」
すると、ばっと双子は玲奈に顔を近づけて言った。
「僕たちも一緒に行きます!」
そんなことしなくてもしょっちゅう来ているじゃないか。
と言う言葉を飲み込んで、玲奈は無言でうなずいた。




