表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/42

言えないこと

 玲奈を送り届け家に帰る途中、後部座席から声がした。


「あんた、言い方がきついんだよ」


 お銀さんの、非難するような目が思い浮かぶ。

 笠置は何も答えず、雑貨店の裏手にある駐車場に車を止めた。


「もうちょっとオブラードに包んで言うことができないかねえ」


 お銀さんの言葉を無視しつつ、車から降りて小雨の中彼女を抱えて裏口の鍵を開けた。

 とっくに7時は過ぎているため、店のほうは閉まっているだろう。甲斐は帰っただろうか。

 そう思いながら中に入りお銀さんを下ろすと、廊下の先に人影が見えた。

 廊下を照らすLEDの下、私服姿の甲斐が、いつもの爽やかな笑顔をこちらにむけていた。


「お帰りなさい。

 お疲れじゃないですか? 色々ありすぎて」


「いや」


 そう答えて首を横に振る。だが、正直言えば頭がくらくらする。

 かえでを送る前に軽くシャワーは浴びたが、風邪をひく予感しかない。

 夕飯を食べるのもおっくうに感じ、このまま寝てしまおうかと思う。

 甲斐がいるなら、玲奈に話したことや仕事の話をしなければと思ったが、言える気がしなかった。


「何か買ってきましょうか?」


 何か察したのか、甲斐がそう声をかけてくる。

 笠置はそれに首を振り、言った。


「早く帰れ。

 お前の親に睨まれたくない」


 すると、甲斐は苦笑する。


「僕を何歳だと思ってるんです? 今年で25ですよ。子供ではないんですから。

 それより顔色悪いですよ。

 早く上に戻って寝たらどうです?」


 店の上は笠置の居住空間になっている。

 姉が結婚するまではふたりで暮らしていたが、今は笠置ひとりだけだ。

 甲斐はこちらに近づいてくると、笠置の腕を掴んだ。


「上まで送りますから。

 あとで買い物いってきますね」


 断ってもたぶん買いにいくだろう。

 大人しく甲斐に支えられながら、裏口傍にある階段を上る。

 甲斐に言わなければいけないことがあるのに、言葉が出てこない。 


緋月ひづき


「なんです? 下の名前で呼ぶなんて、久しぶりじゃないですか?」


「……」


 話したいのに、言葉に詰まる。

 風邪のせいか。別の理由か。

 靴を脱ぎ室内に入ると、甲斐は迷わずに常夜灯のぼんやりとした明かりの中を、笠置の部屋まで歩いて行った。

 彼は、子供のころからこの家に出入りしているため、照明のスイッチの場所も、部屋の位置関係も把握している。もともと、笠置の母親が甲斐の神社によく出入りしていたため、甲斐が生まれたときから互いの家をよく行き来していた。

 部屋でベッドに座らされると、甲斐は言った。


「何か言いたいことがあるのでしたら後で聞きますから。

 透さん、とりあえず大人しく寝ててくださいね」


 そして、甲斐は部屋を出ていった。

 久しぶりに名前を呼ばれた。久しぶりに名前を口にした。

 店を始めてもうすぐ6年になる。甲斐にバイトで来てもらってからずっと、下の名前で呼ぶのは避けていた。それは甲斐も同じだった。

 仕事だから名前で呼ばない。ただそれだけだったが、いつの間にかそれが定着していた。


 とりあえず部屋着に着替え、ベッドに転がる。

 布団をかぶっていないとまたいろいろと甲斐に言われそうだが、起き上がる気力もなかった。


「どっちが年上だかわからないねえ」


 お銀さんがふわりとベッドにのりながら、やれやれ、といった感じで言った。


「……5歳は違うんだけどな」


 呟くように言うと、ふん、とお銀さんが鼻を鳴らす。


「あいつをいつまでそばに置いとくんだい」


「ちゃんとそのことは考えてる」


 話をしなければと思うのに、本人を目の前にすると何も言えなくなる。

 やめる気はない。

 そう甲斐は以前言っていたけれど、そうもいかないだろう。

 大きな神社の跡取りであるにもかかわらず、こんなところでいつまでも働かせるわけにはいかない。


 そう思っているのに本人に話せないでいた。

 傷つけないように言う方法がわからない。言葉を間違えれば、甲斐を傷つけてしまう。


「話し方がわからない」


 ぽつりと言うと、お銀さんが身体に寄りそって寝転がるのがわかった。


「あいつは繊細だからねえ。あんたに必要とされることが自分の存在証明になっているようだし、言い方間違えたら関係が壊れるかもねえ」


 いっそのこと壊してしまった方がいいかもしれない。

 現状を変えようとしているのだから、歪みが生まれるのは当然だろう。

 表情のない顔で親の言いなりになり、神主の大学に行こうとしていたのを止めたのは自分だ。その結果、甲斐は父親とおおいにもめた。

 ここでこのまま働きたいと言い出した時もだ。

 まさか働きたいと言い出すとは思っていなかったが、それを自分は受け入れた。


 おかげで笠置は甲斐の父親に、2度と来るなと言われてしまった。

 甲斐がいなければ成り立たなくなってしまっている現状をどうにかしなければと思っているのに、そのことを話さなければならないのに。

 言わなければいけないことほど、なぜ言えない。




 

 いつの間にか、寝入っていた。

 腕の中でお銀さんが眠っている。

 いつもなら勝手に帰っていくのに、今日はこのまま泊るつもりだろうか。

 携帯電話に手を伸ばし、時間を確認すると夜中の1時を過ぎていた。


 点けっぱなしだったはずの照明は、常夜灯になっている。

 お銀さんを起こさないように体を起こすと、ベッドサイドに愛用のマグカップとスポーツドリンクが置かれているのに気が付く。

 それに、枕がアイス枕に替えられている。

 そして、ベッドの横に転がる布団の塊。甲斐が丸くなって寝ていた。

 どうやら帰らなかったらしい。

 どうして帰らなかったのだろう。

 どうしてそばにいようとするのだろう。


 どうして、そばにおこうと決めたのだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ