車の中で
かえでを駅まで送り届けたあと、玲奈がスマートフォンをみると、キリトと音羽からメッセージが来ていた。
メッセージアプリであるため、開けば相手にメッセージを見たことが伝わってしまう。
どうしようかと思いつつ、玲奈はスマートフォンと睨めっこした。
音羽のメッセージを開くと、授業さぼってどうしたのか、という内容が書かれていた。
『ノートいるなら貸すよ?』
とも書かれていたため、返事を入力する。
『何にも言わずに帰ってごめんね。ノートは助かる!』
と返すと、すぐに返事が来る。
OKと書かれたスタンプが、画面に表示される。
そのあと、
『進藤に返事した?』
と言う言葉が表示され、ドキッとする。
何も返さずにいると、
『二人何かあったの? 午後、玲奈がいなくて進藤気にしてたけど』
『言い過ぎたかなとかなんとか』
次々に音羽からのメッセージが表示されていく。
『進藤の気持ち、気づいてないの?』
その言葉に頭が混乱する。気持ちってなんだ。
心臓の音が妙に大きく聞こえる。気づいてはいけないことに気付いてしまいそうで。それがなぜか怖かった。
「どうしたの」
笠置の声にはっと、我に返る。
そうだった。かえでを送ったのは笠置の車だった。
今、自分が彼の車の助手席に座っていることを思い出す。車中には激しい洋楽が流れていた。
車は駅を離れ、雑貨店へと向かって行く。
大した距離ではないため、5分もすればついてしまうだろう。
後部座席では、お銀さんがとぐろ巻いて寝ていた。
外はすっかり日が暮れて、ネオンや車のライトが町を照らしている。
「えーと、メッセージがいろいろ来てたんで、なんて返そうかなって思いまして」
そう答えて、スマートフォンを見つめる。大きく息を吸って、メッセージを打ち込んだ。
『気持ちって何?』
玲奈の返信に、音羽から返ってきたのは驚愕を表すスタンプだった。
その次には謝るスタンプが帰ってくる。
『いやごめん。あいつ言ってないんだっけ? あれ?』
と言う返事が来てわけがわからなくなる。
音羽は何を知っているのだろう。
キリトからのメッセージは、余計に恐くなって開けなくなってしまう。
いつまでも放っておくわけにはいかないけれど、心の準備ができそうにない。
「甲斐が言っていた。
君の友達が可哀そうとかなんとか」
笠置の言葉が誰をさしているのかはすぐに分かった。
甲斐はキリトと二度ほど会っている。
可哀そう。
少し心に突き刺さる言葉だった。
たぶん何が可哀そうなのか自分は知っている。
けれどそれがわかってしまったら、キリトとの関係も、音羽との関係も壊れてしまいそうで。
玲奈はスマートフォンをサイレントモードに設定し、ズボンのポケットにしまうと、雨の降る町に視線を向けたまま笠置に話しかけた。
「笠置さんて何してる人なんですか?」
「……雑貨屋の人」
思わず笠置のほうを見ると、いつもと同じ、何を考えているのかわからない顔が、薄闇の中に浮かんでいた。
「どこがです? いや、あの、たしかに雑貨屋の人ですけど、でも明らかに普通の雑貨屋さんじゃないですよね」
車が雑貨屋へのルートからそれるのに気が付く。
たぶん玲奈の住むアパートだろう。
笠置は黙って頭に手をやった。
何も言わない彼に、玲奈は早口で言った。
「昨日からいろいろありすぎて。少しは教えてくれてもいいじゃないですか」
少し怒ったような口調になってしまう。たぶん、半分以上は八つ当たり。
音羽にもキリトにも返事を返せない状況へのいら立ちを、笠置にぶつけている。
自覚はするが、言った以上後には引けず、笠置の返答を待った。
彼は手をハンドルに戻し、静かに告げた。
「もともとは祓い師をやっていた。母親が、そういう家の人だったから」
「祓い師?」
笠置は黙ってうなずく。
妖怪だとかそう言うものを祓う、ということだろうか。
祓う対象の妖怪と、ずいぶんと仲がよさそうだがなぜだろう。
「もしかして、笠置さんのところに来ているお客さんて」
「みんな妖怪」
「ほんとですか?」
あの奥に引きこもり、妖怪たちの話を聞いている、と言うことだろうか。
何でそんなことをしているのだろう。
「妖怪が人に手をだせば祓われる。
容赦なく、殺す祓い師もいる。
それはしたくないから、話を聞いている」
いまいち何が言いたいのかわからず、玲奈は首をかしげた。
情報が少なすぎる。話を聞くことでどうなるのかが何も見えてこない。
「妖怪たちの話を聞くって、どういうことですか?」
「……人だってストレスためたり、何か不安だとか抱えれば人に当たりたくなることがあるだろう。
今の君のように」
図星を刺され、何も言い返せなくなってしまう。
「人と同じように、彼らは愚痴を言う相手を求めてる。
彼らの話を聞くことで、人に興味が向かないようにしている」
やはりいまいち理解できない。そんなことで人に興味が向かなくなるのだろうか。
笠置の話は主語や説明が少なく、何を言いたいのか理解するのに時間がかかる。
車は玲奈が住むアパートへと近づいていく。
笠置は車を路上に止めると、じっと玲奈を見つめた。
「ほかに何か聞きたいの」
その言葉に、玲奈は首を振る。
聞きたいことはあるけれど、今はそんな空気ではなさそうだ。
玲奈は笠置に頭を下げてお礼を言うと、車を降りて自分の部屋へと向かって行った。
部屋に入り、電気をつけてベッドに転がる。
車が動き出す音をかすかに聞きながら、玲奈はポケットにしまっていたスマートフォンを取り出し、新着メッセージがあるか確認した。
予想通り、何件かのメッセージが届いている。
音羽から一件。
キリトからの通知もたまっている。
音羽からのメッセージは、
『月曜日、ノートもっていくから!』
というごく普通の内容だった。
『ありがとう、また月曜日』
それだけ返し、玲奈は意を決して、キリトからのメッセージを開いた。
内容は、授業を休んでどうしたのか、というものばかりだった。
基本、玲奈を気遣う内容ばかりで、昨日の出来事に触れているものはなかった。
『夏のこと、考えてね』
そのメッセージが、酷く重く感じた。




