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追いかけっこ

 校門横に、タクシーが数台止まっているのが見える。他に生徒の迎えであろう車が、学校の駐車場へと入っていく。

 笠置は商業施設のほうに視線を向け、バスとタクシー乗り場の場所を確認した。

 たぶん、この雨ならばタクシーを利用して駅に向かうのではないだろうか。

 大切なものならば、授業が終わってすぐ、捜しに行くかもしれない。


「どうしたんだい」


 肩に乗っている猫、お銀さんの声が頭の上で聞こえる。


「移動手段を考えていた」


「移動手段?」


「タクシーに乗られたら、追わないといけないから」


「ああ、そのままタクシーのって電車に乗ると思うのかい?」


「たぶん」


 徒歩15分ほどの距離ならば、タクシー料金も大した金額にはならない。高校生の小遣いでも普通に払えるだろう。


「あ、あれ。あの、透明にピンクの傘!」


 ルゥが叫んだ。

 肩まで伸びた黒髪の、ブレザー姿の少女がタクシーに乗り込もうとしているのが見える。

 タクシーは少女を乗せると、そのまま駅のほうへと走り出した。


「笠置さん!」


 玲奈がこちらを振り返る。

 やはりそうか、と思い黙って玲奈の腕を掴んで走りだした。


「だからお前はこれからどうするかとか話しなよ、まったく」


 呆れたようなお銀さんの声が聞こえるが、そんなものを無視して、タクシー乗り場へと急いだ。

 幸い待っている人はおらず、笠置たちはすぐにタクシーに乗り込んだ。


「駅まで」


 タクシーが走り出すのと同時に、笠置は長年使っている携帯電話で電車の時間を確認する。

 4時ちょうどに一本電車がある。

 そのあとは4時23分。

 たぶん4時の電車に乗るつもりだろう。

 今、時間は3時52分。ぎりぎり間に合うかどうかくらいか。


「捜しに行くつもりですかね」


 玲奈の言葉に、笠置は黙ってうなずく。

 駅に着くと、笠置は運転手に千円札を押し付け改札へと向かった。

 駅の近くにある高校の生徒で、駅は混雑していた。

 かえでという少女と同じようにタクシーで来たのか、ちらほらと桜林高校の生徒の姿も見える。


「これじゃ探せないですね」


 電車待ちをする生徒たちを見渡して、玲奈が言う。

 電車に乗れば、駅に着くたびに降りる人が出てくるだろう。

 そうすれば空いてくるだろうし、多少探せるようになるかもしれない。

 電車の到着を告げるアナウンスが、ホームに響く。


 四両編成の電車が、ホームに入ってくる。

 電車に乗ると、身動きが取れないくらい混雑していた。

 雨の日特有のむわっとした空気の中、電車が動き出す。


 駅に着くたびに乗客は減ると思ったが、そうでもなかった。

 降りる者もいるが、乗ってくる者も多くおり、さほど乗客数が変わらないまま、自分たちが住む町の駅についてしまった。

 ターミナル駅ということもあり、笠置たちが乗った電車のほかに着いた電車があり、たくさんの人が改札へと向かって行く。

 こういう時、背が低いのが少し恨めしく思う。

 日ごろ気にはしないが、あたりを見回しても目標の人物を探せない。


「あ、あれ。あのバッグ!」


 玲奈の胸元で、熊が叫んだ。

 あれってどこだと思いながら、笠置が周りを見渡すと、改札から商店街側の出口に向かって行く、ピンク色のバッグを背負った少女がちらっと見えた。だがすぐに人の波に埋もれてしまう。


 急いで改札を出て商店街側の出口へと向かうが、少女を見つけることはできなかった。

 ちょうど帰宅時間と重なり、高校生の姿が多かった。

 歩きなのか、バスなのか、タクシーなのか。選択肢が多すぎて絞り込めない。

 向かうとしたら大学だろうか。お堀に近づかれたらまずいかもしれない。

 お堀に住む河童たちは雨が大好きだ。調子に乗って人にいたずらすることも多い。実力行使で注意をしても懲りない連中だ。


「見失っちゃいましたね。どうします?」


「日曜日に来た順路をたどるだろうからねえ。

 大学に向かうんじゃないのかい? ここから歩いて20分くらいだろう」


「えーと。あの日行きはバスでしたけど、帰りは歩きましたよ。

 僕、その途中の商店街でおっこっちゃったんで」


 ならば歩いて大学方面に向かっているだろうか。

 笠置は玲奈の腕を掴むと、タクシー乗り場へと向かった。

 商店街に戻って先回りする方が賢明だと判断し、乗り込んだタクシーに行先を告げる。

 車中でお銀さんに、。


「いい加減腕掴むのやめたらどうだい」


 とか言われたような気もするが、無視を決め込む。

 商店街までの道中で、あの少女の姿を見つけることはできなかった。

 雨の町を見つめながら、どうしてこんなことをしているのだろうと思う。

 熊のため? バイトのため? 持ち主の少女のため?

 疑問に答えなど出ず、あっという間に商店街についてしまった。

 釣りを受け取らずタクシーを降り、店に戻ると神社の双子が甲斐と話をしていた。


「あ、お帰りなさい。逢えました?」


 甲斐の問いに、笠置は首を横に振る。

 笠置の後から入ってきた玲奈の姿に、双子は顔を見合わせて、好き勝手なことを言いだした。


「笠置が女の子と二人きりだ!」


「笠置じゃなくて笠置さんでしょ、一葉。でも確かに驚きだよね。だって笠置さんだよ?」


「笠置さん、人好きになったことないんじゃなかったっけ?」


「彼女がいたことないんじゃなかったっけ?」


「同じ意味じゃないの?」


「微妙に意味違くない?」


 そんなことを言い合う双子を無視して、笠置はカウンターに入り、そこに置かれているノートパソコンを操作した。


「一葉、二葉」


「何?」


 笠置は桜林高校の制服の画像を双子に見せながら言った。


「こういう制服の女の子、来なかったか」


 じっと、画面に見入った後、双子は顔を見合わせた。


「見たよね二葉」


「見たね、一葉。月曜日と水曜日も見たし、さっきもここに来る前に神社で見ましたよ。確かピンクのバッグ背負ってました。何か探してるみたいで、茂みとか見てました。

 どうかしたんですか?」


 ふたりは一緒に首をかしげ、笠置を見た。

 笠置は首を振り何も答えなかった。

 その代わりに玲奈が何があったのかを語る。

 それを遠くに聞きながら、どうしようかと考える。

 ならばもう神社にはいないだろう。この店の前を通るのを待つか。どうするのがベストだろうか。


「そう言えばなんですが」


 熊が手を上げているのが見える。

「何」

「あの日、ここを通る前に、お堀? っていう川? みたいなところのそばを通りましたよ。お友達と、せっかくだからいろいろ見て帰ろうって言って。

 神社も通りましたし」


 ルゥの言葉を受けて、双子が笠置を見上げながら言った。


「雨の日に、あんなところに一人でいたら狙われません?」


「狙われるよね確実に」


「あいつらそう言うやつだもんね」


「うん。人通りなかったら確実だね」


 玲奈とルゥだけがわけがわからない、と言った様子で、目を瞬かせている。

 甲斐は時計を見ながら、


「ふたりが来たのは5分ほど前なので、タクシーで移動してきたんですかね。

 もう神社からは離れてそうですから今いるとしたら……」


 笠置はカウンターを飛び出すと、傘を差さずに商店街を走り出した。

 どうしてこうなる。

 ろくに知りもしない少女がどうなろうと知ったことではないが、だからと言って放っておくわけにもいかない。

 パーカーのポケットにしまってある指なしの手袋を取り出し、手にはめる。


「何にも言わないから、ほら、あの子付いてきちまってるよ」


 お銀さんの声が聞こえるが正直かまっている余裕などなかった。

 雨の日のこの時間帯に、お堀そばを通るものは少ない。

 と言うことは、河童どもは獲物を見逃したりはしないだろう。


「河童が何かやると思うのかい?」


「やらないわけがないだろう」


「それもそうだね」


 ため息交じりにお銀さんが言う。

 河童の本質はいたずらだ。というか妖怪そのものの本質がそこにあると言っても過言ではない。

 いたずらも過ぎれば冗談では済まなくなる。

 妖怪たちはその辺の加減ができない。


「祓うのかい?」


「あいつらは水神の側面もある。祓ったらお堀から水がなくなる」


「それもそうだねえ。あんた、祓い師としては少々甘いよねえ。前から思っていたけれど」


 人通りのない裏通りを、お堀に向かって走る。お堀端の道路に、透明にピンクのラインが入った傘をさしてお堀を覗き込んでいる少女の姿を見つけた。

 ピンクのバッグを背負っているので、ルゥの持ち主だろう。

 道路をゆっくりと歩きながら、お堀の中を見ているようだ。

 その時、水音と共に、何かがお堀の中から飛び出した。 


「……!」


 少女は飛び出してきたものを見て、完全に固まっている。

 笠置は立ち止まると、思い切り、左腕を振った。

 手袋に仕込んである糸が飛び出し、飛び出してきたそれ……河童に巻きつく。


「……わー!」


 笠置が腕を引くと、河童は声を上げ、道路へと転がった。

 固まっている少女に、傘をさした玲奈が近づいていく。


「かえでちゃん、大丈夫?」


 声をかけられて我に返ったのか、少女、かえでは玲奈のほうを向いて、お堀を指差した。


「い、今、何かが飛び出して……てあれ? なんでお姉さん私の名前知って……」


「かえでちゃん!」


 玲奈の胸ポケットに隠れていたルゥがぱっと、飛び出して、かえでに抱き着く。


「る……ルゥ! 探したよ! どこ行ってたの?」


 かえではルゥを手のひらにのせて、涙声で言った。


「やだなあ、かえでちゃん。

 僕かえでちゃんの鞄からおっこっちゃったんじゃない。だから言ったでしょ。ひもが切れそうだって」


「ごめんね。うち帰ったらちゃんと直すから」


 感動の再会の後ろで、笠置は思い切り、河童を踏みつけていた。


「ごめんなさいごめんなさい。

 だって、妖怪ならいいっていったじゃないですか」


「この子のどこが妖怪だと思ったのか教えてもらおうか」


 すると、河童はあからさまに驚いた顔をする。


「え? 違うんですか? 妖怪じゃなければなんです。だってその子、妖怪の匂いぷんぷんですよ」


 それはルゥがずっとそばにいたせいだろう。

 笠置は河童を踏みつけたまま、


「俺じゃなかったら、お前ら死んでるぞ」


 と、抑揚のない声で言う。

 それが恐かったのか、河童は身震いをする。

 河童はばたばたと足を動かしながら、


「殺さないでください、お願いですから殺さないで」


 と必死に訴える。

 やっとその様子に気が付いたかえでが、あれはいったい、と玲奈に尋ねる。

 玲奈は首をかしげて、


「私もよくわからないけど、たぶん、河童じゃないかな」


 と答えている。


「えー! 河童なんているんですか、ここ!」


 喋る熊を飼っているのに河童で驚くのかと笠置は思うが、何も言わず河童から足をどかし糸を解いてやった。

 河童は道路に座り込み、ふう、と一息つく。


「まったく乱暴なんだから……」


「笠置はまだ甘いよ。他の祓い師だったらとっくに死んでいるさ。よかったねえ、笠置が甘くて」


 言いながらぴょん、と、お銀さんは河童の横に降り立つ。

 お銀さんを見て河童はおや、と言った。


「猫神さんじゃないですか。ここ最近見かけないと思ったら、こいつとつるんでるんですかい?」


「つるむとは失礼だねえ。

 面倒見てるだけさ」


「猫神さんともあろうお方がなんで人間なんかに」


「なんとでもおいいよ。私にだっていろいろあるのさ」


 そんな二人のやり取りを、玲奈とかえでは呆然と眺めていた。

 この二日で、妖怪たちの存在がふたりにばれた。

 一般人に知られるのはいいことではないが、起きたことは仕方ないと諦める。

 とりあえず熊は持ち主に返せたし、しばらく外に出なくて済むだろう。


「妖怪って本当にいるんですか?」


「うーん、それ疑うと、ルゥちゃんの存在を疑うことになるんじゃないかな」


 かえでと玲奈のやり取りを聞き流し、笠置は黙ってその場を離れた。

 風邪ひくかも。そう思いながら、店へと戻って行った。


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