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いなくなった熊

 今からずっと昔の話。

 ふわふわの生地とボタンの目。

 お祖母ちゃんが作ってくれた熊のぬいぐるみ。

 絵本に出てくるトナカイの名前がかっこよかったから、ルドルフと名付けた。けれどそれだと長いからルゥ。

 頭にチェーンをつけて、幼稚園のバッグやランドセルにつけていた。

 かえではたくさんぬいぐるみを持っていたけれど、ルゥだけは特別だった。




「物には魂が宿るんだよ」


 幼いころ、そう、お祖母ちゃんはかえでに語った。


「タマシイってなあに?」


 かえでが首をかしげると、お祖母ちゃんはそうだねえ、と言った後、


「心かねえ」

 と言った。


「心?」

「そう。物も大事にしないと泣いちゃうんだよ」


 そう言ってお祖母ちゃんは笑った。


「え? 物も泣くの?」


 驚いてかえでが尋ねると、お祖母ちゃんはまた笑った。

 思えば、物を大事に扱いなさい、と言いたかっただけかもしれない。

 魂が宿るとか本気にしていたわけではない。


 それでもルゥや、他のぬいぐるみも汚れれば手洗いしたし、破れればお祖母ちゃんや母親に教わって一生懸命繕った。

 そうして長い時を経て、高校に上がったころ。

 それは起きた。




 夜中、妙な音で目が覚めた。


「くるりんぱ!」


 どこかで聞いたことのある芸人のギャグかと思ったが、こんな夜中にそんな声が聞こえるわけもない。

 もぞもぞと動き、かえでは枕横に置いてある照明のリモコンに手を伸ばした。

 ピッ! という音とともに、部屋の照明がつく。

 学習机に置かれている通学用の、ピンクのDバッグにぶら下げたルゥが、くるくると回っていた。

 思わず固まっていると、目があった。


「えーと……」


 聞きなれない子供の声。

 かえではベッドから立ち上がると、学習机に歩み寄った。

 そして鞄についているルゥのチェーンを外し、手のひらにのせて言った。


「あなた喋るの?」


 すると焦ったのか、ルゥはふるふると首を横に振る。


「さっき喋ったわよね? 動いたわよね?」


 畳み掛けるように言うと、また首を横に振る。


「誤魔化せないでしょ、それ」


 すると、はっとした顔をするルゥ。

 ルゥは立ち上がるとじっとかえでを見上げた。


「すみません、ばれたら怖がるかなって思ったから」


「何で怖がるの? 怖いわけないじゃない」


 おとぎ話で見た、人形が動き出す話。

 そんなことが起きるわけはないと思っていたけれど、心のどこかで期待はしていた。

 動いてる。

 確かに動いている。


「本当に動くんだ。ルゥは動くんだ!」


「えーと。ほんとうに怖くないの?」


 首をかしげるルゥに、かえでは首を振った。


「怖くないわよ。超嬉しい。だって動くんだよ? お祖母ちゃんが作ったぬいぐるみが、動いてるんだもの。でも、いつから動けるようになったの?」


「それは、お祖母ちゃんが亡くなった時から……かな?

 かえでちゃんが泣いてるの見て、なんとかしたくて……」


 お祖母ちゃんが亡くなったのは一か月ちょっと前だ。

 そんな頃から動けたのか。全然気がつかなかった。


 それからかえでとルゥの秘密の日々が始まった。

 かえでは毎晩ルゥといろんな話をした。

 学校のこと、クラスのこと、好きな人のこと。

 友達にも言えないこともルゥになら話せた。

 ときどき、ルゥは、


「言いたいことをなんで言えないの?」


 と言うことがあったが、それでもうんうんと、ルゥは話を聞いてくれた。


 それなのに。

 受験予定の大学のオープンキャンパスに行ったとき、落としてしまった。

 ルゥの頭のひもが切れてしまったらしい。ひもが切れそうだと朝言われたのに、帰ってからでも大丈夫そうだと思ったのがいけなかった。


 月曜日、学校帰りに捜しに行ったけれどあまり時間もなく見つけ出せなかった。

 駅や大学にも問い合わせたが、届けはないと言われてしまった。

 いったいどこに落としたのだろう。


 電車で帰ってこられるかと思ったが、小さいとはいえぬいぐるみである。

 少しでも歩いているのが人に見られたら大変なことになってしまう。

 さすがに毎日帰りが遅いと親に心配されてしまう。

 そう思い、一日おきに大学そばに行くことにした。


 雨が降っているがルゥは大丈夫だろうか。

 誰かに拾われていたらみつけられないかもしれない。

 毎日不安が膨らんでいく。


 金曜日。6限目のあとのホームルーム、早く終われと心の中で念じた。

 別れのあいさつの後、玲奈は友人が声をかけてくるのを無視して、走って教室を出た。

 5限目の終わりに、タクシーを呼んである。

 玄関でばたばたと靴に履き替え、傘を掴むと、雨の中走って校門へと向かった。


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