隣町へ2
桜林高校の最寄駅に着くと、玲奈のジャケットに潜んでいた熊が声を上げた。
「この駅知っています。この風景毎日見てました」
乗降客もおらず、駅員も改札にしかいないため、熊が喋っても気に留める者はいなかった。
「ねえねえ、気になってたんだけど」
「なんです?」
「オープンキャンパスってこの間の日曜日にあったと思うの」
「はいそうです」
そこで玲奈は押し黙った。
昨日笠置は持ち主のもとに戻らないとルゥは「死ぬ」と言っていた。
猶予は一週間だと。
と言うことはもしかして、あと二日しかないということではないだろうか。
ちらっと笠置を見る。
彼の顔からは何も読み取れなかった。
わかっていたのなら言ってくれたらいいのにと思う。
今まで気がつかなかった自分もどうかとは思うが。
今日会えなかったらどうするのだろう。
改札を出て駅前に立つと、タクシーが止まっているのが見える。
「駅から歩いて15分ほどのようですけど、どうします?」
すると、笠置は黙って玲奈の腕を掴むと、タクシー乗り場まで走った。
「ちょっ!」
「せめて何かいいなよ、まったく」
お銀さんが文句を言いながらついてくる。
その意見には同意だが、いい加減慣れた。
タクシーの後部座席が開き、2人と一匹で乗り込むと、笠置が短く、高校のそばにある商業施設の名前を告げた。
タクシーが動きだし雨の町を進んでいく。
駅周辺は田畑が多く、学校が近づくにつれ、民家が増えていく。
高校の向かいにはそこそこ大きな商業施設があり、駐車場にはファミレスやコーヒーショップがある。
今、時間は3時過ぎ。授業が終わるのは3時半ごろだとホームページに書かれていた。少し時間がある。
この雨なら笠置に車を出してもらえばよかったのではと思う。
けれど、この人と二人きり(正確には熊と猫が一緒だけれど)に耐えられるかと言ったら、たぶん無理だ。
昨日車を提案したが却下を食らった。
商業施設につくと、胸ポケットのなかでルゥがもぞもぞと動いた。
「ここ知ってますよ。ここ、よく学校帰りによってました。
あそこのコーヒー飲めるところとか」
そう言って、ルゥはチェーンのコーヒーショップを指差した。
「今日は金曜日だから、こういうところ学校帰りによる確率高いかも」
玲奈が言うと、ルゥが首をかしげる。
「そう言うものなんですか?」
「うん。明日は休みでしょ? 私はほぼ毎週こういう商業施設とか、ファミレスとか行ってたけど」
「そう言うものなんですか」
「うん、あとは貴方のこと探してるなら探しに行くとかもあり得るかも」
「おお! そんなこともあり得ますね」
心なしかルゥの声が弾む。
雨のため人通りはなく、車がどんどん商業施設へと入っていく。
今玲奈たちがいるところからは校門がよく見える。
門は他にもあるようだが、ルゥの、あそこから出入りしていたという情報を信じて待つしかなかった。
スマートフォンの時計を見ると、3時20分と表示されている。
授業が終わり、ホームルームを終えるとなると出てくるのは45分から50分と言うところか。
「早く会いたいな。
もう5日会ってないし」
「ルゥはいつから動けるようになったの? っていうかかえでちゃんはそのこと知ってるの?」
すると、ルゥはびくっと体を震わせる。
頬を掻きながら、
「えーと。動けるようになったのはかえでちゃんが高校に入ったころです。
その時はうれしくってうれしくって……即行でばれました」
てへ、と言う感じで首をかしげるルゥ。
「いやあ、それはもうあっさり」
「それは……あんまりよくないねえ」
笠置の肩にのっかているお銀さんが、呆れたように言う。
「え? なんでです?」
「基本私ら妖怪っていうのは人にばれちゃいけないのさ。ばれたら狩られるからねえ」
そう言って、笠置のほうをちらっと見る。
「狩るってなんです?」
玲奈とルゥは一緒に首をかしげて尋ねた。
「妖怪の本質っていうのは人にいたずらしたり、悪さしたりするものなのさ。
中には怪我させたり殺したりするやつもいる。
そんなやつ、人が放っておくわけないだろう」
「え、でも、ルゥはそういうものじゃないですよね」
「ぼ、僕人にいたずらとかし……たことないとは言いませんけど……」
消え入りそうな声で、ルゥが言う。
お銀さんは首を振って、
「そんなの関係ないのさ。世の中には妖怪だとか、付喪神とか、この世ならざるもの自体の存在が悪いものと考える者もいるのさ。
それに、お前、その持ち主に恋人ができたり、結婚なりしたらどうするんだい?」
「う……」
ルゥは黙ってしまう。
恋人にこの喋る熊の存在を隠し続けるだろうか? 結婚相手に伝えるだろうか? 相手はどう思うか?
何がベストなのか玲奈にはわからなかった。
「僕はいずれ、かえでちゃんと別れなくちゃいけないのでしょうか」
しょんぼりとした様子で、ルゥが言う。
お銀さんは首を横に振って、
「さあねえ。そんなの自分で考えな」
雨は降り続ける。
だいぶ弱まりはしたが、やむ気配はなかった。
雨の音の中、学校のチャイムが鳴り響く。
はっとして、玲奈とルゥは高校のほうへと視線を向けた。
複雑な気持ちを抱えながら、玲奈は生徒たちが校門から出てくるのを待った。




