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雨の日の珍客

 雨の日は人通りが少なくなってしまう。

 この田舎町は車移動が中心であるため、大きな駐車場を構える大型店舗は混む傾向にあるが、ここ煉瓦通り商店街は如実に影響を食らう。

 雨が降れば、日ごろ歩きや自転車の人たちは車で移動するようになる。

 学校終わりの時間だが、商店街の人通りはまばらだった。


 100均で買った荷物をぶら下げた玲奈は、店の近くで足を止めた。

 店の前であの大きな猫が立ち止まり、ドアノブを見上げた。背中に何か小さなものが乗っかっているようで、ドアを開けたいのか、一生懸命猫の背で背伸びをしている。

 玲奈はみかねて、猫達に近づくとドアを開けた。


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 猫の背に乗っていたもの、小さな熊のぬいぐるみはそう言って頭を下げた。

 猫と玲奈は店の中にはいると、そこには困惑した顔の甲斐と、いつもと変わらず何考えているのかわからない顔の笠置がいた。


「……って、え?」


 そこまできて、やっとおかしなことに気がつく。

 玲奈は猫を見た。

 正確には、猫の背にのる熊を見た。

 体長は15センチ程だろうか。キーホルダーでありそうな大きさだ。

 黒いボタンの目に、茶色いふわふわの毛の熊のぬいぐるみは、猫に向かって言った。


「ありがとうございます、お銀さん。雨のなかどうしようかと思ってました」


 すると猫は一声ないた。


「あ、お銀さんだ!」

「あ、いつもオレたちをうまい感じで避ける姉ちゃんだ!」

「買い物してきた? お菓子は?」


 笠置の足もとに、小さな鬼たちの姿が見えた。

 玲奈は目をこすって、もう一度そこを見る。

 小鬼はお銀さんのところに集まって、そこに乗る熊を見つめていた。


「熊だ。熊がいる」

「熊がしゃべってる」

「オレたち、やなり。お前誰だ?」


「僕は熊です。見ての通り、熊のぬいぐるみです」


 玲奈は目の前で起きている出来事を呆然と眺めた。

 熊がしゃべってる。

 小鬼までいる。

 声もだせず、ただその光景を玲奈は見つめていた。

 ほのぼの光景に見えなくはないが、小鬼の風貌は決してかわいいものではなかった。二つの角に、するどい牙。それは、おとぎ話に出てくる鬼の姿そのものだった。


「杉下さん?」


 甲斐の声に我に返り、玲奈は彼に視線を向けて、熊達を指差しながら言った。


「熊がしゃべってます!」


 甲斐は困った顔をして、笠置をちらっと見た。彼は頭に手をやって何か考えているようだった。


「あと、鬼が見えます!」

「あ、そっちも見えるんですね」


 苦笑いして、甲斐が言う。

 すると、笠置は黙って玲奈の腕を掴んだ。


「え?」


 突然の出来事に、玲奈は自分の腕と笠置の顔を交互に見る。

 その表情はいつもと同じで何も読み取れなかった。


「甲斐、あと頼む」

「え、あ、はい」

「家鳴りは来るな」

「えー? 熊触りたい」

「熊遊びたい!」


 小鬼達が不満の声をあげるがそれを無視して、笠置は玲奈の腕を引っ張り、奥へと連れていった。


「お銀さん、急に動かないでください」


 足元で熊の声が聞こえる。どうやら猫もついて来てるらしかった。





 玲奈と猫と熊は、並んでソファーに座っていた。

 遠くに雨の音が聞こえる。雨足はどんどん強くなり、これでは来客などほぼないだろう。

 玲奈はちらっと横目で猫達を見る。

 熊がしゃべり、小鬼まで現れた。ちょこちょこおかしなことが起こるなと思っていたが、まさかこんなものまで現れるとは。


 妙な居心地で、玲奈は笠置が普段引きこもっている部屋を見渡した。

 彼は今、アンティークな棚のところで飲み物を用意している。棚の中に隠されたレンジで、マグカップにいれた牛乳を温めているようだった。

 テーブルの上にチョコレートやクッキーなどが入った箱がおかれているが、笠置のおやつだろうか。それにふくろうの絵が入ったマグカップ。店頭で扱っているものと同じだった。

 笠置は玲奈の前にココアの入ったマグカップを置くと、向かいのソファーに腰掛けた。

 そして、お菓子箱をさしだし、


「どうぞ」

 と、抑揚のない声で言う。

 玲奈は戸惑いながら、いただきます、と言って、いくつかチョコレートをとり、マグカップの側に置いた。

 マグカップを手に取ってココアを一口飲む。

 笠置は熊のほうを向いて、


「君誰」

 と尋ねた。

 熊はぴょん、とテーブルの上に乗ると、ちょこちょこと真ん中まで歩くと笠置にぺこりと頭を下げた。


「ごらんのとおりの熊です。

 雨の中困っていたところ、こちらのお銀さんに助けていただきました」


 すると、お銀さんはにゃー、と一声なく。熊は振り返ると、首をかしげた。


「先ほどはあんなにおしゃべりしていたのに、なんで猫のフリをされているんです?」


 熊の言葉に玲奈は、猫もしゃべるのか、と思いココアをすすった。


「そりゃ、この人間は何にも知らないようだからねえ」


 ため息交じりにお銀さんが言う。すると熊は驚いた様子で言った。


「え? ここで働く人はみんな妖怪のこと知ってるんじゃないんですか?」


「知らないし、今日初めて知ったし。っていうか、今熊が喋ったり猫が喋ったりしてて正直びっくりしすぎてひいてるくらいだし」


 早口でそう、玲奈がまくしたてると、熊は玲奈のほうを向いた。


「その割には冷静に見えますが」

「驚きすぎて、何が何だかわからないの」


 そう答えて、もう一度ココアを飲む。ココアの甘い匂いと味が心を落ち着かせてくれる、気がする。

 熊に小鬼に猫。笠置が人じゃないとか言われても驚かないかもしれない。


「気づいているかと思ったけど、気づいていなかったのかい?」


 お銀さんの問いに、玲奈は頷く。

 よく考えてみれば、不思議なことはいくつかあったかもしれない。

 いつのまにか開くドア。いつの間にか現れる猫。ときおり入り口に落ちている商品。

 あとはなんだろう。笠置のもとを訪れる少しおかしな客たちか。


「私尻尾が二本あるんだけどねえ」

「うそ!」


 そう言われて初めて、猫の尻尾に気が付く。

 本人……というか本猫の言うとおり、お銀さんの尻尾は二つに分かれていた。

 当たり前のように一本だと思っていたから全然意識していなかった。

 なぜ気が付かなかったのだろう。記憶をたどるが、よくわからない。

 気づいていたのに、気付いていなかったのだろうか? わけがわからなくなり、玲奈はもう一度ココアを飲んだ。


「それに、家鳴りが足元をうろついているのにうまく避けているから、気が付いてるのかと」


「いえ、全然気が付いてないです……たぶん」


 玲奈はとにかく落ち着こうとココアを飲み続けた。

 そもそもなぜ笠置はここに玲奈を連れてきたのかもわからなかった。

 先ほどから彼はこちらを見ようともしない。


「で、お銀さんは何でこの熊をここに連れて来たの」


 笠置の言葉に猫は尻尾をパタパタと振りながら言った。


「困ってそうだったから。それに、このまま放っておくと死にそうだからねえ」


 死ぬ。

 お銀さんは確かにそう言った。

 死ぬとはどういうことだろう。熊が死ぬのだろうか。ぬいぐるみなのに死ぬ、とはどういうことだろうか。

 ひたすらココアを飲み続けていたら、あっという間にマグカップの底が見えてきた。

 それを察したのか、笠置は立ち上がると別のマグカップに牛乳を入れて、レンジで温め始めた。

 わざわざ新しいものにしなくてもいいのに。そう思ったものの、口には出さなかった。


「えーと、ここに来れば僕の持ち主を探してくれるとお銀さんが」


「持ち主?」


 チョコレートに手を伸ばしながら、玲奈が言った。

 熊は頷いて、


「はい。えーと、ここよく見てください」


 熊は頭の上を指差した。

 玲奈は顔を近づけてそこをよく見ると、糸が切れたような跡があった。


「僕、キーホルダーだったんです。

 えーと、ずっと昔、お祖母ちゃんが僕を作ってくれたのです。

 お祖母ちゃんはとうに亡くなられていますが、僕の持ち主はずっと、僕を大事に持っていてくれました。

 だから僕はこうやって動けるようになったんです」


 そう言って、熊は胸を張る。


「なんですが、ごらんのとおり、糸が切れておっこちちゃったんですよね。

 かえでちゃん、気が付かなかったみたいで……」


 先ほどとは対照的に、熊はしょんぼりと俯いてしまった。


「かえでちゃんて言うの? 持ち主の子」


「はい。えーと、高校生で、電車に乗ってここまで来ました」


「ふーん。何しに来たの?」


 新しいお菓子に手を伸ばしながら熊に聞くと、熊は頬を掻きながらえーと、と考え始めた。


「……ちょっとこんがらがってていまいち覚えてないのですが、たぶん学校を見に行ったのだと思います」


「学校?」


 ということは大学だろうか。今度はひたすらお菓子を食べながら玲奈は考えた。

 オープンキャンパスに来た高校生と考えるのが自然だろう。

 電車に乗ったということは、この町以外……

 そうなると絞り込むのは難しそうだ。


「もっと覚えてることないの?」


「かえでちゃんは、『おうりんこうこう』って高校に通っていました。いつも鞄にぶら下がっていたのでそれは確かです」


「桜林高校……かな?」


 隣町の端の方にある高校の名前だ。玲奈の出身地とは違う町なので詳しくは知らないが、ここから電車で30分以上はかかるのではないだろうか。


「早く探してやらないと、その熊、死ぬかもしれない」


 玲奈の前に置かれているカップを交換しながら、笠置が言った。


「え? どういうことです?」

 ココアの甘い香りが漂う中、玲奈は笠置を見上げた。

 彼は淡々と告げた。


「持ち主の思いからその熊が動けるようになったのなら、その持ち主から引き離されるとその思いを受け取れなくなる。とでも言えばいいかな」


 そう言いながら、笠置は自分のソファーに座り、お菓子に手を伸ばした。

 チョコレートを口に放り込み、


「あまり時間に猶予はないと思う」

 と言った。


「え、どれくらいですか?」


「一週間」


「せ、せっかくこんなに僕、動けるようになったのにですか?」


 熊もショックだったようで、見るからにしょんぼりとしてしまう。

 玲奈は見かねて、熊を手にして、


「一週間もあれば大丈夫でしょ! 会えるって! それに、持ち主の子だって君を探してるよ!」


 言いながら、少し無責任な気がした。けれどほかに言いようもなく、玲奈は大丈夫、と繰り返した。

 熊は弾んだ声で、


「では、探すの手伝ってくれるんですね?」


 と言った。

 そう言われて思わずハッとする。

 冷静に考えればそうなる展開は読めるのだが、玲奈は気づいていなかった。

 大学もバイトもあるしどうしようかとぐるぐるといろんな考えが巡るが、期待のまなざし(ボタンなのでよくわからないがたぶんそんな雰囲気)で見つめてくる熊にひくに引けず、


「うん、手伝うに決まってるじゃない!」


 と答えた。

 熊は両手を上げて、


「ありがとうございます!」


 と言ったあと玲奈の手のひらで踊り始める。


「あんたも手伝ってやんなよ」


 お銀さんの言葉に、笠置は頭に手をやって、


「俺が高校の近辺をうろついたら通報される」

 と答えた。


「通報?」


 お銀さんが不思議そうな声を上げる。

 最近では道行く小学生にあいさつしただけで、不審者情報として流される時代である。

 30前後と思われる笠置が高校近辺にいたら通報される可能性は十分にある。

 そんな人間の道理などわからないらしいお銀さんは、首をかしげた。


「通報? お前が? 人の世など顔でどうにでもなるんじゃないのかい?」


「あー……たしかに『イケメンに限る』なんて言葉もありますね」


 玲奈が言うと、笠置は少し嫌そうな顔をした。

 笠置も甲斐も顔のことを言われるのは嫌なことらしい。

 せっかくいい顔に生まれたのだから、それを利用したらいいのにと玲奈は思うのだが、平均的な顔立ちの自分には理解できない何かがあるのだろうか。

 そこのところは正直わからなかった。

 お銀さんは、お前が動いてやれとかなんとか笠置に言っている。

 笠置はしばらく悩んだあと、小さく言った。


「わかった」


 本当にいやそうな雰囲気を醸し出しているように思うが、玲奈はあえてそれを無視することにした。

 玲奈はまだ手のひらで踊っている熊に声をかけた。


「ところで何て名前なの?」


「おお! まだ名乗っておりませんでしたね。

 僕はルゥといいます」


「私は玲奈。杉下玲奈」


「玲奈さんですね。よろしくです!」

 そう言って、ルゥは深々と頭を下げた。



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