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雨の日の会話

後書きにつまみ細工の写真あり

 6月の半ば。

 灰色の雲が空を覆う日が増えてきた。

 先日梅雨入り宣言がだされ、なんとなく憂鬱な日が続いていた。

 大学での講義を終え、玲奈は廊下から外を眺めた。

 傘を忘れた。朝は降っていなかったため、うっかり家に置いてきてしまった。


 大学の前にあるコンビニまで走って買ってくるか。

 どちらにしろ確実にぬれる。

 今日は木曜日で午後からバイトがある。

 歩いて五分の家に一度帰るか。

 どうしようかと悩んでいると、勢いよく、背後から抱き着いてくる者がいた。


「れーいーな!」

「……音羽」


 こんなことしてくる人物は、ひとりしか思い当たらない。

 振り返ると、そこには膝丈のスカートにブラウス姿の音羽と、ジーパンにジャケットのキリトがいた。

 音羽は玲奈の顔を覗き込みながら言った。


「どうしたの、外見つめちゃって」


「傘忘れちゃって。どうしようかと思って」


 そう応えて、玲奈は再び外に視線をやる。結構な勢いで雨は降っている。

 家まで走れるが、教科書の類が濡れるのは正直嫌だ。


「送って行こうか?」

「……え?」


 驚いて、キリトを振り返る。彼の手には傘が握られていた。

 朝の天気を見れば傘があるのは普通のことだが、送ろうか、なんて言われるとは思わなかった。


「送ってもらったら? 家まで帰れればいいんでしょ?」


 音羽が笑顔で言う。

 正直キリトに家を知られるのはあまり気がすすまないが、ほかの選択肢よりよほどましかとも思う。


「じゃあ、お願い」

「よかったじゃない。ふたりとも。じゃあね。私は用があるから先に帰るわね」


 そう言って、音羽はひらひらと手を振って廊下を走って行った。

 何がよかったのかがよくわからないけれど、とりあえず、あまり濡れなくて済みそうだ。

 心なしか嬉しそうな雰囲気を醸し出しているキリトを向いて、


「じゃあ、早く行きましょ。私、午後からバイトだし」


「あ、うん。わかった」


 ふたりは並んで、廊下を歩きだした。





 雨のなか、ふたり並んで歩くとなると徒歩五分の道のりも少し長く感じる。

 紺色の傘の下でキリトとふたりきり、というのがなんだか不思議な感じだった。

 たぶん、こんな場面初めてではない。

 いつ以来か考えるが、何年も前のことな気がする。


「……でね、ふたりが歓迎会をしてくれたの」

「歓迎会?」


 心底驚いた様子で、キリトが言う。


「うん。ちょっとびっくりしたけど、けっこうおもしろかった」


 言いながら、玲奈は笑う。


「どこ行ったの?」

「駅前のイタリアンレストラン」


 そんなとりとめのない話をしながら、ゆっくりと歩いていた。


「夏休みって予定あるの?」


 そう問われ、玲奈は首を横に振る。


「ううん。たぶんバイトで終わるかなあ。私、サークルにも入ってないし、とくにしたいこともないから」


「せっかく長い夏休みなのに?」


「うん。店長に言って、時間増やしてもらおうかなって。まだ可能かわからないけど」


「じゃあさ」


 言いながら、キリトは立ち止まって玲奈を見た。


「一緒に出掛けない?」


「夏休みなんてどこ行っても混んでるじゃない」


 キリトを一瞥して、玲奈はすぐに視線を戻した。


「大学は10月からだよ? 9月とかならどうなの」


 そう言えば、高校とは休みが違うのだったと思い出す。

 確かに9月ならいいかもしれない。だけど、いったいどこに出掛けるというのだろう。

 黙って考えていると、キリトがぼそっと呟いた。


「玲奈って、変わったよね」

「え?」


 意外なことを言われ、キリトのほうを見るとなんだかさみしそうな顔をして、正面を見ていた。

 同じ大学の生徒と思われる人たちが時折通るくらいの、人通りの少ない道。

 雨の音だけが大きく響いていた。


「昔は一緒に出掛けようって言っても二つ返事だったし、一緒に帰ろうって言っても、あんな驚いた顔なんてしなかったじゃない」


「そう……かな?」


 それだけ言うのが精いっぱいだった。

 変わったのはキリトたちのほうではないのだろうか。

 キリトも音羽も見た目がだいぶ変わった。玲奈は特に変わっていないし、そんなことを言われる心当たりもない。


「とりあえず、考えといてよ。予定とか連絡するから」


 そう言って、キリトは歩き出した。並んで歩きながら普段と変わらない会話を続けるが、どこかかみ合わない感じがした。






 傘をさして雨の町を歩きながら、キリトに言われたことを考える。

 いったい何が変わったのだろう。

 変わったのは友人たちのほうだと思っていたのに。自分の何が変わったのか、玲奈にはわからなかった。

 雑貨店について、傘をたたみ店の中へと入った。


「おはようございます」


 言いながら中に入ると、笠置と甲斐がカウンターに置かれた段ボールを見ながら何か話していた。


「って……え?」


 珍しすぎる光景に、考えていたことが吹っ飛ぶ。

 笠置が甲斐と店先にいるのは珍しすぎる。

 笠置はちらっと玲奈を見ると、


「おはよう。じゃあ、俺は戻るから」


 と言って、奥へと入って行った。

 あとに残された甲斐は、玲奈のほうを見て、いつもの爽やかな笑顔で言った。


「おはようございます、杉下さん」


「なにを見てたんですか?」


 そう声をかけて近づき、段ボールのなかを覗く。

 中には、色とりどりの花の飾りがついた髪飾りが入っていた。

 大中小の大きさのパッチン留めに、コーム、かんざしもある。

 何かの布でできた、細工ものの花のようだ。


「なんですか、これ?」


「これはつまみ細工ですよ」


 言いながら、甲斐は小瓶に飾られた花の細工ものをカウンターの上に置く。


「つまみ細工?」


「小さい布……1センチとかの四角い布を折って作る細工もの。母が趣味で作ってて」


「手作りなんですか?」


 驚いて甲斐を見る。彼は笑顔で頷く。


「うん。夏祭りがあるでしょう。浴衣に合わせるのにね。あまり見かけないでしょう」


「はい、初めて見ました」


 街でみかけるそういったアクセサリーは、造花のようなものが多い気がする。

 少なくとも、ここまで細かい花の細工ものは見たことなかった。


「手にとっても大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ」


 玲奈は恐る恐る、コームを手に取った。

 こんなものを手作りするとは、甲斐の母親はなんて器用なのだろうか。

 よく見ると、値札がつけられている。商品にかかっているであろう手間から考えたら格安な気がする。

 小さなパッチン留めで200円。かんざしやコームでも2000円から3000円だ。


「この値段、誰が決めてるんです?」


「笠置さんが」


「安すぎません? もっとするような気がするんですが」


「うちの親が大まかな材料費を一覧にしていて。そこから算出しているみたいだけど。

 うちの母親適当なので」


 そう言って苦笑いする。


「そ、そうなんですか?」

「うん……まあ、これのおかげで僕はここで働いていられるので。

 母親を味方につけなければ、そもそも就職なんて許されませんでしたし」


「ああ、実家神社なんでしたっけ」


「ええ。古い神社なのでいろいろと大変なんですよ」


 甲斐は箱の中身を確認し終え、どうしようかと呟き、腕をくんだ。


「そうだ、杉下さん」

「はい」

「買い物頼んでいいですか?」






 玲奈は100円均一の袋を抱を下げて、駅方面から商店街へと向かって歩いていた。

 甲斐に頼まれ、商品を飾るために必要なアイテム……扇や風鈴と言った夏の小物を買いに行っていた。

 雨の平日と言うこともあり、人通りはまばらだった。

 歩きながらキリトに言われたことを考える。

 

 変わったのはいったい誰なんだろう。

挿絵(By みてみん)

つまみ細工参考画像1


挿絵(By みてみん)

つまみ細工参考画像2

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