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GWの出来事その2

 よく晴れた空に、ときおりうららかな風が吹く。まさにお出かけ日和だった。

 フリーマーケットをやっているだけあって、人通りは普段よりもずっと多かった。

 商店街の交差点で、路上ライブをしている若者たちの姿が見える。

 目標のケーキ屋は、商店街の中ほどにある。


 向かい側には神社があり、イベントをやっているためかたくさんの人が入っていくのが見える。

 神社のほうを覗くと、猫のゆるキャラが子供たちと写真撮影をしていた。

 バルーンアートに似顔絵などもあり、なかなかにぎわっていた。

 ケーキ屋に行くと、雑貨屋と同じように店の前にワゴンやテーブルを出して、焼き菓子を売っている。


「いらっしゃいませー!」


 30代と思われるエプロン姿の女性が、通り掛かる人たちに声をかけて菓子を勧めていた。


「すみません」


「いらっしゃいませ、お菓子はいかがですか?」


 笑顔でいう女性に、3千円で買えるだけのお菓子がほしい旨を伝えると、女性は、あ、と言う顔をした。


「もしかして、弟のお店の人?」


「お、弟?」


 首をかしげて言うと、女性は笑顔で言った。


「そう。雑貨屋でバイト始めた子かな、と思って」


「どうしてわかったんですか、っていうか弟って、え?」


「甲斐君がいつもそういう買い方していくから」


 言いながら、女性はクッキーを紙袋に詰めていく。

 そんなことより、弟ってどういうことだろうか。

 女性は店の中に声をかけ、クッキーの追加を持ってきてもらっている。

 玲奈は肝心の疑問に答えてもらおうと、もう一度質問をした。


「あの、弟って……あの、店長のお姉さんなんですか?」


「え? そうよ。またあの子何にも言ってないの?」


「まじですか」


 全然雰囲気が違う。陰と陽とでもいうのだろうか。

 目の前にいる女性は爛漫そのものだ。

 癖のある黒い髪以外に共通点は見いだせなかった。


「私は松原結衣。よろしくね」


 言いながら、結衣はクッキーの詰まった袋を差し出した。


「私は杉下です。杉下玲奈」

「学生さん?」


「あ、はい。大学一年です」

「噂になってたのよ。やっとバイト雇ったって」


 いったいいつから貼り紙していたのだろうか。

 そういえば聞いたことなかった。

 そこに別の客がきて、商品を手に取る。

 玲奈は失礼します、と声をかけ、ケーキ屋をあとにした。


「またきてねー」


 という、結衣の声が後ろから聞こえる。

 神社ではファッションショーが始まったようだった。

 メインは服飾学校の生徒と、大学のサークルらしい。それに、町の服飾講座の生徒達も加わり、それなりに参加者はいるようだった。

 ただ男性の参加者がどうしても少なく、いろいろと声をかけていたらしい。

 そんなの甲斐や笠置を引きずり出すための方便ではないだろうか。

 神社内に作られたステージを横目にそんなことを考えながら人の波を掻き分けつつ店へと戻った。




 店に戻ると、客の姿はなかった。皆イベントのほうへいったのだろうか。

 勝手にそう納得し、玲奈はカウンターへと向かった。


「買ってきました」


 カウンター内にいる笠置に紙袋を差し出しながら言った。

 彼はそれをありがとう、と言って受けとると、なかから三つ程クッキーをだして、玲奈に差し出す。

 笠置とクッキーを交互に見たあと、これはくれるんだと理解し、そのクッキーを受けとった。


「ありがとうございます」


 笠置は紙袋をカウンターに置くと、ノートパソコンを触りはじめた。


「じゃあ、ご飯食べてきます」


 そう言って、事玲奈は務室に向かった。

 あのクッキーを一体どうするのだろうか。

 一人で食べるには量が多すぎるし、誰かにあげるのだろうか。

 45分後、玲奈が売り場に戻ると、何組かの来客があった。

 笠置は、あのゴシックなコーナーで若い女性客二人組と談笑している。


「すみません、お会計いいですか?」


 高校生くらいの女の子にそう声をかけられ、玲奈はパタパタとカウンター内に入った。

 お会計をしながら気がつくが、あのクッキーの袋がなくなっている。

 そのあと3組のお会計が続き、レジが途切れた頃、玲奈はカウンター内を見渡した。

 ごみ箱に、クッキーが入っていた包装が捨てられているのが見える。

 あれを全部食べたのだろうか。

 ひとりで? と首を傾げるが本人に聞くこともできず、ただ時間だけが過ぎていった。




 3時になって、甲斐がやっと帰ってきた。服は彼の私服だが、顔は軽くメイクをしているようで、普段と雰囲気が違う。

 もともとアイドルのような顔立ちだが、いっそうそれっぽく見える。

 通行人の悲鳴を背に、甲斐は言った。


「戻りました。顔洗ってきます」


「おとしちゃうんですか? もったない」


 玲奈が言うと、甲斐はげんなりした顔で、


「嫌ですよ、ずっとこのままとか」

 と答えた。

 他にも何か言いたそうだが、客がいるためそれ以上何言わなかった。


「えー? 店員さんの言う通りですよ。もったいないですよー」

「そうですよー。っていうか、写真撮っちゃダメですか?」


 客に口々にそういわれ、甲斐は笠置と同じように笑顔で断っている。


「ごめんなさい、そういうのお断りしてるので」


 たぶん、イベント会場では写真自由だろうし、SNSで拡散されているのではないだろうか。

 玲奈はそう思ったが、口には出さなかった。

 甲斐は奥に入ると、エプロンをつけてそのままでてきた。

 それと入れ代わるように、笠置が奥へと消えていった。



 17時でイベントが終了し、フリーマーケットの出展者たちが片づけを始めるのが見える。閉店時間近くになると、いつもの週末のように人の通りはまばらになっていた。

 ワゴンを下げようと店からでると、聞きなれた声が背後から聞こえた。


「玲奈」

「……キリト」


 ジーパンに黒のTシャツ、それに黒いジャケットを羽織ったキリトだった。

 そういえば、バイトのあとご飯行く約束をしていた。


「早くない?」

「10分前なら普通じゃない?」


 言われて、ズボンの後ろポケットにつっこんであるスマートフォンをだす。

 18時53分。

 たしかに待ち合わせなら普通か。


「閉店作業あるから、7時にすぐは帰れないよ?」

 言いながら、玲奈はワゴンのストッパーを解除する。


「それくらいわかってるよ。待つから大丈夫」

 そう言って、キリトは雑貨店から少し離れた所に立ち、スマートフォンをポケットから取り出した。

 玲奈がワゴンを店の中に下げると、カウンターから声がかかった。


「お友達と約束?」


「あ、はい。何か良くわかんないんですけど、ご飯行こうって言われて」


「進藤君だっけ? 長い付き合いなの?」

「はい。中学から一緒で。なんか、連休出かけようってしつこく言われてたんです。断ったけど」

「なんで断ったの?」


 苦笑して言う甲斐に、玲奈はうーん、と言ったあと、


「なんか、面倒かなと思って。正直わからないんですよね。なんでキリトがあんなにしつこく言ってくるのかなって」


 と応える。

 その時、時計が七回鳴る。

 同時に音楽が止まった。

 玲奈はショーウィンドウのロールスクリーンを下ろそうと手を伸ばすと、甲斐が言った。


「杉下さん。作業は僕がやるから、先帰っていいですよ」


 玲奈は甲斐を見て、目をしばたかせる。


「でも……」

「約束あるんでしょ? 僕、今日抜けた時間あるし。大丈夫だから」


 そこまで言われ断るのもどうかと思い、玲奈は一つだけロールスクリーンをおろし、甲斐を振り返った。


「では、お先に失礼します」

「はい、お疲れ様です」


 準備をして店をでると、キリトがやってきた。


「早かったね」

 なんだろう。キリトの声が心なしか嬉しそうな感じがする。


「帰っていいって言われたの」

 気を使わせてしまったかもと思うと、少し心が痛む。

 キリトは、よかったじゃない、とか言っている。


「じゃあ行こうよ。何食べたい?」

「考えてないの?」

「希望くらいは聞くよ」


 そう言われても、特に食べたいものがない。

 何を食べようかと話しながら、ふたりは家路を急ぐ人たちと同じように、駅の方へと向かって歩いて行った。

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