第2話
男は目を覚ますと少しぼんやりとしていたが、やがてゆっくりと周りを見渡した。
「(……ここはどこだ?)」
誰もいない知らない部屋にどうして自分がいるのかと考えそして思い出す。
「そうだ、俺は……(あいつを殺したんだ……)」
狂ってしまった仲間を殺し、最後の抵抗とばかりに不意をつかれ傷を負わされたのだと思い出す。
それからの記憶はなんとか国に戻ろうとしていたことと森の中の景色だけで他は思い出せそうになかった。
くしゃりと髪を乱していると、ふと痛みがないことに気付きバッと起き上がり傷があるはずの腹部を確認する。
「傷が、ない…だと……?」
思わず手で触れ確認するが自分が記憶していた痛みも痕も残っていない。
「(ばかな、あの怪我を治せる療術師がいるとでもいうのか⁉)」
あの深い傷を完璧に治しているところを見ると国が集めている者達の中でも上位に入る実力だろうと思案する。
「(だが、おかしい。そんな実力を持っている者がこんな所にいるなんて……)」
ちらりと窓から見た景色は王都など大きな街とは思えず、何故こんな所に住んでいるのかと疑問に思う。
そうやって暫く考え込んでいるとドアが開く音がした。
疑問は後だと視線をそちらに向ければ濡羽色の長い髪に生き生きとした若葉を思わせる瞳の少女が水の入った水差しとコップを持ち少し目を丸くしてこちらを見ていた。
その姿を見た瞬間、男は何故か自分の心臓がドクリと高鳴り気分が高調していくのと同時に、彼女の全てを喰い尽くしてしまいたいという暗い衝動が沸き上がった。
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「良かった目が覚めたんですね。具合はどうですか?」
男と少し見つめ合うことになったがアリシアは、すぐににこりと笑いかけ男の近くに足を進めながら問いかける。
「あ、あぁ……。君が助けてくれたのか?」
大丈夫だと頷いた後、何から聞こうかと考えていた様子の男がそう尋ねてきたのでアリシアは頷く。
「森にキーチを摘みに行くと貴方が倒れていたの。見つけた時は本当に驚いたわ」
枕元に持ってきた水差しとコップを置き、目を覚ましてくれて良かったと安心したように頬笑む。
「……傷も君が?」
ここに深い傷があったはずだと問いかける男にアリシアは少し間をあけ、いいえと首を横に振る。
「そうか……」
男はその言葉に納得したのか、それとも深くは聞くまいとしてくれたのかわからなかったがアリシア内心でホッと胸を撫で下ろす。
「礼がまだだったな。助けてくれてありがとう」
君のおかげで助かったよと堅かった雰囲気が少し緩み微かに口端を上げ微笑んだ。
「いえ、私は見つけただけで幼馴染みのカインっていう人がここまで運んだんです。だから、その言葉はカインに……」
男の言葉に手を振り自分は何もしていないと答える。
それに男は、いや……と首を振る。
「勿論そのカインという者にもだが、君が見つけてくれなければ私は今頃どうなっていたか……。だから、ありがとう」
二度目のその言葉に今度はアリシアも素直に頷いた。
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「そういえば名前がまだだったな。俺の名前は……ティオだ」
「ティオさんですね。私の名前はアリシアと言います。親しい人からはアーシャと。
アリシアでもアーシャでもお好きな方で呼んでください」
男……ティオは笑みはなくなったが雰囲気は柔らかさを残したままアリシアと自己紹介をしていく。
アリシアは人懐っこい笑みを浮かべたまま近くの椅子に座るとティオと話始める。
少しずつ話した内容で任務内容は話せないようだったが、とても大切な任務だったそれで怪我を負いあの森に倒れていたことを知る。
「それは大変でしたね。怪我は見える範囲でしたが小さな傷ばかりだったので大丈夫だと思います。ですが、あれほどの血が流れていたなら念のために数日はここで休んでいってください」
森で流れていたモノと服に付いていた血を思い出したのか心配そうにティオを見つめるアリシアに、だが……と言葉を噤む。
「早く帰りたいのもわかりますが無理をして、また倒れることがあったら大変ですし……」
「いや、それもあるがそれだと君や他の家の者に迷惑をかけてしまうことになる」
表情があまり変わってないようだったが、どこか申し訳なさそうに見えるティオにアリシアは大丈夫だと笑う。
「この家には私しかいませんからティオさんが話し相手になってくれるならとても嬉しいです」
あっ、勿論ティオさんが良ければですが……と悲しそうに眉尻を下げる。
だが、目だけは頷いてくれないかなと訴えていた。
ティオは一人暮らしの女性の家に泊まるなんてと思うが、アリシアのその様子に知らず知らずのうちに頷き、世話になると応えていた。
「良かった!じゃあ、私は村の人に頼んでいる物を取りに行ってきますね」
水はここに置いておきますから、ティオが頷くとパッと花のように笑いそのままその言葉を言い残すとアリシアは部屋を出ていった。
止める間もなく素早く出ていったアリシアを彼には珍しく、目を丸くしてただ見送ることしか出来なかった。