第1話
「いいかいアーシャ。竜とだけは関わってはいけないよ」
それが母の最後の言葉だった。
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ここに特別なものは何もない。
けれども、優しい人達と自然が溢れている。
小さな頃に母と2人でやって来た余所者の私達を彼等はただ優しく迎え入れてくれた。
そして、母を亡くした私のことを身内の様にとても心配してくれる。
「アーシャ!!」
ふと聞こえてきた自分を呼ぶ声に足を止めそちらを見ると大きく手を振る幼馴染みのカインの姿を見つけた。
「今日は良いトルマンが採れたんだ!」
口元に手を持っていき大きな声でそう言ってくるカインの下にアリシアはやや小走りで近付く。
近付いたアリシアに「ほらっ」と赤く熟したトルマンを差し出し、それを受け取ったアリシアは「美味しそうね」と頬を緩ませる。
「あとで家に持っていくね」
「でも、いいの?いつも貰ってばかりだわ」
眉尻を下げ申し訳なさそうにするアリシアにカインは笑う。
「いつも言ってるだろ?お前は家族みたいなものなんだから気にするなって!」
ニカッと笑うカインにアリシアは「ありがとう」と伝え今回も甘えることにした。
「これから森に行くのか?」
アリシアが持っている籠を見て尋ねる。
「えぇ、キーチを摘んでこようかと思って」
籠を見ていることがわかったアリシアは見えやすいように、少し高く持ち上げるながら答える。
「キーチか。アーシャが作るジャムって美味しいんだよな」
いつものお礼だと貰う、作ったジャムを思いだしカインは思わず呟く。
「ふふ、そう言ってもらえると作る甲斐があるわ」
そう呟いた言葉がいつもの様子で本心だとわかっているアリシアは嬉しそうに笑い「楽しみにしていてね」とカインに手を振り森へと向かった。
後ろから「気を付けろよー」という言葉を聞きながら……。
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「こんなものかしら?」
森の中に入りキーチを見つけたアリシアは森に住む生き物分を残すために取りすぎない程度に色んな場所に移動しながら摘んだ。
「今年も沢山実がなっているわ。これも精霊様や守護者様のおかげね」
キーチ以外の木の実や食べられるキノコ等を籠に詰め込み、心からの感謝を、とこの国を守っている守護者と精霊にその緑の瞳を閉じ胸の前に手を組み祈りを捧げる。
そして、祈りを捧げ終わると立ちあがりそのまま自宅に戻ろうと足を向けた時、がさりと近くの草が揺れた。
その音に足を止め不思議そうにそちらを見つめ、やがてゆっくりとそちらに向かう。
「(なんでだろう……。行かないといけない気がする……。)」
どうして?と疑問に思いながら足は目的地を知ってるかのように進んでいく。
やがて、少し拓けた場所に出るとそこに1人見慣れない髪色の男が倒れていた。
「え……」
まさか人が倒れているとは思っておらず驚きの声をあげる。
念のために危険はないかと倒れているその姿を観察する。
最初は見慣れない白銀の髪を見つめていたが、やがて赤く染まった腹部に気付きその場に籠を落とし散らばった中身など見向きもせずに駆け寄った。
「大丈夫ですか?!」
駆け寄りとあの場所からはわからなかった小さな傷や汚れ、それに男の酷く整った顔に気付く。
まず声をかけ返事がないと慌てて息があるか確認した。
手にかかる息にひとまずホッとするが、まだ気を緩めたらいけないと思い直し、あまり揺すらないようにしながら赤く染まった腹部を直接見ようと内心で謝りながら邪魔な服をどかしていく。
「これはっ……」
思わず口元を手で覆った。
なんとか致命傷ではないものの、その傷はとても深くこのままでは死んでしまうと思えるものだった。
どうしようどうしようと内心で慌てるアリシア。
「(これは、今から人を呼ぶなんてしていては間に合わない。でもっ……)」
1つだけ助かるかも知れない方法をアリシアは持っていた。
たが、それを使うと母とカインとの約束を破ることになる。
それでも……。
ぎゅっと目をつむり2人と約束した時を思い出す。
2人はアリシアのことを心の底から心配して言ってくれていた。
やがてアリシアはそろそろと目を開け目の前の傷を見つめた。
「ごめんなさい、お母さん、カイン……」
そう呟くとアリシアは震える手を傷の上に持っていくと深呼吸をして目を閉じた。
「月の精霊ルーナ様、今一度この者にその暖かさをお与えください……」
そこには淡く光り全てを包み込むような暖かい光景が生まれ、そして……。