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エピローグ

「イヤアアアアアアアアアァッ」

 静かな春の夜空を突如として悲鳴が切り裂いた。カシオはそれを耳にするとすぐさまその源へと駆け寄る。

 そこでは簡素な寝台の上でデトミナが取り乱し、蒼白な顔で兄弟の名を叫んでいた。

「ケイナ!サリオ!エンデ…イヤッ、イヤァ!!」

 冬を超え、ようやく伸びた髪を振り乱し、震えながら泣き喚く少女をカシオは抱きしめるようにして制した。

 あの日から、既に数ヶ月。カシオ、デトミナ、ジアーニの三人はリイド・グラスのもとへと身を寄せていた。

「カ、カシオ?」

「そうだ。僕だよ。」

 少女の震えが治まってくる。それを見てとるとカシオは右手を離し少女の背をさすり始める。少女の慟哭はやがてすすり泣きへと変わった。

 デトミナが静かな寝息を立て始めたのは、既に夜明けも近くなってからだった。毛布を駆けなおしてやって、カシオは小屋を後にした。

 外傷は治ったものの、事件はデトミナの心に大きな傷を残していた。夜更けに飛び起きては失った兄弟たちの名を呼んで慟哭し、事件が目の前で再現されているかのように怯えて震える。この小屋も夜な夜なうなされるデトミナのために急遽作ったものだった。

 一緒では、リイドもジアーニもとても休めないのだ。

 それに火に対する異常なまでの恐怖。料理の得意だったデトミナがいまやマッチをすることも出来なくなっていた。

 外に出たカシオは今のうちに川へ水を汲みに行くことにした。まだ周囲は暗かったが早く済ませておけばそれだけ余裕が出来る。余裕が出来れば、その分デトミナを気遣ってやれた。

 桶と天秤棒をとりに行った母屋で、軒先にうずくまる人影に気がついた。

「ジアーニ、起きていたのか。」

 カシオが声をかけると。少年は肯いて立ち上がった。恐らく、デトミナの悲鳴に目が覚めてしまったのだろう。

 ジアーニは冬の間に一回りからだが大きくなり、その分少しだけ無口になった。

「俺も手伝うよ。」

 そう言うと桶を手にとって歩き出す。カシオも天秤棒に桶を引っ掛けて横に並んだ。

「姉ちゃんは?」

 尋ねる声にはデトミナの状況に対して心痛めている様子が伝わってきた。

「今は落ち着いて寝ているよ。大丈夫さ。最近はうなされないで済む日も増えてるし、笑うことも増えてきた。良くなってることには間違いがないんだから。」

 カシオを気遣うように口にしたが、これは本当のことだった。ここに来た当初のことを思えば状況は格段に良くなっているといえた。

 もちろん、ジアーニにも分かっていることだった。しかし、それでもカシオはそれを言わずにはいられなかった。ジアーニは黙って肯いた。そのまま、二人とも静かに仕事をこなした。


 ブザー・グレイが久しぶりにやってきたのは、昼近くになってからのことだった。ゴトゴトという響きをつれて坂道を登ってくる見覚えのある馬車。カシオたちが出迎えるとブザーは快活な声で応じた。

「やあ、カシオ。久しぶりだな。デトミナもジアーニも元気そうで何よりだ。カシオ、馬を頼む。ジアーニ、リイドを呼んでくれるかい。」

 その必要はなかった。馬車の音に気がついたのか、既にリイドは庭の腰掛けに座っていたからだ。

「ブザー、来てくれて嬉しいよ。今、お茶を淹れさせよう。」

 ところが、ブザーは台所へ向かおうとするジアーニを制し、デトミナとともにテーブルの周りに腰掛けるよう促した。二人は戸惑っていたが、リイドが怪訝な顔をしながらも肯きかけるとオズオズと腰掛けた。

 そうして、四人でテーブルを囲んでから、ブザーはやや唐突に話を始めた。話題は近況を窺うような取りとめもないもので、デトミナの様子やリイドに読み書き、計算を習っているジアーニの様子が主な内容だった。

 世間話にしては熱心なブザーの様子にリイドは何かを察したようだったが、デトミナとジアーニはわけもわからず聞かれたことに答えるだけだった。

 本題に入ったのは、馬を立ち木につなぎ終えたカシオが全員にお茶を配ってからだった。ブザーは濃い目のお茶を目を細めて口をつけると、カップを置いて切り出した。

「さて、そろそろ本題に入らせてもらおうかな。」

 そういうとブザーはテーブルを囲む四人の顔を眺め、最後にジアーニを真っ直ぐに見た。

「ジアーニ、私の店で働くつもりはないか。」

 この申し出にリイドはやはりと肯き、他の三人は驚いて声もない。ブザーは構わずに続ける。

「今度、奉公人の一人が郷里に帰ることになってね。新しく人手が必要になったんだ。読み書きや計算はこの数か月でリイドに仕込まれたようだから問題ないだろう。働きによっては給金の上乗せも考えよう。」

 リイドは何も言わずにただ、ジアーニの様子を見守っている。ジアーニはどうしていいか分からないようだった。カシオにも彼の心中は推し量ることが出来た。ブザーの話はこれ以上、願っても得られないような好条件だった。それでも、すぐさま肯けないのはデトミナのことが頭にあるからだろう。

 ジアーニが助けを求めるようにデトミナを振り返る。

 デトミナが口を開いたのはそれと同時だった。

「ありがとうございます。弟は礼儀こそ知りませんが、真面目で心根は真っ直ぐだと思っています。どうかよろしくお願いします。」

 そう言って、ブザーに深々と頭を下げるデトミナをジアーニは唖然としたような、何か傷つけられたような表情で見つめていた。

「ラインフォレストに災いを振りまいたヤツキスの魔女と夜の悪魔の噂はグリンマントまで伝わってきている。君が街へ来るのは危険な状況だ。分かっているとは思うが、彼といつでも会えるというわけではなくなるよ。」

 ブザーの問いにデトミナは肯いた。浮かんだ表情には迷いや弱さは感じられなかった。その表情のまま、今度はジアーニに向きなおる。

「姉ちゃん……」

 先に口を開いたのはジアーニのほうだった。表情には戸惑いと寂しさが浮かんでいる。それを見て、デトミナは微笑んだ。それは雪解けの水のように澄んで、海のように深い慈愛の笑みだった。

「私を心配してくれているんでしょう。でも、大丈夫。それよりこんなチャンスを私のせいで失ってしまうなんて、それこそ苦しくなってしまうわ。」

 そう言って少女は弟を抱きしめる。二人の瞳から涙が溢れ出す。

 リイドとブザーは厳粛な面持ちでそれを見守った。


 夜、カシオは森の奥にいた。最近はいつもデトミナの小屋の前に控えていたのだが、今夜ばかりはジアーニに役を譲ったのだ。

 木々の隙間からは雲ひとつない星空が覗き、久しぶりの森の夜気は身体にも清々しく快かったが、カシオの気持ちは夜空ほど晴れ渡ってはいなかった。

 そんな気持ちのまま木の根に腰を下ろし、聞くともなく森のざわめきに耳を傾けていると、不意に近づいてくる足音に気がついた。

「やはりここだったか。もっと奥にいたら見つけられないところだった。」

 そういいながらカシオの脇に腰を下ろしたのはリイドだ。

「覚えているかい。前にも一度、この辺りで君と話をしたことがあっただろう。」

 僅か数ヶ月前のことなのに、リイドの口調にははるか昔の思い出を語るかのような響きがあった。

「君が何かに思い悩んでいるというのも同じだな。」

 リイドは返事を求めていないようだった。カシオもリイドの言葉を黙って聞いていた。人でない自分を拾ってくれたこの男に、カシオはラインフォレストで起こったことの一部始終を全て伝えていた。

「君は数ヶ月前から今日にいたるまで、実に様々なものを見た。自分を知り、多くの人たちと彼らが持つ多くの側面を目にしたんだ。面食らい、思い悩むのも当然だよ。1人で考えを深めることもいい。しかし、誰かの意見を求めるというのも悪くない手だと私は思うよ。」

 リイドの言葉をしばらく噛みしめてから、カシオは相談することに決めた。

「デトミナと僕の、夜の王子の使命のことなんです。」

 リイドは浮かせかけていた腰を再び下ろすと、膝の間で両の手のひらを組み合わせた。先程までとは逆に今度はカシオだけが喋り始める。

「デトミナは僕を頼ってくれています。ほとんど無条件に。僕もそれに応えたいと思っているし、今のところは応えられていると思います。

 でも、僕は人間じゃない。妖精は僕を夜の王子なんて呼んでいましたが、結局のところ樫の木でできた人形で、いわゆる化け物の類です。僕は彼女を(あざむ)いています。時々、酷く苦しくなるんです。彼女の真っ白な信頼に対して、正体を隠し欺いていることが。」

 リイドは微かに肯いた。森のどこかでふくろうが鳴き、僅かな風に梢が揺れる。

「それに、声がするんです。助けを求める声が、どこかにいる妖精たちの。汚されたり、封じられている妖精たちが夜の王子を求める声が。こんな夜はいつにもまして強く聞こえて、いてもたってもいられなくなります。あんな状態の彼女を放っておくことも出来ない、それでも声は日増しに強くなるんです。もう、僕にはどうしたらいいのか。」

 そこまで話すとカシオは力が抜けたように深くうなだれた。リイドは今耳にした話を反芻(はんすう)するように肯くとおもむろに、しかし慎重な調子で口を開いた。

「結局、一か八かになってしまうだろうが、デトミナに正体を明かした方がいいかもしれないな。」

 カシオが驚いたように振り向いた。リイドはその視線を受け止めながら先を続ける。

「一緒に生活しているんだ。いつまでも隠せはしないよ。それならばこちらから明かした方がまだしも可能性があるだろう。もし、彼女が君を受け入れるならば、その時は使命の旅に一緒に出掛ければいい。」

 リイドはその意味がカシオに染み込むのを見計らうように言葉を切った。

「彼女が君から離れるのなら、残念だといわざるを得ないが、君は一人で使命の旅に出ればいい。私もまだ子供一人くらいは面倒が見れるさ。」

「でも」

 反射的に発されたカシオの言葉に、リイドは深く肯いた。

「これは一つの提案だよ。君の少しばかり年取った友人からのアドバイスだ。正しいかどうかなど分からないし、ましてや命令でもなんでもない。決めるのは君で、実行するのも君だ。ただ、私は君がどんな風に決めてもそれを支持するし、君の友人だ。それだけのことさ。」

「ありがとう」

 そう言われるとリイドは微笑んで、少年の肩に軽く手を置いてから立ち去った。

 カシオはそのまま夜明けまで森の音に耳を傾けていた。


 ブザーの帰宅。つまりはジアーニの出発は朝食後すぐだった。ジアーニもデトミナも努めて普段どおりに過ごしているように見えた。

 ジアーニは昨日のような心細げな表情はしておらず、持ち前の生意気な口調でカシオに、

「姉ちゃんを頼んだぞ。泣かせたりしたら許さないからな」

 などと、しかつめらしく口にしていた。カシオも生真面目に肯いた。

 やがて馬車が走り出すと、ジアーニは御者台から身を乗り出して大声でデトミナの名を呼んだ。デトミナも馬車を追いながら応じるように手を振った。

 坂の上まで見送って、馬車の姿が見えなくなった時、デトミナの瞳から堪えきれなくなった涙が溢れ出した。両手で顔を覆い、俯いて肩を震わせる。

 姉弟の別れは、あっけなくも痛切だった。


 それから数日の後、天気のいい午後にカシオはデトミナを呼び出した。この数日考え抜いた結果。リイドの提案を受け入れる気持ちになっていた。

 いつになく緊張した様子のカシオをいぶかしげに見ながら、デトミナは畑の端にある切り株に腰を下ろした。カシオはその向かいの地面に胡坐をかく。

 陽射しが暖かく、どうしても眠くなるようなのどかな天気だった。頭上をひばりがさえずっていき、雲が緩やかな風に運ばれていく。

 デトミナの赤い髪が日の光を受けて黄金のように輝いていた。突然、カシオは自分の舌が石のように不器用になっているのを感じた。

 それでも何とか口を開いて声を絞り出す。

「デトミナ、君に聞いて欲しいことがあるんだ…………」

 たどたどしくも、懸命な声で少年の告解は始まった。

「いつか夜に帰るまで」読了ありがとうございました。最後にあとがきと蛇足を少し。


・あとがき

 この作品自体は、1年以上前に書きっぱなしでUSBに放り込んであったものを発掘後、推敲しながら投稿させていただきました。

 書いている最中は、「間延びするくらいなら詰め込んでやる。」と、思っていたせいか後半の展開などは強引なほど性急で、特に神官のイズレイルは「スラム行く→戻って責任者→発病」とかなりのハードスケジュール。どうも、すみません。

 ファンタジーなのにロクに魔法も出てこない地味さは当時読んでいた「ゲ〇戦記」あたりの影響と思われます。

 ちなみに主人公のイメージは「ピ〇キオ」と「マ〇オRPG」の「ジー〇」あたりが源流です。どうでもいい情報ですが、「ジ〇ノ」好きなので。


 上手いこと新しい話が書きあがったら、また投稿しようと思います。もし見かけた時に暇だったら読んでみてください。


・蛇足

 エピローグが主人公の告白シーン直前で終わっていますが、実際のところデトミナもジアーニもカシオの正体はほとんど分かっています。

 食事はしない、眠りもしない、そんな相手と数か月寝起きを共にすれば不思議に思うはずですから。

 デトミナはカシオから言ってくれるのを待っていて、リイドはそれを知っていてカシオの背中を押した。ってことだと思います。


 拙い文章に付き合っていただき、本当にありがとうございました。


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