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流星

やっと、主人公のターン!!

 サリオとケイナが倒れてから二度目の夜がやってきた。二人の容態は一向に回復の兆しを見せず、その身体は急速に病魔に蝕まれていた。

 まだ、デトミナやジアーニの用意した薬湯を口にすることは出来たが、それもほとんどがすぐさま上下から吐き出されてしまう始末だった。

 デトミナたちも交代しながら休憩を取るようにしていたが、既に疲労は隠しようがないほどに募っている。

 カシオも展望のない状況の中で沸き起こる焦燥感を必死に押し殺していた。自然と三人の口数は少なくなる。エンデを失ったことで沈みきった小屋の空気が一層重みを増していた。

 少しでも気分を切り替えようと、カシオは水を汲みに外へ出た。桶を手に川原へと歩いていく。星もない闇夜を写して漆黒に光る水面へ桶を差し入れ水を汲む。そのまま重くなった桶を提げて小屋へ戻ろうとした時だった。

 川の流れに乗ってきたかのように、上流から聞き覚えのある耳障りで不吉な音色が聞こえてきた。

 愕然とするカシオをあざ笑うかのように、音色は途切れたと思えば聞こえ、届いたと思えばかき消える。気のせいかと思われた。しかし、確かに鳴っている。


 いきなり血相変えて戻ってきたカシオにデトミナは仰天した。

「どうしたの。なにかあった?」

 心配そうに尋ねる彼女にどう説明すべきか。カシオは数秒考えた。

「急用が出来たんだ。これから少し出掛けなけりゃならない。」

 いいながらテーブルの上においてあった短剣をベルトに差し、外套を羽織る。

「こんな時間にどこに行くって言うの?」

 デトミナの表情には取り残される心細さが表れている。カシオの心は迷ったが、それでも決心は変わらなかった。

 カシオの中で黒死病と楽師は分かちがたく結びついている。

 もし、楽師を止めることが出来たなら、奴が撒き散らしているであろう黒死病も止められるかもしれない。その想いが彼の背中を押している。

「それは言えない。でも、すぐに戻ってくるよ。約束だ。」

 説明は出来なかった。話しても信じてもらえはしないだろう。しかし、デトミナの顔に浮かんだ心細さに少年の心は締め付けられた。

「分かった。二人のことは任せて。でも出来るだけ早く帰ってきてね。」

 それ以上、少女は何も言わなかった。カシオも無言で肯くと小屋を飛び出した。


 川沿いの道を音もなく駆ける。こちら側のスラムも、対岸の市街も、どちらも怯えたように縮こまり闇夜の中にうずくまっている。

 カシオは時折立ち止まると風の中に紛れて通り過ぎていく不快な音色に耳を澄ました。その方向を確かめては再び走り始める。既にスラムを半ば以上通り抜けてきたが、音は下流にあるデトミナの小屋で聴いた時と変わらぬ大きさで響いていた。

 やがて、カシオは一軒の屋敷の前で足を止めた。行き着いたその場所は、やはりというべきか。先日楽師によって散々打ちのめされたあの廃屋だった。

 あの時と同じく、屋敷の中からは不吉な音色とともに無数の鼠と虫たちが這い出してきていた。

 カシオは腰から短剣を一本抜き取ると左手に構える。右手は投擲用のナイフにそれとなく添えられた。無意識的にか、水精の祝福を受けた短剣は鞘に収まったままになった。

 短剣を持った左手が震えた。「武者震いだ。」カシオはそう自分自身に言い聞かせた。もう一度握りを確かめると、心を静めて夜に溶け込むように努める。十分に心が静まったと思われてから、ゆっくりと足を踏み出した。 足元を這いずるムカデや鼠。顔の近くを飛び回る蝿や羽虫がカシオに注意を向けるでもなく、かといってぶつかるでもなく通過していく。それは岩を避けて流れる川の流れのようにも見えた。

 カシオは目を見開き、耳を尖らせ、皮膚を空気の流れに押し当てた。そうして周囲で起こる全ての事を心中に収めながら歩を進めていく。

 瓦礫に埋もれた玄関を過ぎ、崩れかけの居間を横目に野ざらしの廊下を進む。

 楽師は大広間にいた。以前と同じく梁の上。以前と同じくリュートを掻き鳴らしながら。一つだけ違うところ、それは既に相手が戸口に息を潜めるカシオを注視していることだった。

 虚ろな眼窩(がんか)が暗黒を湛え、存在しない瞳が汚泥を塗りつけるようにカシオを見据えていた。一瞬にも満たない刹那の間、人ならざる二柱は暗闇の中でにらみ合い。


 そして、同時に動いた。

 カシオが弾かれたように飛び出す。楽師がリュートの弦を激しく打ち鳴らす。

 沸き立つ蟲の群れが奔流となり襲い掛かる。歯を剥く鼠、毒を向けるムカデに蜘蛛。カシオは身を捻るようにしてそれをかわし、追いすがってくるモノは外套を(ひるがえ)して打ち払った。

 しかし、蟲の群れは不定形なアメーバのように気色悪い動きでカシオに迫ってくる。苦し紛れに投げつけたナイフは楽師を取り囲んだ蟲たちに阻まれて床の上に転がった。

 やおら楽師が笑い声をあげた。甲高い、金属のこすれあうような哄笑。

 その笑いに一瞬気をとられたか。カシオの頭上から蜘蛛とムカデが降り注ぐ。蝙蝠、毒蛾、蜂の群れが燃え上がる炎のように身体を包む。無数の鼠が足元に群がり歯を立て、動きを封じる。

 そこに黒い雪崩のように襲い掛かる蟲の群れ。カシオは吹き飛ばされ、押し流され石の壁にしたたか全身を打ちつけた。強烈な痛みに崩れ落ちそうになる身体をとどまることない濁流が(はりつけ)にし、朦朧(もうろう)となる意識をムカデの毒牙と鼠の歯の痛みが現実へ引き戻す。服は破れ、身体も齧りとられ(えぐ)られていく。


 もう、駄目か。


 カシオノの脳裏に諦めがよぎる。絶望が心を満たし、全身から力が失われ、目からは光が飛び去っていく。


 キィン


 手から零れ落ちた短剣が石の床で澄んだ音を立てた。その音が僅かにカシオの精神に作用する。

 デトミナの顔が浮かんだ。彼女と交わした約束も。「必ず帰ると約束したじゃないか。」同時に、相手とふがいない自分に対する怒りが湧き上がる。

「うぉおおおおおおおぉ!!」

 少年は力の限りに叫ぶと、流れに抗い一歩踏み出した。

 楽師が驚いたように、一際高くリュートを掻き鳴らす。濁流が更なる力で襲い掛かる。カシオの足が圧力に押され、僅かに後退する。

 しかし、既に少年の目に絶望も諦めも存在しない。カシオは再び吼えると、もう一本の短剣、水精の祝福を受けた両刃の短剣を一気に鞘から解き放った。

 瞬間、広間が光で満ちた。

 握りしめると同時に短剣はカシオの意思に応じてその光を増した。

 水精の祝福による清らかな光が楽師の眼窩を貫き、蟲どもを怯ませる。

 その隙を、カシオは見逃しはしなかった。蟲の群れを切り裂くように駆け出し、隙間を縫うようにナイフを投擲する。

 楽師を狙ったのではない。ナイフは楽師の足元、梁を支える柱の一つに深々と突き刺さる。

 大蛇のように波うち襲い掛かる蟲の群れを、僅かに身体をひねり直撃を避ける。避け切れなかった牙と爪がカシオの体の一部を掠め取っていく。だが、身を切る痛みもカシオの闘志を、怒りを止めることはできはしない。

 カシオは地平線の稲妻のように駆け抜け、跳んだ。柱に刺さったナイフを足場にさらに高く。

 災いの楽師の顔が始めて恐怖に歪む。虚ろな眼窩が恐れで満ちる。


 水精の祝福が流星のように尾を引いた。

戦闘シーンは難しいです。

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