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プロローグ

一応、「R15」「残酷な~」タグを付けましたが、それほどではないつもりです。

いいかげんなファンタジー、30~40話で完結の予定です。

 その時、少年は幸せだった。まるで母の腕の中で夢を見る子供のように。

 もっとも、広がる野原の真ん中に一人きり立っていたその夜。彼はまだ何にも知らなかった。幸せも不幸も、自分が何者で、今どこにいるのかも。自分の身体が形こそ人にそっくりだが、その実、硬い樫の木で出来ていることも。足元で声をあげる虫の名前も。

 だから、「幸せだった」と言う思い出は、後から回想した際に彼自身によって補足されたもにすぎない。そのときの彼はただ、吸い込まれそうな夜と瞬く星に包まれながら、夜の闇より黒く、星の光よりも澄み切ったその存在を全身で感じていた。

「あぁ」

 不意に彼はそんな声を出した。初めて聞く自分の声は情けないほどに震えて、野原のざわめきに消えていく。

 彼が声を出したのは他でもない。それまで自分を柔らかく包んでいた優しい気配が急に失われ始めたからだ。猛烈な寂しさに襲われた少年は消えゆく気配に追いすがるように足を踏み出す。

 よろよろとした覚束ない足取り。当然だ。今まで歩いたことなどないのだから。すぐにバランスを崩し倒れこみにそうになるのを何とかこらえると、勢い余って尻餅をついてしまった。

 少年がそんな風にどたばたとしているうちに、気配は完全に過ぎ去ってしまう。それを感じた少年はうなだれながら、ノソノソと立ち上がった。

 彼は周囲の様子が先程とは明らかに変わってきている事に気がついた。鈍色にゆれていた足元の草にはほのかな艶が、ただ黒く巨大な影だった山々は輪郭だけではなくその起伏も微かに窺える。

 慌ててあたりを見渡した少年の目に朝日が鮮やかな光を投げ込んできた。強烈な輝きに慌てて目を伏せる。

 数瞬の後、恐る恐る顔を上げて再び周囲を観察する。ほんのつかの間に目に映るもの全てが輪郭を取り戻し、加速度的に生命力を取り戻していく。その原動力である光の塊は他の何者にも増して急速に、力強さを増していくように見えた。

 少年はそんな光景に心惹かれるものを感じながらも、光に背を向けてゆっくりと歩き始めた。眩しさから逃げるように。

 最初はぎこちなかった歩き方も、太陽が真上に来る頃には随分上達していた。相変わらず周りは腰の高さの草に覆われた野原で、風景に退屈した少年は飛び交う鳥の声に耳を傾けた。ピィーと長く尾を引いてみたり、キキキと小刻みに震わせたり。時にはそれらの鳴き声を真似することもあった。

 そうしている間は突然世界に投げ出された心細さが幾分ごまかされる気がした。少しずつ疲労は蓄積していたが、空腹は感じなかった。

 そんな風に歩いているうちに前方に鬱蒼と茂る森が現れてきた。大人でも抱えきれない太い木々がまるで空を支えるかのように枝を伸ばしている。既に太陽は高度を大きく下げていて、間もなく夕闇がやってこようとしていた。

 少年はしばらく立ち尽くして、森を眺めた後、その中に入っていくことに決めた。地面に張り出した太い根を慎重に避けながら、少年は樹木の堂々とした姿に視線を走らせる。ひび割れに覆われた分厚い皮、真っ直ぐに空へ向かう幹とそこから縦横に伸びる枝、そして風に揺れてざわめく葉。その姿は歩き始めてから見た何者よりも力強く、圧倒的だった。

 枝の隙間から漏れる月の明かりが森の中を淡く照らし出している。

 草むらからの虫の声、何処からともなく響く鳥の声に風の音。そういったものが渾然となった一つの巨大な気配に少年は包まれる。不思議と心休まるような、静かな気分で少年は歩き続けていた。

 瞬間、森に満ちていた濃密な気配が破られた。何かが鋭く地面を駆け回る音がした刹那、目の前の暗闇が切り裂かれ、二つの音が交錯する。


 余韻が当たりに染みわたった。


 一瞬で臨界点に達した静寂は既にもとのざわめきを取り戻していた。

 呆けたようにただ目を見開いていた少年の前を白い影が通り過ぎた。そのまま音もなく木の上に降りたつ。

 大きな翼、鋭い爪。握りこぶしほどの鼠をぶら下げたそれは一羽のミミズクだった。

 仄かな月光を集めたように闇の中に浮かび上がるその姿。少年はしばらくの間、恍惚とした。くちばしと爪が鼠の皮を引き裂き、肉が飲み込まれる。その様子を見ながら先程の狩りの様子を頭の中で思い描いていた。

 そんな風にぼんやりとしていたから、不意に声をかけられた時、少年は本当に驚いた。

「――――――――――――」

 その人物は何か言いながらゆっくりと少年に近づいてきた。その手には光を放つカンテラが握られている。少年はと言えば突然の事態を上手く処理できずに、ただその人物のほうへ視線を向けただけだ。

「――――――――――――」

 少年の反応に警戒感を強めたのか、男の声が低くなる。どうやら少年を見極めようとしているようだった。

 なんと言っているのか。まだ言葉を知らない少年には理解することが出来ない。逃げようかという恐れと、好奇心が衝突する。

 結局、好奇心が勝利した少年は恐る恐るカンテラの明かりに近づいていった。


 男は少年の姿に衝撃を受けたようだった。目を一杯に見開き、危うくカンテラを取り落としそうになる。あいている右手は腰の短剣に伸びかけた。

 少年はと言えば、始めてみる大きな生き物に恐怖を感じつつも、強い興味を感じていた。結果として逃げ出すべきか、近寄るべきか判断に迷いオロオロとしてしまう。

 そんな取り乱している少年の様子に警戒を緩めたのか。男は再び近づいてきた。カンテラの明かりを動かしながら少年のことを観察しているようだった。そうしながら低い声で何かを呟いている。

 そのうち何かに納得しなのか、男は再び少年に声をかけた。しかし、すぐに言葉が通じていないことに気がつくと、言葉に加えて身振りや手振りを加えるようになった。

 どうやら、ついて来いといっているらしい。と、少年が理解したことに男も気が付いたのか。先にたって歩き出す。少年もおずおずと後に続いた。

 男の家はそこからすぐのところにあった。大きくはないが清潔で頑丈そうな家。傾斜の大きな屋根を太い柱が支えている。男はテーブルの向こう側に腰掛けると少年にも椅子を勧めた。

 部屋の明かりの中で男は微笑みを浮かべると、自分の身体を指差して口を開いた。一音、一音を区切ってゆっくりと声を出す。

「リ、イ、ド」

 それが樫の木でできた人ならざる少年・カシオと隠者リイド・グラスとの出会いだった。

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