収穫
【やーっと終わったか。さすがに疲れたな】
「ディバルフはリュックの中にいただけじゃん。というか、私は楽しかったよ?」
サリアのとある宿屋の一室にて。
机いっぱいに大量のカマキリを広げながら、私は文字通り羽を伸ばすディバルフと会話を交わしていた。
子供達は、一個目のカマキリを作り終わると、興奮した様子で二個三個と作っていた。多い子は五個ほど作っていた気がする。正直途中で作り過ぎじゃねとは思ったが、あの楽しげな空気の中で『作り過ぎは紙の無駄になるよー』と空気の読めない発言が出来るほど、難儀な性格はしていないつもりだ。
…それに、私自身、四歳の時には折り鶴を何百何千羽と折っていたそうなので、人のことは言えないということもある。
【……なんか桁おかしくないか?】
「あれだね、感極まってって奴だね」
【感極まって折り紙を折りまくる、か。何かラミアならありそうだなぁ】
「でしょ?」
【いや、そんな胸張られても】
まぁそんな感じで、集まった人数以上のカマキリが出来上がってしまった、というわけである。一応、好きなだけ持って帰ってもいいよ、とは言ったものの需要よりも供給の方が多かったらしい。
その結果がこの大量の紙だ。
「さてさて、この折り紙達はどないしやしょうかのー?」
そんな訳で今ここにあるカマキリは全部で24匹。見事机の全域制圧を果たしてしまっている。喜べない。
皆が気持ちを籠めて折った折り紙を捨てるなんてのはそもそもありえないが、かといって旅に持って行くにゃ少し嵩張る。
はてさて、どうしたものか。
そうまたいじりながら考えていると、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。その源は、当然この部屋唯一の出入り口。
「はいはーい?」
取り敢えず問題を放棄してドアを開けると、そこにいたのはこの宿の従業員と思われる人。
「えーっと、お客様にお会いしたいとおっしゃる男性が外におられるのですが……」
なんと。私に会いたい人がいるのか。…んー、誰だろう。
従業員の人には準備してから行くと告げ、礼を言ってドアを閉める。
振り返れば、相棒の小さな頭が部屋の角から覗いていた。…と言うか、あなたのサイズだったら、態々隠れずとも見つからないと思うんだ。
【気分だよ、気分】
「それなら仕方ない…じゃなくて。ディバルフは誰だと思う?」
【現実的なのは教室を見た近所の誰かで、良くてライ関係の誰か、かな】
「じゃ、最悪は?」
【敵】
特別な緊張感も大してなく言い切った彼に、私はため息を吐いた。だよね、という気持ちを含めて。敵襲はあり得ない、とは言い切れないのが僅かに悲しい。
そんなこんな、流石にノコノコと行く訳にもいかず。ポーチから出した携帯ナイフを袖に忍ばせた。これさえあれば、それなりの人間はあしらえるだろう。
そろそろと廊下を歩き、角から顔を出す。見えたのは、ダークスーツっぽい感じの服をキッチリ着込んだ、堅苦しそうな人だった。
偶然か必然か(多分必然だ)、バッチリと目が合う。
「お久しぶりです、ラミア様」
「……、…あー。失礼ながら、誰でしょう?」
年は40歳前半くらいだろうか。その見た目や物腰からは、高貴な貴族の如き静かな威圧感を感じる。
…ヤバイ、全然見覚えがない。記憶のどのページを探しても、この顔は見当たらない。今なら、久しぶりに旧友にあったのに名前が思い出せない人の気分が理解できる。すんごく焦るわ、これ。
「覚えてはいらっしゃらないようですね。まぁ、ラミア様が6歳の時に一度会ったきりですし、仕方ありませんか」
うんうんと頷くその男の人を見て、やはり知らんと確信する。6歳の時に捨ててしまった折り紙の亡霊…なんて逆鶴の恩返しみたいなことはないだろうし。態度からみるに、敵ではなさそうだが。
多分、考えても分からないだろうから、無礼を承知で単刀直入に聞く。
「誰ですか、あなた?」
「そうですね。私が今ここで言えるのは貴方の『友人』に遣わされて来た、ということです」
今ここで事情を話せない人で。私の友人に遣わされた、6歳の時に会ったことがある人と言えば。
「……ちょいとどっか行きましょうか」
「そうですね。いい場所に案内しますよ」
思い付くのは一つだけだ。
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「では、この辺で」
道中でサムと名乗った男は立ち止まる。丁度そこは町の憩いの場となっている小高い丘の天辺だった。今現在周囲に人間はおらず、もし来たとしてもすぐ分かるだろう。
成る程、確かに話し合いには向いている。
「さて、改めまして。私はサム・クラークと申す者でございます。サムとお呼び頂いて構いません」
「ご丁寧にどうも。で、サムさんは、ライの…?」
「はい、私めはライ様の従者にあたる存在でございます」
「ん」
良かった、合ってた。そもそも私には友人自体あまりいないのだから、外れであることはないと考えていたものの、これで外れてたら笑えない。本当に笑えない。
従者であるなら、丁寧過ぎる気もする言葉遣いにも納得だ。仕事柄、というやつだろう。
「実は、ライ様からの御命令で4ヶ月ほど前からここに滞在しておりました。何か貴女様に関する情報があれば、すぐに知らせるようにと」
ふむ、4ヶ月か。いつ旅立つか分からなかったから、早めに仕掛けておいたのかな。
何故なのかは分からないが、勇者に関する国同士の連携は、前からものすごく悪い。出発も示し合わせとけば魔王討伐にも早く行けるはずなのに、出発する日時・場所どころかその人が住んでる場所すら教えてくれないし、教えようとしない。前に勇気を振り絞って王に直接聞いたことがあるのだが、『他の国の勇者のことは我でも知らん。他の大陸も似たようなもんだ』と言われた。あの目を見る限りその言葉に嘘はない、はずだ。
わざとか、あるいは国同士の嫌がらせか。それなりに危ない状況で態々遠回しに無意味に嫌がらせをするとは思えないので、何らかの事情があるのだろうが、こちとら大迷惑じゃ。
「じゃ、私の住んでる場所の近くにサムさんがいたのは偶然?」
「私がここにいるのは偶然ですが、ラミア様の質問の意図を汲んでお答えするなら、それは否ですね」
「…つまり他の町にも、あなたみたいな人がいるってこと?」
「その通りで。ここも含めて16の町には、ライ様の“目”が行き届いております」
そんな人員よくいたな、と思ったが。
今思えば、彼はタークリング大陸の王族だ。それも、現国王の長男というビッグな立ち位置。もしかしなくても、従者をばらまいたか。
「ま、ライ様が使えるのは15人程度ですがね」
人探しには、それでも十分過ぎる。
そもそも、この大陸には町自体多くないのだから、最低でも隣の隣の町に行けば彼らに出会えるだろう。運も何も必要ない。
「…あれ、じゃあもしかしてライングラウンドにもいたりした?」
「いえ、あそこは人の通りが多いので、人一人の情報を得ることは出来ないだろうと考えました故、そこに人は送っていません」
うん、良かった。何とか無駄手間にならずに済んだ。
正直なとこ、折り紙布教活動は別に城下町でやっても良かったのだ。むしろ、そこの方が噂だってよく広まったかもしれない。が、王に『魔王? ぶっ倒してやんよ!』みたいなことを言って飛び出した以上、すぐに戻るのは少し恥ずかしかった。
しかし、そのよく分からんプライドのせいで無駄な手間を掛けてしまったのだったら、余計恥ずかしい。本当に良かった。
「ライへの連絡手段は?」
「週に1回、手紙をライ様の元に送ることになっています」
まーた随分と金の掛かることを。
サムさんは簡単に手紙を出すと言っているが、配達料金は(貧乏症の私だけかもしれないが)結構高い。まぁ、交通手段が中々無いのだから当たり前の話ではあるが、とにかく『週一でお手紙』なんてのは金持ちにしか取れない手法なのである。
金持ち万歳である。
「じゃあ、ライはずっと一ヶ所に留まっているんだね?」
「ええ。タークリング大陸に近いスカイラインの街に」
「反対側か…」
ライングラウンド大陸は南北に長い形であり、丁度真ん中くらいにあるのがグラウンドライン王国。その中で、サリアは王国の南にあり、スカイラインは王国の北…と言うか大陸の最北端にある街なのである。
で、その北の海の先にこそ、タークリング王国が支配する大陸があるというわけだ。
「今からそこに向かうの?」
「善は急げ、とも言いますので。そうしましょう」
「んーじゃ、準備が出来次第、町の入り口に集合ってことで。どっすか」
「了解しました」
その言葉を聞くが早いか、私は宿屋に向かって走り出した。丘を駆け下りると地面を蹴って跳躍、民家の屋根の上を走る。
今の気持ちが喜びかと聞かれると微妙だ。勿論、始めて早々旅を前進するための手掛かりを手に入れられたのは良いのだが、少し肩透かしを食らったような気もするのも確かである。
が、屋根を蹴る内に、どうやらテンションが上がっていたらしい。
「ひゃっほぅ! ディバルフ、朗報だよー!」
【何だそのハイテンションぶりは。2mの折り紙を100枚くれたとかか?】
「いやそれもそれで嬉しいけどね⁉︎」
扉をぶち破りそうな勢いで入って来た私に向けられたのは、冷たい(ような気がしないでもない)視線。そのクールさに心が折れそうだ。
「何とね、この折り紙教室の目的を達成しましたー!」
【わーぱちぱちぱちー……ってことはライに会ったのか?】
「うんにゃ。でもその関係者に会った」
【偽物の可能性は?】
「勘だけど、無いかと思われ」
【そうか。お前が勘で思ったんなら大丈夫だな】
信頼があるのかないのか、判断に迷う言葉だ。あ、ないですか、そうですか。
「ま、なんでもいいや」
【良いんだ】
「良いんです」
__次なる目的地は、大陸の北。スカイラインだ。
登場人物
4.勇者ライの従者、サム