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急変

 人は、無意識であるほど感情が外に出る。



 これは、私が人を観察していて気が付いたことだ。

 私の家がある所は小さな農村だったので、村人全員が知り合いのようなものだ。家の事情も大体知っていた。そんな村人達を観察していて気が付いたのが、この結論だった。


 どういうことがどんな感情かは説明し難い。ただ、少し観察すれば簡単に理解できた。この人は悲しそうだなとか、この人は良いことがあったんだろうなとか、そんな感じだ。勘、と言うやつだろう。

 私の母は、父の才能を受け継いだと喜ぶと同時、こんな事を言っていた覚えがある。


『貴女のお父さんは偉い人だった。人に目を向け、人を理解し、人を助けた。…貴女はその血を継いでる。だから貴女には、人を助ける力があるのよ』


 その時の母は、どこかを見ていた。何を見ていたのかはよく分からないが、取り合えず母は私に期待をしてくれているのだろう。




 …とは言っても。


「…暇だぁ……」


 期待をされても、現状は変わらない。

 勇者が見つからず、長椅子に座るだけ。不甲斐ないと言うか、何と言うか。やっぱり王に直接訴えるべきだろうか。まぁ、お偉いさんが駄目と言うのだから、どうせ駄目なのだろうが。




 そんな訳で私達はロッソにて町行く人を観察中である。何しとんだとも思うが、それは無視して見続ける。

 楽しそうな人、悲しそうな人、怒っている人、景気の良さそうな人、景気の悪そうな人、希望のある人、希望のない人。色々な人が私達の座る椅子を横切っていく。それを見ていると、やはりみんなが生きていることを実感する。みんな真剣に生きているんだな、と。

 自分の事に一生懸命になると、どうしても周りに命が溢れていることを忘れがちだ。自分が一生懸命に生きているのだから、周りも一生懸命生きているのもまた当たり前のこと。なのに忘れてしまう。動いているのが自分だけだと勘違いしてしまう。

 そういうのを正すためにも、この観察は大事なものだった。



「んー…じゃあ、あれはどうだ?あそこの緑の服着た旅人っぽい人」


【あれは…巾着の中だな。大体剣士はよく動くからそこに隠す。バッグも背負ってないんなら、なおさらだな】


 私の隣ではライとディバルフが仲良く並んで、町行く人の財布の在処を予想し合っている。

 …あんたらは泥棒か。


【いや、あれだよあれ。観察眼を鍛える、みたいな?】


「最後を疑問符で終わらせてどうすんのさ。そしてナチュラルに心を読まないで下さい」


 一応、そういう理由付けらしい。何も財布である必要性が無いはずなのだが。



「しっかし、冗談抜きで暇だなぁ。何かないのか?暇を潰せる道具みたいなの」


「折り紙ならあるけど?」


「……いや、いい」


 ごそごそとどこからともなく取り出した折り紙の束を見て、若干頬をひきつらせるライ。…さすがに何でひきつらせたかが分からないほど馬鹿ではない。一応、これでも自分の異常性は理解しているつもりだ。


「と言っても直す気は無いけどね」


【直せよ…】


「そしたら私の個性の6割2分が消える」


【妙にリアルな値だなおい】


 そんな下らない会話をしても、暇は潰れず。依頼をこなすにも疲れた、図書館行くにも飽きた、折り紙折る…のはいつものことだし変化が無くて面白くない。



 何か暇を潰せるものがないかなー、と再び通りに目を向けた時。

 ある事に気付いた。



「……ねぇライ」


「ん?」


「さっきからあの人、ずっとこの辺をうろうろしてない?」


 私が小さく指差すその先には、一人の人が歩いている。いかにも古そうな婦人服を着た、やや背の小さめな女性だ。十中八九、この街に住むご婦人だろう。



「言われてみれば…確かにそうだな…」


「でしょ?どうしたのかな」


 その人は、この通りをきょろきょろしながら歩いていた。何かを探すように、右往左往している。その顔は、不安で染まり。無くしものだろうか?



 ディバルフもその女性を見つけたらしく、首をかしげながら言った。



【あのご婦人か?…彼女、確か俺達がここを眺め始めて今に至るまでのちょうど真ん中辺りの時刻に、彼女は2回この通りを通ったと思うぞ。1回は右から左へ、もう1回は左から右へ。ま、多分買い物の行きと帰りだろうから、今は関係ない話かね】



「……はい?今何て…」


「あー…ライに説明してなかったっけ。ディバルフって記憶力が良いんだよ。この通り、15時辺りに2回通っただけの人のことも覚えてるくらい、ね」


「はぁ!?マジかよ…」


 大マジである。本当に、馬鹿みたいな記憶力だと思う。その半分くらいを私に分けてほしい。ディバルフが魔物の種類とかをたくさん知っているのも、大体その記憶力のおかげなのだ。自分よりも、自分のつくった折り紙の方が記憶力良いなんて悲しすぎる。


 ちなみに、私達がこの通りを眺め始めたのは昼辺りからである。で、今は大体17時くらい。私達の暇人っぷりが分かるだろう。


 閑話休題。



 結局、彼女は何をしているのだろうか?


「んー…表情を見るに財布を無くしたとかか?」


【いや、それにしちゃあ視線の高さが高い。普通財布落としたなら地面を見るだろ?だけど、あの人の眼の高さは……そうだなぁ…】


「……子供、くらいかね。ぱっと見の年齢も小さな子供がいそうなくらいの年だし。いなくなった子供を探してる、とか。ま、とにかく聞いてみようか」


 もし本当だったら、もちろんこうやってボケッとしている暇はない。間違っていたら恥ずかしいが、それは聞かずに放っておく理由にもならない。そもそも人助けに理由など要らないのだ。ついでに暇だし。

 思い立ったら即行動。それが私のルールだ。…まぁさすがに、状況はわきまえるが。



「あのー…すいません」


「えっ、あ、はい。なんでしょう?」


 私が声をかけると女性は素頓狂な声をあげ、振り向いた。が、目線が彷徨いている。恐らく早く話を切り上げ、捜索を再開したいのだろう。


 ビンゴだな、と思いつつ。話を無駄に引き伸ばしても意味がないので、単刀直入に聞く。


「先程からずっとおられるようですが、お子さまをお探しでしょうか?」


「え?なぜそれを…」


 せわしなく周りを窺っていた目が、見開かれると同時に止まる。よほどびっくりしたらしい。そわそわしていた体もぴたりと止まった。


「下らない推理をしただけです。それより、もうすぐ日暮れが来ます。早く子供を探してあげないといけないのでは?」 


「そ、そうでしたっ。旅人の方、助けて下さい!私の子供のカイが、カイが…!」


「落ち着きなって。俺達は逃げねぇよ。急いでちゃあ、伝わることも伝わらないぜ?…まず、あんたの子供…カイって言うのか?そいつがいなくなった、で合ってるな?」


 ライがそう確認すると、その女性はやはり落ち着かないように目線を動かしながらも頷き、状況を教えてくれた。



 やはり彼女、スーラさんは自分の子供(カイ君、6歳)を探していたらしい。いなくなったと分かったのは16時辺り。最後にその子の姿を見たのは、彼女が買い物から帰ってきた時に、自分の部屋で机に突っ伏していたところだそうだ。そして気が付いたらいなくなっていた、と。



「出ていった心当たりは?」


「1つだけ。…最近、カイが妙に深刻そうな顔をしてあることを漏らしていたんです。『僕がお金を稼げば家の生活は楽になるの?』…って。見ての通り、私達の生活は決して裕福ではありませんので。……もしかしたらそれが原因なのでは、と…」


「なるほど…」


 子供は親をよく見ている。だから、親が金に悩めば子供だって金に悩むのだ。

 『子供』と『お金を稼ぐ』という単語を並べて思い浮かぶのは、どれも良いものではない。…気軽に声を掛けてしまったが、もしかしたら本当にかなりヤバイ事件かもしれない。



「でも子供がそんな簡単に金を稼げるところってあるのか?」


「はい…私も、街の中で思い当たる場所に行ったりもしましたが、どこにもいませんでした」


【…あるのは2つの可能性だな。1つ、まだスーラさんが行っていないところにいるか、それとも…】


「外。つまりは堅牢壁の効果が無い場所に行ったか」


 それはほぼ、死を表していると言ってもいいだろう。一応護身術の心得がある普通の一般人でもかなり危険なのに、自分の身を守る術も知らない子供が魔物に出くわせばどうなるかなんて、一目瞭然だ。


「そ、そんな!…いえ、でも……」


「ん、どうした?」


「……前に冒険者である夫が、カイと一緒に薬草採りに行ったことがあるんです。確かカイも換金するところを見ていて、この前夫が今年のあそこは薬草がたくさんあるって言ってて……もし、もし外に出ているとしたら……あぁ!神よ、お助け下さい!」



 ……あれ、ヤバイ。これは予想外のかなりヤバイ状況だ。

 ここからあの薬草大量山までは道が整備されている。だからそこまでで魔物に遭遇する確率は低いだろう。だが問題は山の中だ。仮に、カイ君が出ていったのを軽く見て15時半として、今の時刻は日暮れの少し前、すなわち17時だ。つまりカイ君が山に入って経ったのは、……1時間。魔物の蔓延る山に1時間。無事であるはずがない。途中で冒険者に保護でもされてなければ生きているかもしれないが……



「……いや、そもそもまだ行ったとは決まってない。…スーラさん、良いですか。あなたはいますぐ真っ直ぐギルドに走ってカイ君が来ていないか聞いてから、ギルドに協力を頼んで下さい」


 大分無茶言ってるなぁ、と思いつつ。しかし、もう日暮れは近い。ゆっくりしている暇なんて無い。…そう言えばさっきまで、ずっと暇暇連呼してたんだっけか。まぁそれはどうでもいい。


「で、でも、もしお金を請求されたら…?」


「…そんときゃ俺が払う。だから早く行け!」


 ライが、叫ぶ。周りの眼を集めないためにやや小さめな声だったが、やはり本物の強者の叫びに一般人が異論を唱えることなどできるはずもなく。


「は、はいっ!」


 スーラさんは怯えたように返事をし、ギルドのある方へ走っていく。



 そして私達は、それを最後まで見届けることなく、互いに頷きを交わし、彼女とは間逆の方向へと駆けた。

 最悪の事態を想像するのを否定しながら。




 太陽は、橙の光を残しつつその身を地に沈めようとしていた。

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