ギルドの有効活用
「あー、疲れたー。ライ、後どんくらいー?」
森に、そんな気の抜けたような声が響いた。
上から差す太陽の光が、木々の葉に遮られながらも森の地面に明かりを届ける。涼しげで爽やかな朝特有の森の空気を存分に堪能しながら、俺達は足元の草を掻き分け、森を進む。
「んー?…あー……まぁ、あと少し採ったら終わるぞ?」
俺は背負った籠の中身を確かめて、言った。鼻を刺すような刺激臭と元に、若干の幸福感が頭を満たしていくのを実感する。
そいつは俺の返答を聞いて、再び疑問を返してきた。
「あれ、もうそんないっとった?」
それに答えるのは、彼女の肩に乗った折り紙だ。
【あぁ。どうやら最初の方にラミアが見つけたとこにたくさん生えてたらしいぞ】
「なんと。我ながらよく見つけたね。………お、もういっちょ発見!」
そう言って、摘んだ薬草を俺の背中の籠にポイと笑顔で入れるラミア。その綺麗な笑顔に、あの時見た寂しそうな雰囲気はどこにも見当たらない。
俺はその事実に少しだけ安堵した。…まぁ、あんな暗い顔をしたのは本当にあの時だけで、次の日の朝には既にいつもの調子であったのだが。
……あれ以来、何かとラミアの顔色を窺う毎日が続いてしまっている。
なーんて。
そんなことはおくびにも出さず、俺は話題を掘り出す。
「いやぁ…しかし、意外と『依頼』って難しいんだなー」
【まぁそりゃ、普通の人が出来ないからこそ、こうやって冒険者に頼んでる訳だしなぁ】
『依頼』と言うのは、そのまんまの意味で、冒険者が報酬を対価に依頼されたことをすることである。で、この依頼とやらは大きな町に必ず1個は置かれるギルドとやらで受注できるものだ。
この世界には、魔物がたくさんいる。その為、道の整備などの開拓がされていない土地が多々あるのだ。ここもそのうちの1つで、ここに来るまでの道は途中で途切れており、街で買った地図だけが頼りだった。
確か、この山地には地図に載ることすら無かった小さな村があり、その村はいつの間にか魔物の襲撃に遭い、滅んでいたのだという。その事実が発覚したのは滅んでから、推定1年後。魔法協会の人が発見したらしい。村人の行方は、誰も知らないのだとか。
……まぁそんな感じで、ここも魔物の巣食う絶賛(?)未開拓地なのである。
依頼と言うものは、大体こういうとこの調査やその護衛、あとはそこに生えている食料・薬草系の物をとって来いという内容のものが多い。極稀に、魔物討伐も入ったりはするのだが、それなら護衛を頼んだ方が安全と言うことで、入っているのを見るのは本当に稀らしい。
ちなみに、『らしい』というのは、俺が『依頼』と言うものをこなした回数がまだ少ないからである。
今回の『依頼』の内容は、確か……『キュアリーフ20枚の採取』だったか。このキュアリーフというのは煎じれば、多少の傷ならすぐ治るという『癒しの神薬』となるそうだ。さっき俺が幸福感を覚えたのも、これが原因だ。
「しっかしライが依頼を受けたことが無いのにゃあ、驚いたなぁ…」
やれやれ、とため息をつきながらなぜか跳躍し、木に登るラミア。本人曰く、『こっちの方が見つけやすい』とのこと。………一見どこにでもありそうな10cmくらいの丈の草を、10mくらいの高さから見分けるとか普通あり得ないことなのだが……実際それでアホみたいに見つけているから困る。
「や、一応だけど俺、王族だからな?」
「そやけどさー…。色々と今後の生活が危うくなるとこだったんだからね?」
ギルドの『依頼』を出したり受けたりするには、まずそのギルドに登録する必要がある。それから、『依頼』を出す側は内容と報酬を決め、それをギルドの人間がa~gの7つにランク分けをし(aの方が達成が難しい)、冒険者達がそれを受ける、と言う仕組みだ。
もちろん受ける側にもランクがあり、こちらはA~Gの大文字表記となっている。で、それぞれ対応するアルファベット以下のものでないと『依頼』を受けられないと言うルールも存在する。
で、ランクの異なる2人以上のパーティを組んでいる時は、その平均ランクまでしか受けられないのだとか。
んでもって、俺は今までこんなことをしたことがなかったので、正式にランクを付けるとしたら、もちろん最低のGランク。ラミアは故郷にいた時からやっていたそうで、Eランク。
よって、平均はFである。それに対応するfランクの『依頼』と言えば、畑の草むしりや農作業の手伝いなど『自分でやれ』と言いたくなるような報酬の安い依頼が多いそうだ(gランクは言うまでも無し)。
まぁつまりラミアが言いたいのは、『シャロット王が口利きをせんかったら、金がねーがんなっとったんねーの?』ってことだ (ちなみにこれ、原文のままだ。実際にラミアが言ってた。方言を抑えないとこうなるらしい。……後半何言ってんだか…)。
シャロット王がギルドに手を回してくれたお陰で、俺はFランク。平均は四捨五入ありでギリギリEランクと、やっと本格的な『依頼』を受けれるランクとなった訳である。
「もう。…あ、ライの3m位先!生えとんよ」
「あいあい了解」
まぁ、そんな訳で野草を摘む。本によると、こういう薬草類は大抵1つあったら、周りにももう何本か生えているのが基本だそうだ。少しでも報酬UPの為に探しておく。
ちなみに魔物の警戒は、全方向に視界を持つディバルフがやっている。ラミアの希望で、そういう気配を感知したら、なるべく出会わないように移動して探索しているのだ。
よって、資金集めの為に『依頼』を受けること数回、未だに魔物とまともに交戦したことがない。
魔物から獲れる物の中には、ギルドのランクを上げやすくする為の物もあるのだが、ラミアに『魔物を殺そう』と言うのは、少し抵抗があった。……なんと言うか、言うと再びあの時みたいなことになると俺の勘が囁いたのだった。
「…1、2、3……10……よし、20以上はあるな!今日の『依頼』も終了だ!」
「ほいよー。んじゃ、撤収さね」
こうして、いつもの資金調達の朝は過ぎていく。未だにしっかりとした情報を掴めない俺達を嘲笑うように、過ぎていく。
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「――――キュアリーフ20枚の納品依頼完了です。報酬をお受け取りください」
「はい。ありがとうございまーす」
ギルドの受付の人から報酬を受け取る。ちなみに、この金額は『2人分のパンとスープ付きの1日の宿代』くらいとされる、2000クローである。
まぁ…今の生活、実は結構ギリギリだったりする。
今は旅に出るときに持ってきた金から少しずつ削っているから、今すぐ困ると言うわけでは無いが、これから先が少し心配ではある。最悪、食事がパンとスープだけになってしまうのだ。
別に、『依頼』が1日1回と決まっている訳ではないが、図書館に行って調べものをしたりなんだり、情報収集で色々忙しいのだ。
………いつか、財布の重さが0にならないことを祈る。
そんな感じで、私が今後に少し不安を抱いていると、ライが横から口を挟んできた。
「…で、受付嬢さん。ギルドマスターとの面会許可は?」
「え?……あっ、あぁ、ちゃんと出ましたよ。多分、今は空いていると思いますので、少々お待ちを…」
一瞬だけ狼狽えたが、すぐに気を取り直し、そう言って窓口を閉めた。もしかしなくてもギルド長のところに行ったのだろう。
そんな訳で待つこと暫し。受付嬢は笑みを浮かべ、私達を応接室に案内した。
そこにはギルド長らしき人物が、パイプをふかしてソファーに座っていた。口の周りから生えた揃っていない髭や、決してお世辞にも細いとは言えない体。そこだけを見れば、ただのおっさんだろう。
だが、彼が発する歴戦の武人独特のオーラとでも言おうか。そんな感じの、包み込むような柔らかさと切り裂くような鋭さを合わせ持った、いかにも強者の気配が彼にはあった。
「初めまして、この街のギルド長を務めさせていただいてるシアメだ。君達は確か、王の紹介を受けた……」
「えぇ。ライ・シーレンスと……」
「ラミア・アスールフォーゲと、折り紙のディバルフです」
【どうも】
私の言葉に合わせて、ディバルフがお辞儀をする。
ギルド長はそれを見て、少し驚いた顔をした。まぁ、普通の反応だ。動くだけならともかく、喋らせることの出来る折り紙など、地球上のどこを探してもディバルフだけだろうから。
「なんと…折り紙つき勇者の噂は本当だったのか……」
「…その噂、出回ってるんですか?」
折り紙好きとしてその名前はとても嬉しいのだが、やはり『勇者』と言うとこが…少し、危ない。
まぁ確かに、いろんな所に『勇者』を名乗る者や、称えられる者はいる。この称号みたいなものだって、私が街の中では強かった方だから付けられたものだ。だから、彼らに本当の勇者だって知られている訳ではない。
だが噂の効果と言うのは恐ろしい。昔、ヒュドールマーレル大陸の国では、当時の王がシエラブル大陸のとある重要人物の暗殺を計画していると言う、物騒な噂が一時期流れた。結局、これの真偽は分からずじまいだったらしいのだが、これによりヒュドールマーレルの王は失墜することとなる。
噂の恐ろしさを知らされた出来事であった。
「いや、そんな険しい顔をしなさんな。ここはギルドだからな。旅人と噂がよく集まるだけだよ。それこそ、グラウンドラインのものだってね」
「それならいいですけど……」
そんな私の言葉を、ギルド長は鷹を思わせる目を細め、ふむふむと頷いて考え込んでから言った。
「で、君達がその、…“本物”なのかね?」
【さて、どうだろう。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない】
「ははっ。滅多に無い国王からの紹介。明らかに只者ではない身のこなし。そして(一応他称だが)勇者の称号とくれば、いくらこんな若僧であったとしても、それしかありえんだろう」
「まぁ、そうなりますよねー」
今回私達がギルド長に直接会ったのは、もちろんセシリアの情報を探すため。
ギルドと言うのは冒険者にとって、確実に約束された報酬を得られる、言わば生命線だ。しかも、ギルドは金さえ払えば冒険者でなくとも登録できる。よって、普通に職を持つ者でも小遣い稼ぎにここに集まったりするのだ。
………まぁ何が言いたいかというと、ギルドは情報がよく集まると言うこと。
「と言うことで、鳶色の髪の『セシリア・フローマー』って奴を探してるんだ。協力してくれないか?」
「……成る程、そういうことか…。そいつが3人目の勇者と」
「あー、ノーコメントで。…まぁ、そいつがこの大陸にいることだけは確かなんだ。ギルドの繋がりを利用して、その辺の情報をどうにか集めてくれると嬉しいんだが…」
「そうか……」
再び目を閉じて、じっくりと考え込むギルド長。…どうやらここでも勇者に関する情報は出し渋るようだ。王もギルドも、なぜ他の大陸の勇者に情報を開示しないのだろうか? 魔王を倒してほしいと望むのなら、教えてくれてもいいと思うのだが。
…もしかして、国同士の関係って案外悪かったり……?
長い、沈黙の後。何かを諦めたように、ギルド長は言った。
「……まぁ、いい。情報を与えるだけならお咎めも来んだろう」
「…少し気になる所もありますが、尋ねないでおきましょうか」
主に『お咎め』の所。聞きたいけど明らかに聞いちゃ、やばそうな雰囲気たっぷりだ。
「うむ。そうしてくれると助かる。あとは、そうだな……ギルドはだいたい3日ごとにそれぞれ連絡をとっている。で、明日がその日だ」
「えーと。つまりは……4日後に来い、と?」
「うむ。話が早くて助かる」
「ありがとうございます。ご協力、感謝しますよ」
そうして、握手が、交わされた。
登場人物
1.ロッソのギルド長、シアメ