勇者の情報
「ただいまー」
「お帰り、ラミア。ちゃんと王様に挨拶できた?途中でこけたりしなかった?」
「……ん、心配するポイントがおかしくない?」
城下町から外に出て10分程の所にある、名前も無いほど小さな農村。その一番奥の家こそ、我が愛しきマイホームである。
漂うのは甘い香り。恐らくクッキーだろうが、まぁ何でもいい。母の作るお菓子はどれも美味しいのだ。
「おかしいもなにも、あなたが少し抜けてるから、皆の前で恥をかいていないか心配しただけよ?」
【まぁ、心配するのも無理は無いかもな】
「ええ!? なんでディバルフまで」
長い首を縦に振って頷くディバルフ。くそぅ、団扇で扇いでやろうか。きっと紙だから、簡単に吹き飛ぶだろう。
そりゃ、私のこける理由は『自分の足に引っ掛かった』とか『自分の靴紐を踏んだ』とか『何も無いところで躓いた』とか色々あるけども、抜けてはいない、はずだ。多分、きっと。
【いや、その時点で駄目だから】
「ぐはっ」
容赦の無い言葉が胸に刺さる。が、その辺治しようがないんだから仕方ないと私は思うんだ。
「ま、ラミアがドジかはさて置いて。ちゃんと手を洗いなさいよ?」
「置いといちゃ駄目だと思うけど…いいや。あともう子供じゃないんだから、言われなくてもやるって」
そんなやり取りをしていると、胸がチクリと痛んだ。これからしばらくは、こんな会話も交わせないと思うと、寂しい。
この世界の移動手段は結構少なく、一般的なのは大陸鉄道や馬や徒歩くらいだ。つまり、一度旅に出ると中々戻って来られないのである。加え、魔王討伐という難題ともいうべきにものに挑戦するのだ。下手をすれば、もうここに帰って来ることは無いかもしれない。
旅が嫌な訳ではない。むしろ、自分の持つ力を他人の為に使えるのは喜ばしいことであり、単純に楽しそうでもある。
が、日常から離れるのには確かに恐怖もあった。
「はい、タオルここに置いてくわね。…ってどうしたの?」
「あ」
どうやら考え事をしている内に手が止まっていたらしい。流れっぱなしになっている水に気付く。
「ううん。何でもないよ、お母さん」
今更こんなことを考えても仕方ない。これが最後にならないように、私は強くなると決めたのだ。
後はそれを実行するだけ。
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「よっ、とっ、ととっ、うおっ」
【…全く。少しは部屋を片付けようとか、思わないのか?】
「だって、片付けたらどこにしまったか分かんなくなるじゃんね? これでも調和がとれているのですよ、はい」
【片付けられない人がよく言うヤツだぞ、それ】
私は、自分の部屋で格闘していた。相手は床に散らばるゴミ(主に折り紙の失敗作)達。
そう、現在私は足で床に散らばる折り紙を退かしながら、足の踏み場を作ってるのだ。
残念ながら机は部屋の一番奥にあるため、そこに母のお菓子を載せたお盆を置くにはまだ時間が掛かりそうだった。ちなみに、両手は盆で塞がっていて使用不可である。
ディバルフは私の肩に乗っかっていて不安定だったのか、自らの翼で羽ばたいて机に着地した。…あの小さな紙の翼で飛べるのか。
「ずるい」
【せっかくあるんだから使わないと、紙が泣くぜ。というか、今日出発しないのか?】
「そだね。今日は準備だけだから。急いだって意味はないよ」
【ふーん。第一の目的地は?】
ディバルフの質問に私は足を動かし続けながら、少し考えて言った。
「うーん、とりあえず勇者集めだね。風の噂によると、勇者ライがこの大陸のどこかにいるらしいんだ。やから、ライからかね」
思い浮かぶのは金髪のツンツン頭で眩い太陽のように笑う6歳の子供だった。名前はライ・シーレンス。タークリングの勇者である。剣玉が好きだと言ってた気がする。
実は私達勇者4人は、6歳位の時に一回だけ顔を合わせたことがあった。だからその時の顔は覚えている。…その顔しか知らないとも言えるが。
「…何と言うか、前途多難だなぁ」
【今更過ぎる感想だな、おい】
勇者同士の面識不足だし、国からの支援も不足。そして魔王の情報すら無いという三重苦。
……改めて考えると足りないものが多過ぎて泣けてくる。こんな状態で、何か色々大丈夫だろうか。
__と、そんな風に考え事をしていると。
「ぬうぉあー⁉︎」
すっ転んだ。紙で滑ったらしい。お菓子のお盆は何とかひっくり返さずに済んだものの、意識をそっちに傾けたせいで私自身は紙の山へダイブ。その音を形容するなら、すってんころりんと言うよりかは、“ズドシャァ”といったものに近い。
…我ながら、女気一つもない転び方である。どうせディバルフしかいないからどうでもいいが。
【あーあー、それだから抜けてるって言われんだ。おい、大丈夫か?】
まぁ、うん。今日は、顔が変わってないことを祈って、明日に備えよう。そうしよう。
登場人物
3.ラミアの母マイユ