決着も折り紙で
拳が、打ち鳴らされる。
3本の腕と、4本の脚がぶつかる。
私は、その光景をただただ見ているしかなかった。
本音としては、援護の魔法を撃ちたいが、あのレベルの勝負の中に撃つとなると、かわされる可能性………いや、味方に被弾する危険性の方が高い。
それほどまでに、彼らの動きは通常からかけ離れていたのだ。
ライとヨルクの決着が付いてから数分、次はライとシャロットの勝負が始まっていた。
お互い素手同士、私の目が追い付かなくなるか、ならないかギリギリのスピードで削りあっている。
繰り出される激しい攻撃を、拳で受け止め、腕で防ぎ、脚で弾き、頭で反撃し。
「全く介入できん……!」
互いの位置が入れ替わり立ち代わり。速すぎて、こいつら本当に人間か分からない。
………てか、シャロットもライも最初はちゃんと武器持ってたよね?何で素手での方が強いんだよ……
それよりも、シャロット。片腕斬ったはずなのに何でピンピンしてるのか聞きたい。だいぶ血が流れて………る訳じゃないな。あの後すぐに止血の魔法を唱えていたか。
ド素人から見れば、何がなんやらの状態なのだが、それなりに武道をたしなんだことのある者ならじっくり観察すれば、大体何が起こっているのかくらいは分かる。様々な格闘技を混ぜ合わせて戦っているのだ。
………もっとも、分かっていたとしても、参加などできるはずもないが。
………いや、本当のことを言えば、『やれない』のではなく、『やりたくない』だけだ。
例えば。もし私が今、致死レベルの魔法を2人に向けて発射したとしたら、2人は死ぬ。…で、私が残る。よって、その場合は私達勇者側の勝ちだ。
だが、私は共に戦う者を死に巻き込んでまでして、勝ちたくない。これは決闘だからどうせ生き返る、などと言って命を軽く扱うようにはなりたくない。
例え、私がこれからたくさんの命を斬り捨てていくとしても、だ。
しかし、まぁ、このままやらせておく訳にもいかないのも確か。
策がない訳でもない。
ただ、上手くいくかも自信がないし、下手すればライも巻き込んでしまう。
「…でも、やるしかない」
…私は少し震える腕を2人に向けて唱えた。
「ごめん……『召喚“紙”』!」
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その魔法がもたらした変化は、1つだけだった。それは、15cmサイズの折り紙の出現。
それだけを聞くと、それだけ?と思うかもしれない。しかし………そう、本当にただそれだけなのだ。
この魔法の正体。それは、ラミアの持つ折り紙を1枚だけお取り寄せ出来るという、物凄くどうでもいい魔法だ。
しかし、である。
彼女の取り寄せた紙は、周りも見ずに戦っていたはずの、2人の動きを完璧に止めていた。
それはなぜか?それは、簡単な話だ。
2人が互いの拳をぶつけんとしていた時、魔法の文字で『爆』と大きく書かれた紙が2人の真ん中に現れたのだ。
いかにも怪しげな雰囲気を出す『それ』を気にせず、拳を振り抜く方がおかしいと言えた。
「………これは紙…?」
シャロットが疑問の声を上げた。ライから離れ、ラミアも見えるように、飛び退きながら。
それに答えるのは、悪戯が成功した時の子供のような笑みを浮かべたラミアだ。
「まぁ、そだね。これは1枚1枚お手製の爆発折り紙。外から衝撃を加えられたりしたら爆発する。対象は選べないのが難点だね」
「へー、そんな魔法があるんだ……って、俺下手すれば巻き込まれてたじゃねぇかよ……」
「いや、王もライも (多分) 反応できるって思ってたよ?」
そして、彼女は一旦そこで言葉を切り。
それから付け足すように言った。
「…あ、あと、ライはこのまま動いちゃだめだよ」
「へ?」
なんで、と。その疑問は、尋ねる前に……つまりは次の瞬間、すぐに知ることとなる。
「『一斉召喚“紙”』」
現れるのは、やはり爆の文字が入った折り紙。
しかし、違うのは、その量。
「…これは……なんと…」
シャロットが呟きを漏らした。その成分は、恐怖3割に驚き5割、呆れが2割と言ったところか。
王の間一杯に、尋常じゃないほどたくさんの紙が浮いていた。…それこそ、少し動けばすぐに当たってしまいそうなほどに。
色とりどりな折り紙が、魔法効果の付属された物特有の淡い光を発して、宙に静止している様はとても幻想的であるとシャロットは思ったが、それ以上に。
こんなにもたくさんの物を一斉に呼び出せるラミアの才に驚愕していた。
「さて、シャロット。風の魔法を使った私を見ている貴方なら分かると思うけど、私は簡単に風を起こせる。……この状況、王ならよく分かるよね?」
「はは、そうですね………参りました、降参です……」
言葉と同時、視界が白く染まった。
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気がつけば、全てが元に戻っていた。私やライの傷も、シャロットの腕も、全て。
「お?……あー…その様子だと勝ったのはあんたらのようだな。勝者は敗者に何か命令出来るが?」
「んー…まぁいいかな」
ヨルクの問いに私が短く答える。
強いて言うならセシリアの情報が欲しいが、恐らくそれを言うには色々な国同士の面倒な『お約束』があるのだろうから、言わせる訳にもいかない。…全く、魔王を倒しに行けと命令を出しておきながら、なぜ持っている情報を渡さないのだろうか。倒してほしいのかほしくないのか、どっちなんだろう。
そんなことを考えていると、王が感心したように尋ねてきた。
「しかし本当にラミアさんの使える魔法何種類あるんですか?色々たくさん使ってましたが…」
「えーっと……去年協会に報告したときで…23個、かな?」
「多っ!?」
そう、私が魔法を使える数は年齢の割に多いらしい。
毎年我が家に調査に来る“魔法使い”の男(49)が覚えていた魔法の数を聞いたところ、10種類くらいだと言っていたのを覚えている。あと、普通は魔法使いでも一生掛けてそれぐらいだ、とも言っていた。つまり、16歳にしちゃ魔法を覚えすぎだということ。
別に多いからといって早死にするとかそういうことは無いから関係ないのだが。…いや……無い、よね…?
まぁ、そんな感じで色々会話をしていたのだが、その時にはもう、最初に感じていた緊張などはなかった。…こんなフレンドリーな王もいるんだなー、なんて思ってたり。
「では最後に私から1つ」
別れ際、シャロットがそんなことを言った。
「彼女…セシリアさんは、今確実にこの大陸にいます」
「シャロット!?」
【………いいのか?】
驚いたようなヨルクをおいて、ディバルフが静かに尋ねる。それは、どちらかと言うと王の方を心配した言葉だった。
王はそれを笑ってはぐらかす。
「さて、何のことでしょう?」
…王が何を想ったのか分からないが、取り合えず大事な情報をゲットである。