特殊能力と決着
灰色の世界。それは、たった1つを除いた全てのものから、一瞬一瞬を彩る色彩が抜けきったかのような感じだった。
動かせなかった。彼自身の体だと言うのに。いくら動かそうとしても、ただの1mmも動けない。まるで見えない大きな力に押さえ込まれるかのような感じだ。
動かない視界の中、見える範囲で見渡せば、周りの景色も全く動いていなかった。彼の周りをくるくると浮遊していた妖衛星も、宙を舞い踊っていた煙も、槍を持って走っているヨルクも、ハンマーを振り回して赤い玉をそこかしこに飛ばしていたライでさえもだ。
―――なんだこれは?
その疑問だけがぐるぐると頭を渦巻く。思考がうまく纏まらない。
突然、指の1本たりとも動かせなくなったのだ。王のそれくらいの混乱は当然と言えた。むしろ、すぐに落ち着きを取り戻したことを褒めるべきだろう。
(現状は分からないが……取り合えず、まず魔法であることは確定、か)
彼は王として一般人よりも色々なことを知っていたが、こんな状況を経験はおろか、聞いたこともなかった。
突然自分の意思に関わらず動けなくなると言うのは、自然に起こるものなどではないのだけは確か。あまりにも非現実的すぎる。
その非現実を現実に変えるのが魔法である訳だから、その答えに行き着いたのだ。
次に。魔法だと仮定して考えると、その効果が気になる。一番最初に思い付くのは時を止めるということだが、これはない。なぜなら、こうして考えていられるからだ。つまり、脳が動いているということ。動かないのは、体だけ。
と言うことは、体の動きを止める魔法だということだろう。
魔法の分類は恐らく、使える者は意外といるが成功率がかなり低いとされる、『世界干渉系』。火の玉を生み出すような、発生が不可思議なものではなく、時を操る、不死になるなどと言った起こること自体が不可思議な現象が、それに分類される。人の体を意思に関わらず、動けなくすると言うのもそれに入ると予想したのだ。
これだけ高い条件の中、成功させることが出来たのは偶然か、はたまた必然か。偶然ならそれでもいいが…………必然だったとしたら。よっほど強力な魔力を使える者しかできない業だ。
その魔法の術者はと言うと、考える必要もない。
………なぜなら、それは唯“一”、色が落ちていない…灰色ではない者で。
それは………無言で剣を片手にこちらに駆け寄ってくるラミアと、その肩に乗る白紙で出来たようなドラゴンの“二人”だった。
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「……やったね、成功だ」
抜け落ちた色の中、動かない煙の姿を見て私は呟く。
その言葉に反応するのは…否、反応できるのはディバルフだけだ。
【ったり前だろ?俺がそれなりに頑張ったんだから】
ディバルフは、時を止めることが出来る。……いや、時を止めるという表現はあまり正しくないかもしれない。
言い直そう。
ディバルフは、『ものの動きを止める』ことが出来るのだ。
これだけを聞くと、全ての者が『それなら最初に使えよ!』と思うかもしれない。だが現実は非情である。この魔法…と言うか能力は、そう簡単にホイホイ使えるものではない。発動条件がべらぼーに高いのだ。
まず、行使者の魔力が存分にあること。この能力は、効果の分だけ魔力が使われる。だからこそ、これが使えるのは2日に1回くらい。2連発しようもんなら、能力の反動に耐えられずディバルフの紙がビリビリに破れていくことだろう。人間だったら……血管が破裂するとか?などという、かなり危険なものなのだ。
次。心に余裕があること。これは、まぁ要するに無駄な感情――それは例えば恐怖だとかだ――を捨てて魔法に集中すること。だから剣で打ち合いしてる時などは、自分を殺そうとする武器が近くにあることへの恐怖により、魔法は発動できない。まあ、遠くにいても殺そうとする武器は近付いて来るのだが、その辺は私への信頼と言うことで恐怖をも無視して集中しているらしい。全く、大したもんだ。
【……でもさ、これもし俺が使ったらルール違反っていう扱いになってた可能性もあったよな?】
「…あ……」
【…………その今気付いたみたいな顔止めろ。なんか悲しくなる】
…うん。やー、気付かなかったよ。危ない危ない。この作戦、下手したら電撃コースまっしぐらだった。
私の立てた仮定。それは、ディバルフが『この場のモノ』でも『ここにいるヒト』でもないのなら、『私の所持品』として認識されているのでは?と言うものだった。
所持品として扱われているのならば、所持品が能力を発揮しても問題はないだろうと考えたのだ。
この事に気が付いたのはシャロットと打ち合いをしていて、なんとなしに剣の柄を見た時。柄には、保護魔法が掛かっていなかった。見れば、私の鎧も、シャロットの鎖帷子もそのまんまであったために、もしやこれは……、と言う自分で考えても短絡なものだったが、正解で合っていたようだ。
と言うか、これが不正解だったら決闘魔法に引っ掛かって罰則の電撃が来ていたに違いない。いやー、ホントに危ないとこだったなぁ。うんうん。
【ま、何にせよ早く行動しろよ。止めてられんの、後10秒だけだぜ?】
「っと、そうだね。10秒もありゃ余裕のよっちゃんさ!」
そう言って走り出す。煙の横を通り、見えたのはシャロット。先にヨルクを潰しても良かったのだが、取り合えずあの魔法は危険すぎる。
魔法で生成されたのは、大量の魔法弾を武器とするあの衛星なのだ。それはすなわち、衛星から打ち出される火炎弾は一回の魔法で何回も発射できる、と言うこと。処理だけに労力と時間を割いていては、この勝負には勝てない。だから魔法解除を狙う。
魔法解除する方法というのは基本的に4つある。1つ、術者が自ら魔法の使用を止める方法。2つ、別の者が別の魔法及び物理にて攻撃し、“対抗”をすることで相殺する方法。3つ、魔法の効果時間に切れるまで待つ方法。……そして4つ、…術者を、殺す方法。
まぁ、私がやりたいのは2つ目の『魔法を真正面から叩き落とす』と言うやり方。具体的に言うなら、あの神器を壊すこと。
心配なのは、もし私が出す攻撃で、神器が壊れなかった場合。いくらレプリカとは言え、神器は神器。それなりに切れ味が良いだけのこの剣では壊せない可能性もある。動きを止めさせて高いリスクを掛けておきながら、収穫無しと言うのは、かなり痛い。
【さぁて、そろそろ時間だ。…5……4……3…】
丁度、動き出す時に斬れるようにスピード調整をしながら、駆ける。魔法が解ける前に斬ってしまわないように。なぜなら、動きを留めている間は私は留めているものを斬れないというルールがあるから。
しかし、動きを留めている間も彼らの思考は動けている。止めているだけ、状況を理解する時間が与えられているのだ。動き始める時間ぴったりに攻撃しなければ避けられてしまう。
だから、慎重かつ大胆に。スピードは押さえながらも、殺さないように。シャロットと、衛星に近付いていき。
そして……
【そして時は……なんつってな】
色が、世界に還っていった。
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それは、この決闘の中で一番濃い時間だっただろう。それもそのはず。1分近くもの時間、状況を理解して戦略を考える時間を与えられたのだ。魔法解除された後は、動いた者勝ちの世界となる。
まず最初は、先程の時間を支配していたラミア。ラミアは時が動き出すその時、左手で突きの構えを取って剣先を妖衛星に突きつけていた。いや、その表現は正しくないか。
言い直すとしたら、動き出すその時は、本当に走って来るスピードを生かして突こうとする、ほんの一瞬手前だった。衛星と剣の間は、1mmさえ無かっただろう。
その状態から丁度図ったかのように魔法解除の時間が来れば。どうなるかは、言うまでもない。
キ、イィィイン、と。
響くは、金属音。衛星と剣同士の力がぶつけ合い、削り合い。しかしそれはシャロットが行動を起こす前に崩れ。つまり、一瞬にすら満たない時間の中で終わりを告げたのだ。
―――ピシリ、と。
そんな音を立ててひびが入ったのは、妖衛星の方。そのひびは瞬く間に広り、衛星全体を覆った所で、魔法解除。
取り合えずはこれで一安心。
が、ラミアは一息つくのも惜しみ、そのままの流れで剣を持っていなかった右手をかざした。
その先にいるのは、自分から魔法解除しなかった際にのみ出来てしまう隙のために、未だ固まっているシャロットの姿。
そして。
「『風の刃』!」
風が、『それ』を切り裂き。『それ』はスローモーションを見ているかのように、ゆっくりと。くるくる、くるくると、宙を舞い。
ラミアは、『右手の形をしたそれ』を視界に収め、もう1度魔法を唱える。それは、炎を生み出す、初歩的な魔法。
「『火鳥』!」
手乗りサイズの小さな火の鳥達がシャロットの腕だったものに殺到し、燃やし尽くした。
これで、回復魔法による回復も不可能に。片腕は完全に使えなくなった。
そして続けてその火の鳥を操り、シャロットに向かわせる。しかし彼は、腕が飛んだ痛みのことなど気にしていないかのように、恐ろしい程に真っ直ぐこちらをじっと見据えていた。
「…『戦神の腕』」
片手で持つには重すぎる大剣を捨てて、わずかに黒い光を放つ左腕を一払い。たったそれだけの動作で、ラミアの出した4、5羽の火の鳥は霞となって消えていった。
ラミアがシャロットの腕を狙った理由。それは、1つ、出血による身体能力の低下を狙うため。2つ、無理に心臓を貫こうとして攻撃を避けられるよりは、少しでもダメージを与えておくため。3つ、体の一部を失わせることで、バランス感覚を狂わせるため。
しかしこれの内、3番目は失敗したとも言っていい。
なぜなら。
彼女は、知らなかったからだ。
「それだけですか?…次はこちらから行きますよ!」
彼が、王として強くあるために、決闘魔法を用いてあらゆる戦闘法を、試していたことを。
それこそ、腕を失ったときの戦い方も。
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一方ライとヨルクの方は、実はもう既に決着がついていた。試合は動いたのは、魔法解除された時。
そこまで時間は遡る。
「ん?…あぁくっそ、ラミアの奴、何だよあの技は!」
自分の知らない技に混乱と少しの憧れを抱きながら、同時に生まれた嫉妬心を乗せて、ライは追い掛けて来ていた未処理の火炎弾めがけて全力でふっ飛ばした。
赤い玉ではなく、けん玉本体を、だが。
「……は?」
呆然としたヨルクの声を置き去りにして。
ドッカーン、と。
けん玉と弾が当たり、ギャグじみた派手な音を立てて爆発した。
適当に投げられたように見えたけん玉は、しかし追い掛けて来ていた火炎弾を全て爆発に巻き込み、“対抗”。やがて弾を魔法解除させた。
「しっかしなぁ……武器を手放したらどうにもならんぞ?」
ヨルクの言うことは実に最もである。戦いにおいて、武器を失った者はただの素人同然。相手がまだ武器を掴んでいると言うのに、自分から投げ捨ててしまうなど、全くもって狂気の沙汰だ。
だが。
「ん?…いつからこれが俺の武器だと思ってたんだ?」
ライはそんなこと関係無いとばかりに、余裕のある笑みで返す。その両手は、閉じたり開いたりを繰り返し。
まだ何か隠しているのか?とヨルクが疑問に思った瞬間。
ライが、ヨルクの視界から消えた。
ハンマーを持っていた時よりも、明らかに速いスピードで。
「はぁっ!?まだ速くな…っ!」
ライの本当の強さは、武器を一切持たない素手の時にこそ、現れる。
それはすなわち、己の体のみの力を最大限に生かした戦法。武器を持たないからと言って侮ることなかれ。彼は拳・肘・足など、ありとあらゆる所にいともたやすく人を吹き飛ばす力を持っているのだ。いや、持っていると言うよりは『溜めることができる』というのが正しいか。
轟と、音を立ててヨルクの耳を掠めて通る攻撃。もはやそのパンチは常人のそれではない。
どこまでも、速く。重く。巧く。
元々、槍やレーザー攻撃など遠距離に向いた戦い方をしているヨルクだ。まあ接近戦での心得がないとは言わないが、やはりそれでは本格的なものに敵うはずもなく。
足払いを避けたところに来た鳩尾狙いの肘打ちがヒット。
呼吸が止まったその一瞬で。ヨルクのこめかみにライの強烈な回し蹴りが華麗に決まり。
「ぐぁ…くっそ……また、かよ…」
それが、最期の言葉となった。
――――ヨルク、気絶により脱落。
――――残るは、勇者組2人と血飛沫を上げて戦うシャロットの、3人。
―――戦いは、まだ続く。
うーん、グダグダだぁ…