決闘開始
「では、2対2の通常決闘でよろしいですね?」
「おう!」
「……色々言いたいことはあるけど、まぁいいんじゃないですかね」
「…全ては王が在るままに」
【また俺は人に入らないんすね、分かります】
王は自らの衛兵と私達勇者にそう確認すると、両腕を前に突き出して魔法を唱え始めた。
「行きますよ……『地環戦平海空、6つの大地に眠る神々よ。我らは合意の上、我を通す為に正々堂々と、真っ向からぶつかり合うことを誓う。この聖なる戦いに祝福があらんことを』!」
シャロットが一句一句を告げるたびに、壁や柱に透明な保護魔法が掛けられていく。そして、最後の句を言い終わる頃には、王座の間全面がテッカテカに光っていた。
決闘系魔法『開始宣言』。王家の者の中でも、魔法を扱える一部の者のみにしか使えないと言われるその魔法。その効果は、決闘に合意した者のいる周りの空間の全てに保護魔法を掛ける、というもの。ちなみにこの魔法で作り出された防護壁は、30人の魔法使いに一斉に攻撃させても壊れなかった程だとか。…どんだけ強いんだよと言いたい。他にも、どんな怪我をしていても決闘後には全て元通りになったり(最悪首チョッキンされていても、首が引っ付く。もはやホラーであろう)、決闘の勝者は敗者に強制力のある命令を1つだけ聞かせれたり、決闘の勝敗に関する審判してくれたりと、色々馬鹿げた万能さの魔法なのだ。
「これで準備は整いました。始めてもよろしいでしょうか?」
「あ、ちょい作戦タイムで」
「分かりました。終わったら言ってくださいね」
うむ、問答無用じゃなくて作戦タイムはOKしてくれるところが優しいね。どうせならその優しさを無理矢理戦闘に持ち込む癖の方に向けてほしいけど!
そう思いながら少しだけため息をついて、ライの方を見た。
「はい。じゃー、どんな作戦で行きますかねー」
【気のない言い方だな…】
「まぁまぁ。取り合えず、俺達はお互いのことを知らない訳だから、1対1に持ち込んでみての様子見でいいんじゃないか?」
「だね」
さすがに命を失う危機が無いとしても、背中を預けるには互いのことを知らなさ過ぎて共倒れする可能性が高い。だから、相手の実力も知れて相方のことも知れる1対1案は妥当だと言えるだろう。
敵を知り己を知れば百戦危うからず。敵を知るだけでなく、己のペアのことも知らなければ、勝つことはできないのだ。
「てか私、ライの武器さえ見たことないんだけど」
「あ、そういやそうだな。ほいこれ、俺の武器」
そう言ってライが私に見せたのは―――
【…えーっと、これ…けん玉か?】
「そ。剣玉ハンマー」
―――大きなけん玉だった。
全長1.5mほどの円錐に、巨大なすり鉢を串刺しにしたような感じ、とでも言えばいいのだろうか。360度どこからどう見ても、けん玉である。
あ、但しあの赤い玉は付いていない。…この大きさに合う玉だとめちゃくちゃ大きな玉でないといけないので、あったらあったで大変そうだが。
「てか、ハンマーって言うことは、それで殴り付けるって認識でいいの?」
「うーん、まぁ大体そんな感じだな。ここで刺すことも出来るが」
そう指をさすのは、けん先だ。確かに針のように尖っていてチクチク刺せそうな気もする。まぁ見る限り、いかにも皿のある胴の部分が、刺す時に邪魔になりそうなデザインなので、メインは叩く専門だろう。
「あと見えてると思うけど、私のはこの剣ね」
【んでもって、あの2人は剣と槍、か】
ディバルフが後ろを振り向くことなく言う。折り紙には目が無いから、もの特有の空間把握方法をしているらしく、顔を向けないでも背後の情報を読み取れるらしい。折り紙こわい!
……じゃなくて。
「んー、剣はともかく、槍はちょっと長さとして不利かなぁ」
「んー?そうだな。………ま、でも俺のこいつも伸ばそうと思えばあの槍くらいは伸びるぞ?」
さらりと、小さな声で怖いことを言うライ。
何なんやその高性能ハンマーは。リーチを伸ばせるなんて、敵からしたら怖すぎる。しかもこの武器、伸びることなんて想像できないほど柄がつるっつるなのだ。いきなり伸びたりしたら心臓に悪いだろう。
ライの言う『あの槍』の大きさを知っておきたかったので、何気なく後ろを振り向くと、ヨルクさんと、さっき私を叩き割ろうとした大剣を肩に担ぎ上げたシャロット王が見えた。
てか王その格好、迫力物凄いです。神話生物っぽい。そして槍は…っと、やっぱ結構長いね。ライのこのハンマーもあれくらい伸びると考えると………うん。もはや脅威しかないだろう。
それはひとまず置いといて、どうやらあっちもあっちで喋っているらしい。声はよく聞こえないが、『こうやって勝手に人を巻き込むのは何回目ですかね』みたいな感じでヨルクさんの口が動いていた。少し非難めいた言い方だったが、顔は『全く、この人は仕方ない』と言わんばかりの諦めの顔だった。
一方王はと言うと『いつもすみません。が、中々強そうに見えましたので、つい』などと言っている。つい、ってなんだと聞きたい。
…それにしても“いつも”と言うことは、決闘のたびにヨルクさんは巻き込まれているのか。ご愁傷さまである。
………って、あれ?もしかしてヨルクさんがここまで付いて来た理由って、そのためだったりするのだろうか?
………うん、恐らくそうだろう。その方が、ここに王以外の人が居なかったことも、王の間に入る時に剣を没収されなかったことも、兵士がなんか可哀想なものを見る目で私達を見ていたのも、納得できる(したくないが)。…つまり王は最初からやる気だった、と。
「はぁ。なんか…他の王より若いと思ってたけど……王は若くても、やっぱ王様なんだね」
「ん?どういうことだ?……まぁいいや。じゃ、俺はヨルクとやらの相手を頑張ってみるから」
ラミアは王の相手を頑張れよー、と。
笑顔で軽く告げるライも、やる気を漲らせていた。
王と対面する前も緊張してなかったことといい、このやる気といい、この人もやはり王子様なのだろう。
しかし、今改めて考えると本当に流れが変すぎる。おかしいな…私達って王様に挨拶しに来たはずなのに、なんで王様と戦おうとしてんのだろうか?全くもって謎である。
…まぁ、ぐだぐだ言っても王の命令だし、回避はできない。勝つ必要はないが、変に手を抜くと決闘系魔法に引っ掛かってしまう(ちなみに、それに引っ掛かると電撃が飛んでくる。めちゃくちゃ痛いらしい)。取り合えず、頑張るしか無事に帰れる方法はない。
「ええと、よろしいでしょうか?」
「あー、うん。いいよ」
王の我が儘に付き合っている内は、こっちも好き勝手やって問題ないだろうと言うことで、敢えて敬語は使わなかった。
王は私のその態度に少しだけ驚いたが、すぐに了解したと言わんばかりの微笑みを見せた。やはりここの察しの良さも、まさに王である。
「では……」
緊張感の漂う沈黙。今か今かと、何だかんだで戦いに飢えた4匹の獣が動く時を待ちわびていた。
―――そして。
『始め!』
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その魔法によって発された言葉がそこにいる全員の鼓膜を揺らすと同時、動いたのはライだった。
人には、反応の限界と言うものがある。
例えば今の場合、『始め』という音を耳が得て聴神経を通って脳に達し、そこから反応しろと言う命令を体が実行するには当然のこと時間がいる。
そして、どれだけ頑張ってその時間を縮めようとしても、限界は0.1秒だと言われている。
されど、ライの場合、明らかにその限界を越えていた。もちろん、正確に時間を計っていた訳ではない。しかし、あまりにも速すぎて、始まりの合図が来るのを元から知っていたかのように見える程、ライのそれは異常だった。
(えぇ!?速っ!)
ライはラミアの驚きを無視し、無言のままその場でハンマーを振るった。その場で振るっているため、もちろんハンマーの攻撃範囲に敵はいない。
せっかく誰かが反応する前に動けたのにも関わらず、全く意味のない攻撃をした。普通は、そうなるだろう。
そう…この剣玉ハンマーが『普通』のハンマーであったなら、の話だが。
ガッコーン、と。
言い表すとしたら、それが最適だろう。どこから出したのか、このけん玉の大きさに合う赤い玉が急にけん玉の前に出現し、そんな気味の良い大きな音を立ててライがそれをぶっ飛ばしたのである。弾丸並みの速度で。
その射線上にいるのは、シャロットだ。
赤い玉が爆散し、巻き起こるのは砂埃。一見するとヒットしたようにも見えたのだが、シャロットが大剣でその赤い玉を打ち落とす所を、ラミアはしっかりと目撃していた。
馬鹿げた速度で打ち出すライもライだが、ぶつかる寸前の距離で即効叩き落とすシャロットも馬鹿げている。……まぁ、これならギリギリ捌けるかな、などと考えているラミアも同類ではあるのだが。
「…やはり、勇者と言うだけあって強いのですね」
「お褒めに預かりまして、っと!」
そんな一般人から逸脱した事を考えながらもラミアは追撃をする。肩、腕、心臓、それと脛を狙った蹴り。考えるよりも前に、自らの勘で狙う場所を瞬時に定め、剣と足を使って入れていく。
当たろうが当たるまいが関係無い。相手は大剣なのだ。まともにやりあったら負けるに決まっている。よって、この軽い剣だからこその手数で攻めていく。逸般人ながらも、戦闘に関して考えていることは結構まともだった。まぁ考えていると言うより、『何となく』理解していたと言うべきか。
勘という意味では、ライよりラミアの方が凄いと言えるだろう。
そしてその判断は合っていた。そもそも、考える必要がないのだから、考える必要のある防御側より当然行動が早くなる。
結果、防ぐ側が大剣と言うことで今のところは安定しているものの、シャロットは若干押されていた。
一方ヨルクとライはと言うと、こちらは五分五分といったところだろうか。
槍とハンマー、本来なら槍の方が断然有利である。しかし、とある玩具に似た武器は、その見た目に似つかわしくない猛威を振るっていた。
「全くっ!何なんだよ、その武器は……!」
「俺専用の武器だぜ?たまたまそこら辺で見つけた割に耐久力、攻撃力申し分ない最高の相棒さ!」
誤解をされないように付け加えておくと、そこら辺で見つけたと言ってもこんな凶器、普通ない。と言うか、まともに考えてあってほしくない。
槍の攻撃と言えば、刺す攻撃だろう。しかし、槍というのは刃物が先端にしか付いていないため、刺す攻撃だと先端にしか攻撃力を持っていないことになる。その状態で超接近戦などを行おうもとなら、いとも容易く負けてしまうだろう。
それを補うのが、棒術である。槍を刃物として使うのではなく棒として使うことで、戦術の幅は一気に広がる。
ハンマーはどうだろうか。エンジニアが使うような小型ハンマーならそこそこ軽く、扱い易いので、身軽な動きが可能だろう。ライの使うような大型(と言うより殺人級)ハンマーであるなら、重くて動きが遅くなるものの一撃一撃が決め手となりうるものとなる。
ただし小型ハンマーは武器が小さいということで、大型ハンマーは動きが遅いということで、どちらも相手の攻撃をそのハンマーで防ぐことは中々不可能に近いので、実戦では中々使うことは難しいであろう。
ならば、なぜライはそんな武器を使っているのか。答えは1つ、その不利を無効にする速さがライにあるからだ。
重いはずの武器を軽々と振り回す腕力、相手の攻撃を危なげもなくかわす移動速度。この2つをライは持っていた。
一撃一撃が重いくせに、回避するスピードとそこから攻撃に繋げるまでのスピードが速い。敵からしたらあまりにも脅威すぎるものだった。
未だに勝負がついていないのは、ヨルクは魔法が使えるという利点があったからであり、もしも魔法が使えなかったのなら、一番最初に脱落していたのはヨルクだっただろう。
しかしヨルクが何とか食いついているという事実は変わらず、こちらもまた勇者が優勢であった。
――――まぁしかしどちらにせよ、勝負がつくにはまだまだ時間がかかりそうだ。