物語の始まりは折り紙と共に
「よくぞ来た、勇者ラミアよ」
ライングラウンド城、王座の間。
その絢爛豪華と称するに相応しい玉座に腕を組んで座るのは、この国の王たるアドルフ16世だ。
彼は鷹を思わせる鋭い目付きのまま、言葉を続ける。
「我は国王として、そなたに命を下す。……分かっておろうな? それは、最近何やら不穏な動きを見せておる魔王ブレダーを『討伐』すること」
「存じ上げております」
その重々しい命令に答えたのは、1人の勇者。王に跪き首を垂れる、年若き少女だった。
「自身も知っておろうが、そなたには絶大な力が眠っておる。それも、神から授かった神聖なる力だ。選ばれたその力を、我の為…否、世界の為に役立ててみせよ」
一つに束ねられた、長く黒い髪。女性らしい身体を覆い隠す、軽そうな黒い鎧。何の違和感無く彼女の存在に馴染んでいる、細身の剣。
その、少女と歴戦の戦士が融合したかのような奇妙な人間の名は、ラミア。
「大の大人が16の少女に頼むのは何とも情けない話ではあるが、他の大陸にいる勇者達と協力して何としても魔王を倒すのだ!……頼んだぞ。そなたはこの世界の希望なのだからな」
「はい。その願い、この勇者ラミアが必ずや成し遂げてみせましょう」
会話…と言うには事務的過ぎるやりとりを交わす彼らの周りには、誰もいなかった。本来ならいるべきであるはずの王の側近すら、だ。
何故か。それは、この勇者プロジェクトとも言うべき計画が、所謂『極秘事項』であるからである。
がしかし、その例外として。
【やれやれ、面倒なこってね】
人の言葉を喋る紙が、そこには“居た”。
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ライングラウンドの城下町にて。
「あぁー、疲れた。疲れたよー、ディバルフ」
1人の、空を駆ける少女の姿があった。
彼女こそ、先程国王と一対一の対談をしていたこの大陸の勇者、ラミア・アスールフォーゲである。
ラミアは、多くの人が犇めく大通りを避けるようにしながら色々な建物の屋根を蹴り、連続して跳躍していた。一見すると、目立ちたいのか目立ちたくないのかよく分からない移動方法だが、実際のところは彼女の動きの速さのおかげか、空を気にする人間は居なかった。
【今からこんなんじゃ駄目だろ。これから世界を回るんだぞ? 王に会うことが何回あるか】
「あーあー、聞こえなーい、聞こえなーい」
ラミアと会話しているのは、彼女の肩に乗る手の平サイズの『ドラゴン』だ。そう、翼やら角やら鋭い牙と爪やらがある、ドラゴンだ。それも、1枚の白い紙でできている、『折り紙の』ドラゴンだ。
ジャンプの衝撃に振り落とされないように一生懸命肩にしがみ付き、それでも喋るのを止めようとはしないその姿は、まさしく人間のようだった。
【現実逃避かよ、おい。現実はしっかり見てないと躓くぞ?】
「苦手なものはしょーがない。折り紙は王と喋らなくていいからね、この苦労は分からんさな」
そう。彼は、命を吹き込まれた折り紙なのである。
【失礼な。俺は、ただラミアよりも度胸があるだけだ】
「ディバルフさんや、それは図太いって言うのでは?」
【うるせいやい!】
会話だけを聞けば、何処にでも居そうな友人同士のようで。しかし光景は、明らかに異常そのもの。
そんな勇者を、人はこう呼んだ。
『折り紙つき勇者』…と。
登場人物
1.折り紙大好き勇者、ラミア
2.折り紙ドラゴン、ディバルフ