その六
高校、大学時代は人並みに恋もしたし、女性と付き合ったこともあった。
その頃の俺は、若人にありがちな全能感の塊で、理由なく自分に才能があり、
「世の中はクズばかりだ。俺はなんて優秀なんだ」と見る人間全てを侮って斜に構えていた。
そのせいか、女性と付き合っても「こんなものか」と、簡単に興味を失い、気がつけば童貞という稀に見る阿呆な人生を送っている。
家族に寄生しながら、さして働かずに生きてきたが、この年齢になれば金銭的なものも必要である。
好みの女性を見つけても、
「甲斐性ないしなぁ」と、まず懐具合を気にしてしまう。
要するに責任を持ちたくないのだ。他人の人生に。
俺は恋愛を楽しむのは余裕のある人間の特権であると考えている。
学生ならば、親の援助がある。しかし、社会に出て、自分で食い扶持を稼ぐようになると生活するのに精一杯で他人を気にする余裕がなくなる。
一昔前であれば、生活するのには一人ではどうしても限界があった。
掃除、洗濯、炊事。なにをするにも労力がかかる。
朝、七時に家を出て、電車に揺られて一時間。八時三十分に出社し、始業の九時まで雑事を済ませ、昼休憩の十二時まで仕事。一時間の休憩の後、十八時まで仕事をして、家に帰れば十九時三十分。ここに家事全般が加われば、二十一時になる頃にはヘトヘトだろう。
これが仕事によっては帰宅の時間が終電までなんてことはよくあることだ。
現代であれば、コンビニだ、スーパーだで弁当でも買って帰れるだろうが、自分で自炊して、家事全般など、とてもではないが生活が回せるとは思わない。
子孫を産む。それが生物としては当然だし、至上命題ではあるが、共同で生活を営むこと。
それが男女の目的として一致する。
夫は仕事で家庭を養い、妻は家事で家庭を守る。
昭和臭いが、家庭の成り立ちとしては自然なことだ。
現代はどうだろうか。
外食は元より、弁当などの中食も充実している。味も値段も悪くない。
家事も、ボタン一つで出来る時代だ、それほど手間もかからない。
最大の要因はそのおかげで時間が増え、趣味を楽しめることだろう。
一人で生きるのであれば、それほどお金はかからない。
月給十八万の新入社員でも、手取りで十五万。都心から離れた安い賃貸なら探せば五万からある。食費に三万、雑費に一万、月々に三万を貯金して、残りの三万は自分で使える。
パソコン一つあれば、娯楽から性欲処理には困らない。
仕事の後の風呂上りに、ビールでも飲みながらネットサーフィンでもすれば、それだけで退屈はしない。掲示板やチャットを利用すれば孤独も紛らわせる。
人間は退屈に耐えられない。孤独に耐えられない。
だが、容易にそれらが手にはいり、家事も簡単済ませられるのであれば、人は十分に一人で生きていける。
相互関係としての結婚に、意味が薄れつつあるのだと思う。
子供を作りたい、好きな人と一緒にいたい。
他にも意味があるのだと分かってはいても、そこに手が出せない。
恋愛は娯楽であり、嗜好品なのだ。
これは結婚においても同じことが言えるのかもしれない。
「我には、ただの社会不適合者にしか思えなんだが……」
「それも間違ってはいない」きっぱりと返す。
俺だって本当はセックスしたいし、子供も作りたいし、都内から離れた閑静な住宅街に白い家を買って、ラブラドールレトリバーを飼って、
「子供が大きくなったら一緒に酒を飲むのが夢なんだ」なんて言いたいわい。
「人の心はわからんの。そう思うならそう行動すればいいじゃろ?」
携帯ストラップの癖に痛いところ突くな。
「ところがどっこい。そうはいかない」
就職氷河期なんて言葉に実感のまるでない俺だが、リーマンショック以降の日本は本当に不況だとしみじみ思う。
五年くらい前になるだろうか、不動産を辞めてバイトで食い繋いでいたが、正社員になろうと職業紹介所に足を運ん時のことだ。
「ご案内まで、現在二時間待ちです」
自転車で来たのだが、職業案内所の入り口は長蛇の列が出来ていた。
年明けの福袋にも並んでいるのかと言わんばかりの盛況振りだった。
性別、年齢層も様々で、スーツを着たサラリーマン、五十代の土建屋のおっちゃん、キツい香水の匂いのする水商売風のおばさん。人種のサラダボウルだ。
一種異様で、誰しもが希望なんて世に存在しないみたいな暗い顔で、自分の番が来るのを待っていた。
まるで刑の執行を待つ受刑者のようでさえある。
社会情勢の感覚なんてない俺でさえ「不況なんだな」と思ったほどだ。
なんとか順番が来て、目当ての職の相談をしても、
「これ、いま四十人ほど応募がありますけど、どうしますか?」なんて言われ、ついには、
「おたくはまだ若いし、なんでも出来ると思うよ。がんばってね」と、トドメを刺された。
それでも一ヶ月ほど通い、十社ほど面接をしたが、返事は決まって、
「貴殿の今後益々のご活躍をお祈り申し上げます」の手紙がポストに入っていた。
それからはコンビニ、引越し業者、カラオケ、漫画喫茶、検品と、その日の日銭を稼いでいまに至る。
どの仕事も半年から一年程度で辞めてしまった。
実家でお金のかからない生活をしているのがせめてもの救いか。そうでなければいままで生きてこれなかっただろうくらいの認識はしている。
両親に感謝せずにはいられない。
が、自分はまだ養われているのだ。
そんな中において、どうして恋愛だ、結婚だなんて言えるのか?
「まずは自分の生活の安定からだろ! そうだと言ってくれ!」
「苦労しとらんように見えても、苦労しとるんじゃの、豊穣の」
「よく考えれば、それほど努力もしてねーけどな」
「どっちなんじゃ! いい加減にしろ!」
「自分では苦労したつもりだが、世間からみれば楽な生き方してるように見えるんだよ」
「人の目なんぞお前には関係なかろうにの」
「そうかもしれんが、社会的にはそうは見てくれないんだな、これが」
「また難しい言葉使うの……」
「三十歳にもなってバイト繰り返して、ろくな職歴もないと、まともな会社は雇ってくれないんだよ」
この年齢に達するとしみじみ思う。
募集要項の「年齢三十歳以下」の文字にすら絶望する。
「まぁ、全部若い頃から苦労してなかったのが悪いんだけどな」
「我の時代は十を数えれば大人じゃからな。田畑を耕し、獣を追い、木の実を集め、家族を養い、子を産み、育て、それだけで人の寿命なんぞは終わる。それに比べれば現世の生のなんと豊かなことか」
「昔と比較してもしょうがない。俺はいまここで生きてんだよ」
「それもそうじゃの」
「どのみち食い扶持稼がなきゃな」
全財産は三十万ほどだ。悲しい。財産という言葉さえおこがましい。
神様っていうか、貧乏神だ。
送った履歴書からなにかしら返答がくるのを待つ間、なにか始められないものだろうか?
とりあえずお金が欲しい。
「欲望丸出しじゃの」
「人間だからな」スサノオにそう言い、いま何ができるか考える。
時間だったら売るほどあるのだ。
元からなにかある人生ではない。いまさら失敗してもなにを恐れることがあるものか。
変わろう。いや、
「変わろう」言葉にする。
ならば行動し、意思を持て。言葉を言葉のままにしてはならない。
簡単に状況を整理し、次の行動に移そう。
無職。三十歳。職歴なし。童貞。神。
「うわぁ……」うわぁ……。
字面にするとここまでひどい。
泣きそうだ。
いや、もう泣きながら前に進もう。
無職。
前提としてこれは何とかせねばなるまい。職を探すのはもちろんだが、なにかしら自営することも視野に入れよう。金銭がなくては生きていけない。
最重要でなんとかせねばならない。
三十歳。
年齢は巻き戻せない。これは放置だ。
ただ、人生を八十歳と見積もれば、残り五十年のうちに公道を「税金納めず歩いて申し訳ありません」と呟きながら歩くような日陰の生き方を直すべきだ。
三年、いや、一年のうちにそうなりたい。
職歴なし。
人生積んでる原因。ただし原因を作ったのは俺自身。
我が覇道はこれより始まる。
童貞。
だからなに? 魔法使いはヘコたれない。
前項をなんとかしてから取り掛かるべし!
恋愛は嗜好品だッ! 贅沢は敵だッ!
神。
現在、神。例えでなく神である。
これが今後なにかしらのアドバンテージになることを祈る。
祈る? 祈りません! 神が誰に祈るのか!
言葉を直す。
「神であることにアドバンテージを持つ」これでいい。
いや、有利なのは当然かもしれないが、名も神社もない俺では今のところ意味はない。
「それをひっくり返す!」
「いきなり落ち込んで、元気だして……人も中々に楽しいもんじゃの」
「まず神様としての有名になろう」
神を見たことある?
無い ─┐ ┌───わからない 9%
11% │_..-ー''''''l'''''― ..、
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/ゝ、 l. | ヽ
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│ ,!
lインターネットで見た80% /
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「時代はインターネッツ!」いまさら感は拭えないが、ここは自分を騙して進む。
他人に騙されるのは我慢ならんが、自分に騙されるなら本望だ。
この場合の「神」という名称が、信仰としての神様ではなく、ネット用語、あるいはネットスラングに近いものであるとは十二分に承知した上で、
「俺はこの世界で神になるのだ! ワハハッ!!」
「いや、もう神じゃぞ、お前」
「戦に勢いは大事なのである!」
キャラも定まらぬまま、テンションを上げてアドレナリンを出す。
脳汁ぎゅるるん!! ぎゅるるんる~ん!!!
実際に脳からなにか出ているかどうかはともかくとして、
「立ち止まると泣いてしまうからな!」
ここで立ち止まって自らを客観視してしまうと、
携帯ストラップに話しかける自称神の脳内設定に酔った三十歳童貞の精神異常者だ。
だが「客観視しなければよいのだ!」
乗り切ろう。
俺は今後如何なる理不尽にも負ける気はない。
「豊田穣は、否! 荒覇吐豊穣命はこれより神域に入るぞ!! ふひひひ!!!」
「穣くん。お父さんがお話があるんだって……」ガチャ。
ドアを開ける音と共に母親が部屋に入ってきた。
「お母さんはね、穣くんがなにをするのでもいいんだけど……」
家族会議が開かれてしまった。
家族会議なんて「ティ○ァールでオナホール暖めたのが発覚」して以来だ。
部屋にこもって独り言が漏れてくれば怪しくも思うだろう。
父親の無言の圧力が怖い。
想像してごらん。無職の息子が部屋で
「俺は神だ! ウハハー!!」と、叫んでいるところを
ほら、簡単でしょう?
母親が心配するのは当然だし
父親が怒って静かに佇んでいる様を
さぁ、想像してごらん。
息子の頭が正常かどうかって
僕のことを頭がおかしいって人は言うかもしれないね
でも僕は神様のはず
いつかそのことをみんなわかってくれて
きっと世界はひとつになるんだ
つい、ジョン・レノンのイマジンのメロディに乗って、そんな歌詞が頭を流れる。
「……」テンションがだだ下がりだ。
「あまり子育てに協力出来なかったが……」父親が静かに口火を開いた。
「自分の子供だからと信じすぎていたかもしれないな」
年老いた父親の言葉はあまりにも重い。
「不況で定職が見つからない。それは仕方ない。お前が仕事が長続きしないのは忍耐が足らないとも思うが、確かにバイトだ、フリーターだ、そんなものを続けていけるわけもないからな。金でも貯めて、自分でやりたいことを見つけるのもいいとは思う。時代が違うし、誰もが、会社に勤め続けられたの父さんや、じいさんの時代の話だ。それは仕方ない。だが、家に引きこもって、なにをしているかと、ずっと思っていたが、それに口をださなかったのは、お前を信じていたからだ」
「はぁ……」父の口から溜息が漏れる。
「お前が何をしてるのかは知らんが、働かないで、引きこもって、父さん母さんが死んだらどうするんだ? 言っておくが遺産なんてないからぞ。家くらいは残せるかもしれないが、いまのお前では水道代だ、電気代だ、そんなものだって払い続けられないだろ?」
「……」母はコクリと父の言葉にうなずく。
「定職に付けとは言わん。だが、自立し、自活できるくらいにはなって欲しいんだ」
「最近ね、お父さんと話してたの。穣くんこれからどうするのかって」
「今日もな、働かない息子と口論になって父親刺される。そんなニュースを聞いたよ。案外人事じゃないんだな」
「……」もうなにも答えられない。
「これからどうするつもりなんだ? なにをするにしても、お前の今後が心配だよ。他人に迷惑かけるような生き方だけはしてくれるなよ」
この雰囲気の中で、俺は言うのだろうか? 言わねばならいのか?
「神です」と。偶然にも神様になりました、と。
「……」
「……」
「……」
無理だ。
「あー。お父上、お母上。発言してもよろしいか?」
沈黙を破ったのはスサノオだった。
ズボンの右ポケットに入ったままだったので、テーブルに出してやる。
「おう! すまんの、豊穣の」
『???』両親は共に理解しがたい現実を理解しようとしていた。
「お初にお目にかかる。我はこの豊田穣と行動を共にしておる、スサノオである」
「す、すさのお?」と、父はまだ理解が追いついていないようだ。
当たり前の反応だ。むしろいままでの「神様? あぁっ! はいはい」という空気の方がおかしいのである。
「お父上がいま考えておられる、そのスサノオじゃ」
「は、はぁ」
「縁あって、この豊田穣は神をやっていての。先の奇行を心配されるのも無理はないが、これも神としての行い故じゃ。許されよ」
この黒いスライムが、いま初めて頼もしく見える。
「我も、いまの姿はこのようではあるが、これでも三貴子の一人よ。ご子息のことは一時我に預けてもらえんじゃろうか?」
「神? すいません。いま息子は神様なのですか?」
なんだこの会話。
「おう! 少ないと言えど、我の力の一端を担う正真正銘の神の一柱よ」
「は、はぁ」
「困惑するのはもっともじゃ。じゃがの、貴殿の息子、これで中々の逸材」
なに! そうなのか!
「確かにコイツはいままで働かず、子も成さず、人として終わっとる。無為の時を過ごした愚か者であるが、コイツもこれで、自らを変えようと努力しておる。その努力が実るかどうかは、これからの行い次第ではあるが、どうかいままでのように見守ってやってはくれぬか?」
「し、しかし……」
「人としての生。神としての生。それを両立させるは難しい。じゃが、だからこそやりがいがある」
「……」
「おう! 存分に悩まれよ。我が子のことぞ。悩むが親の務めじゃ」
そう言ってスサノオはぷるぷると揺れる。
やだ!? かっこいい!!
父が悩んでいる間に母はスサノオに、
「粗茶ですが……」我が家にある中で一番高いお茶と、お茶請けとして茶菓子を差し出す。
「おう! すまんの。お母上」
スサノオは軟体を生かし、覆いかぶさるように、お茶と菓子を貪っている。
「……」それから十分ほど時間が経ったろうか、父が重い口を開く。
「私には詳しいことはわかりません。スサノオと言われる貴方様が、本当に神なのかもわかりかねます」
「ふむ」
「ですが、息子は変わろうとしているのなら、それは私が止めるべきことではありません」
「そうか。そうであるな」
「息子をよろしくお願いします」父は丁寧に頭を下げた。
「その願い。須佐之男命の名に懸けて任された」
その後、スサノオを含めて食事を取る。
これまでの経緯を簡単に説明する。
「そうか。神様か」と、父はビールを飲みながら呟き、
「私は信じてたわよ」母は見事な早変わり。
「ははは! なんにせよ、我に任せるがよい!」
御神酒として、埼玉秩父の地酒・亀甲花菱を飲みながらスサノオも機嫌良さげだ。
俺はどうにも肩身の狭い思いをしながら夕飯を口に運んだ。
「これからか。そうだな。いまさらだが、がんばるんだぞ」と、父が言う。
そう。これからなのだ。
まだ俺は何一つ変わっていない。
「いや~! 中々に危なかったの、豊穣の!」カポーン。
我が家のお風呂はそれほど広くは無いので、実際はそんな音はしない。
どちらかと言えば「さぶんっ」とか、「ざっぱー」とかって感じだ。
関係ない話だが、ざっぱーをカタカナにする必殺技のようである。
「ザッパーアァァッッ!!!」つい叫んでしまった。
「お前そんなことしとるから家族会議されるんじゃぞ。自覚しとるか?」
湯船に浮かびながらスサノオが言う。
「スサノオが天照さんみたいに見ただけで神様と分かるんだったら、もっとスマートにいってたかもな」
最初にスサノオを拾ったときは「地球外生命体?」と疑ったほどだ。
松木屋で会った天照さんがあそこまでわかりやすく神々しくなければ、俺だって神様の存在を信じていたか疑わしい。
「ふん。我も好きでこんなナリしとらんわ」
「ん? そう言えば、スサノオはなんでそんな格好してるんだ?」
「説明してやってもいいんじゃが、面倒臭いのぉ」
スサノオはチャプンと、音を立てて湯船に沈んでいく。
気泡とか出ないんだが、呼吸とかしないのだろうか。
いや、そもそも生物の枠組みに入っていないモノなのかもしれない。
俺は沈んだスサノオを、むんずと、手でつかみ上げ、
「そう言わず教えてくれよぉ」
「お前な、いまのしゃべりたくないっていう表現だと、普通分からんか?」
「いや、わかってて持ち上げた」
「我侭加減だけは神の域じゃな、お前」
「おっ! ついに神様と認めてくれたのか。よよよ」
苦労が報われたかのように、泣いた振りをしてみる。
「皮肉も通じん」
「いやー。こういう無駄な会話をするのも久しぶりで、ついついからかってしまいたくなる」
「難儀な生を謳歌しとるようでなによりじゃ」
ここ数日で去年の会話時間の総数を超えている気がする。
思えば、働いているときも事務的な返答くらいしかしていないしな。
「不思議じゃな。話している限りでは、お前は確かにろくでもない性格をしとるが、それほど人に対して付き合い下手のようには思えん」
「学校通ってた時はそうでもなかったんだよ。社会に出てからだな。人付き合いが嫌になったのは」
「ほう。なんぞあったのか?」
「今の世の中、学校出ると働かなきゃならんわけだが……」
「それはどの時代も同じじゃ、莫迦垂れ! 食うためには働かねばならん。当たり前のことじゃ。」
日本神話でもっとも働かない神様に常識を語られてしまった。
「我のことはいい。続きを話せ」
「……仕事を始めると、当たり前だが、俺が一番下からになる」
「当然じゃな」
「仕事を長続きさせたことなくてな。そのせいか丁稚根性というか、変にへりくだる」
「想像出来んな」
「良く言えば真面目で、悪く言えば融通が利かないんだと」
「ほう」
「前に言われたのは、俺は『仕事をしている自分を演じてるだけ』らしいんだわ。
そうすると、どうも壁を作って気楽に話せなくなるんだよ。」
考えてみれば、いままで自己分析なんてしたことなかったか。
「仕事は仕事。私生活は私生活で分けたいって思ってたし、全能感っていうのかな。どの仕事も馬鹿にして、俺はもっと出来る人間だ! こんな仕事、給料分働けばいいだろって思ってた」
「最悪じゃな、はははっ!」
「そうだな。最悪だと思うわ、実際」
「……」
「心根がもうおかしかったんだよ。だから、どの職場も馴染んでいる振りの見せかけだから、人間関係に傷が出来て、それを機会に辞めてった。
後は、同じことの繰り返しだ。そんな生活して、定職も持たなかったから、学校の仲良かった友達に合わせる顔がなくて、連絡があっても疎遠になっていく。
それでも若けりゃ仕事もあったし、いつかデカイことやってやろうって思ってた」
「デカイこと、なんじゃそれは?」
「ないんだよ」
「は?」
「イメージだけで、中身なんかスッカスカ!
具体案もなけりゃ、目標作って努力することしなかった。
自分がなにもしなくても勝手に成功するもんだと思ってたんだよ。
そんなことあるわけないのにな。……笑っていいぞ」
「阿呆。笑えるか」
「それで気が付けば三十歳だ。この年齢で職歴無しで、職を転々としてる人間なんて、日本じゃ社会不適者でさ。あとはプラプラ日がな一日適当に暮らして、今に至だ。
そんな暮らしじゃ、友達はもちろん彼女だって作れやしない」
「ふーむ。自尊心が高いんじゃな」
自尊心? プライド?
「お前はへりくだっているつもりかもしれんが、まだ自尊心が高すぎる。もっと適当な性根なら、仕事がないだなんだ、そんなこと気にせずに人に迷惑かけながら生きとる。それをしとらんのは、お前がまだ人の目を気にし、恥じるべき己を持っとるからじゃ」
「言われてみると心当たりがありすぎる」
「じゃろ。人の理なんぞ時代でいくらでも変わる。お前は自分を恥じとるようじゃが、我の時代でも女房に働かせ、自分は働かずに、食うだけで一生を寝て過ごす男なんぞ、捨てるほどおったぞ」
ヒモって昔からいんだな。
「そんなのに成らんで、変わろうと思うとるだけ、お前はまだマシじゃ」スサノオは、
「性格は最悪じゃがな」と、付け加える。
「ははっ」笑ってしまった。
自分はこれからで、まだなにもしてはいないが、少しだけ救われたような気がした。
「なぁ、俺のことはこのくらいにして、スサノオのことを聞かせてくれよ」
俺はまだなにも知らない。
須佐之男命について、簡単な物語は知ってはいるが、目の前に浮かぶこのスサノオのことを、俺はほとんど知らないのだ。
なぜスサノオほどの神様がこんな姿をしているのか?
数日の間ではあったが、行動を共にするこの軟体神様について知ってみたいと思う。
「まぁ、話してやってもいいんじゃが……」スサノオは言葉を濁す。
やはり言いにくいなにかがあるのだろうか。
「その前に湯から上がらんか?」
見れば、お風呂が少し黒く濁っている。
「おま! ちょっ! おまっ、溶けてるじゃねーか!?」
「浸かりすぎた……不覚じゃ」
俺はスサノオをお湯から掬い、とりあえず風呂をあがった。