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その四

「いやぁ。久しぶりに神を任命したら疲れました。ご主人さん、冷たいお茶頂けますか?」

 うわー。緊張感の欠片もなーい。

 先ほどの真面目な顔はどこへやら、天照さんはゆっくりと椅子に腰掛ける。

「紅茶しかないんですけど、日本茶入れますか? あまり上等のじゃないですが」

「こうちゃ? よくわかりませんが、それでお願いします」 

「ミルクとレモンがありますけど、どちらになさいますか?」

「みるく? れもん? れもんはさっき頼みましたのでみるくにしてください」

「はい。少々お待ちください」

 相変わらずフランクだな。


「あの……聞きたいんですけどいいですか?」

「はい。なんでしょう」

「さっき『己が朽ち果てるまで神として生きなさい』って言ってませんでした?」

「えぇ。言いましたけど。それがなにか」

「しばらくっていう話だったと思うんですけど」

「人の一生の尺度ですからね。五十年百年なら神にとっては『しばらく』ですよ」てへぺろ。

 軽く舌を出して笑顔でドヤ顔を見せる日本最高神。

「それって一生神様ってことなんじゃ」

「そうなるかもしれませんね」

「聞いてません」

「言ってませんから」てへぺろ。

 あっ。だんだんムカついてきた。

「先ほども言いましたが、別になにかしら義務があるわけでもないので、気長にやってみてくださいな」

「は、はぁ」


「さて、豊田さん。これにて貴方は神の一柱です」

「はい」何一つ変わったように思えないが、どうやら神になったらしい。

「初めのうちはなにもわからないでしょうから……えいっ!」

 天照さんは再び、両手を前に合わせる。すると、

「う、うごぉぉっ!」

 俺の心臓から激痛が走り、肉体からメリメリと音を立てながら、身体に取り込まれたはずの須佐之男命が現れる。

「この須佐之男命に色々聞いてみてください」

 天照さんは涼しげな顔でそう言った。

「あの……ごはっ! ちょっ! めちゃくちゃ痛いんですけど?」

「あら、そうでした? ごめんなさいね」ニコっと笑う。

「この須佐之男命はいま貴方の心の臓に受肉してますから……一心同体って奴ですね!」

 凄い恐いことを、凄いドヤ顔で言われた。

「姉上は基本的に大雑把じゃからな」と須佐之男命。

 相変わらず黒くプニプニしている。てか、いまこれが俺の心臓なんだっけ?

 冷静に考えると恐ろしすぎるだろ。

「お前も口が利けるんだ」本体が消し飛んだから死んだと思っていた。

「あれくらいで死んでたら、今頃日ノ本の神は全滅じゃ」

「ミルクティーお待ちどう様です」

 ここでマスターが先ほどの注文を届けてくれる。

 先ほどの光景に、特に驚きもないようだ。

 年を取ると人間動じなくなるな。

「いただきま~す」天照さんはミルクとガムシロップを入れ、ストローでかきまわし、

「牛のお乳なんですね。うん。美味しい」と舌鼓を打つ。

「豊穣命。姉上が茶を飲んどる間に聞きたいことはあるか?」

「いつも傲慢なのに、えらい下手になったな」

「莫迦者め! お前の神格は我を用いとるのだぞ? 我とお前は嘘偽りなく一心同体じゃ」

「どゆこと?」

「お前の評判が下がると、我の評判も下がるということじゃ、阿呆」

「評判とか関係あるのか? 須佐之男命って元から駄目な神様じゃないのか?」

「かはぁ~」須佐之男命は大きく溜息を吐く。

「日ノ本で我を祭る社がどれだけあるかわかるか?」

「百くらい?」

「少なくとも二千五百。我も細かいとこは把握しとらんが、小さい社を含めれば三千はくだらんぞ」

「はぁ?」そんなにあんの?

「神とは一面性ではないからな。三貴子、暴風、武、調伏、治水、豊穣。象徴一つ、御名一つとってさえ、須佐之男命、素戔男尊、神須佐能袁命、須佐能乎命と数え上げたらキリがない」

「日本書紀と古事記じゃ表記が違うし、祭る神社によっては別の神様扱いしているところもあるしな。変な感じだ」

 念のために天照さん周辺の神様も調べておいてよかった。

 話についていけないところだった。

「その全てをもろもろ含めて一つのスサノオという神じゃ」

「偉そうなこと言ってますけど、土着の神々や、仏教神を取り込んで大きくなっただけすからね。須佐之男命自身はほとんど何もやってません。他の神の手柄を横取りしただけです」

 じゅちゅー。と天照さん。

 あぁ。まだ高天原で暴れられたこと根に持ってるんだ。

 空気重いよ。

「は、話を戻すぞ。全国大小合わせて三千以上の社があり、参拝ともなれば年間で合わせて一千万超。その一割で百万じゃ。豊穣の、お前はいま百万の人の信仰の上に立っておる。そのことを自覚せよ」

「自覚のない神もいますけどねぇ」ニコッ。じゅここー。

「姉上ーーーーッ!!!」

 しかし、でかい話になってきたな。百万人の上に立つ?

 全く理解が及ばない。

「ま、実際には我の一部というても、一部の一部のそのまた一部のきれっぱしみたいもんじゃ。お前客人神じゃし」

「まろうどがみ?」

「姉上から名を受け取ったろ、荒覇吐豊穣命」

「あー、名前の頭についてたな」

「荒覇吐とは客人神の呼び方の一つじゃ。ほれ、ぎょろ目の体型の悪い土塊を見たことないか?」

「ぎょろ目……あー、遮光器土偶みたいな奴かな」

「多分それじゃ。お前がいま考え取る奴。まぁ、あんな客人神は一部だけなんじゃがな」

「結局どういう神様なんだよ?」

「異人なんかを異界からの神とする信仰神じゃな。これには外部の土地からの来訪者も指す」

「つまりどういうことだってばよ?」

「お前少しは自分で考えろ。人の少ない集落なんかに新しい血を入れるために旅人をもてなして、子を成ささせ、集落に留めたりするじゃろ?」

「そんな優生学をはるか昔習ったような気がするな。昔は閉鎖的な環境のコミュニティーが多かったから、どんどん血縁関係が近親者に近くなる。だから新しい血を入れるために外部の人間が来た時に処女で持てなしたとかなんとか。その旅人が持っていた他の土地の情報やら、本人そのものの労働力も必要になるんだろうけど、少数集落の人的資源確保、それに伴う優良な遺伝子を求める人間の本能的な……」

「お前難しいこと考えるな」

「えぇ!?」

「簡単に言えば荒覇吐は外世界からの来訪者のことじゃ。お前は須佐之男命の一部ではあるが、須佐之男命信仰とは根本から異なる神。別世界からきた客人というわけじゃ。いきなり神になるお前の練習用というわけじゃな。そうじゃろ? 姉上」

「この、なぽりたんというのをお願いします」あ、天照さん。

「……幸いというか氷川の摂社に、お前とは別の荒覇吐がおる。まぁ、こっちは氷川の地主神じゃからお前なんぞ及びもつかんほど神格高いがな。参考程度に覚えておけ」

 摂社。確か神社の本社とは別の縁深い神を祭る社で、本社>摂社>末社の順で祭神に縁深い神様が祭ってある。

 摂社、末社を合わせて摂末社とも呼ばれる。

 氷川神社は本社に須佐之男命、奇稲田姫命、大国主の三神を祭り、摂社に荒覇吐を祭っているはずだ。他にも様々な神様が祭ってある。

「なぁ。確か氷川神社の摂社って荒覇吐じゃなくて足名椎……」

「言うな!」

「はい?」

「そこは気にせんでいい」

 昨夜調べたところによると、足名椎命と手名椎命は奇稲田姫命の両親である夫婦神で、現在は全く関係のない荒覇吐と一緒に摂社に祭られていた。

 摂社として祭られているのはわかる。

 奇稲田姫命の両親であれば縁深いのもうなずける。

 だが、摂社の中の「門客人神社」内に祭られているのだ。

 スサノオの説明だと、客人神は別世界から来て祭られた神様であるのに、なにかおかしい。

「(まさか嫁姑問題で本社から無理やり荒覇吐のいる摂社に追いやったなどと言えるか!)」

「まさかとは思うが嫁姑問題で無理やり本社から摂社に追いやったなんてことないよな?」

「……神の行いは全て深遠なる思慮の元に判断が下されるのじゃ」

「(絶対ただの嫁姑問題だな)」

「そこ! 考えるな。続けるぞ」

「あいあい」

「ナポリタンお持ちしました」

「はーい。私です」

「ごゆっくりどうぞ」マスター、天照さん……。 

「三千の社だ、一千万の参拝だ、百万の信徒だ、色々脅したが、お前は我とは別の神。しかし、お前の名が汚れることは、我の名を貶めることに繋がりかねん。日々精進して、己が信仰を築きあげろ。まとめるとこうじゃな」

 つまり、スサノオという巨大企業体に就職した新入社員なわけだな。

 新入社員がしでかした不手際でも、その責任は会社が被ることになる。

「よくわからんが、納得したならそれでいいわい」

「ところで、俺は心読めないもんなの? なんか勝手に心読まれててムカつくんだけど」

「無理じゃ」

「早いな」

「姉上が言うとったじゃろ? 我らは言語体系の無かったころの生まれじゃて」

「言うとったな」

「真似すんなボケェ。じゃからして心を読むというか天然自然の意思を汲み取るのが言語代わりゃったが、お前らは違うじゃろ? 我からすれば言葉なんて方が面倒じゃ。馴れといえばそれまでなんじゃが、多分我らのやり方、いまの神だ、人だでやると情報多すぎて狂うぞ」

 そうか。神様の言葉(に類するもの)ってあらゆる言語の上位プロトコルなのか。

 だから天照さんや須佐之男命は下の階層の言語を理解できるし、使えもするが、プロトコルに対して機能が追いついてない、いまの世代では情報処理が追いつかない。

 そう考えると、いまの使っている言語って、そもそも神様の言葉を簡略化した結果に出来たものなのか?

「神様、凄いな」

「神じゃからな」

「神ですからね」ちゅるちゅる。ずびずば。

「天照さん。口元にケチャップ付いてます」

「あん! もうっ!」

 あと、フォークですくって犬食いするんじゃなくて、フォークで巻きつけて食べるんですよ。

「食べづらいなぁと思ってました」

 天照さんは先の犬食いが嘘のように美しい仕草でナポリタンを食し始める。

 それもフォークに巻きつけたスパゲティをスプーンを使い、小さめに纏めて一口大にして放り込んでいる。

 思ったことをイメージで送っただけでこうまで対応するとは、やはり神様恐るべし。


「他に聞いとくことあるか?」とスサノオ。

「神様しながら、普通の生活をしなきゃならないと思うんだが報酬とかあるの?」

「うん?」スライム状のままスサノオは器用に首をかしげた?

「うん?」

「報酬? 貢物のことか?」

 あっ! しまった。ここでもまた種族による価値観の違い!

 基本的に崇められる立場にいるから対価とか報酬とかの概念が理解できていないっぽい。


 もしや神様とは究極のノブレス・オブリージュなのか!

 

 貴族でもなければ金も持っていないがな!! 神だけど!!!

「ふむ。神として生き、人としても生きねばならんか。……そうかそうかそれは真理だ。ふむふむ。いや、それこそが……まさに……」

「なにをぶつくさ言ってるんだ?」

「……うむ。そうだな。荒覇吐豊穣命よ。その命題は中々に面白い」

「いや、面白いとか聞いてないんだが」

「結論から言えば神に報酬など無い。結果として集まる信仰以外のものではありえない」

「あー。だろうな」そんな気はしていた。

「だが、お前が神の名において商売をするのは構わんぞ。人あらば生きる糧が必要なのも世の理だからな」

「荒覇吐豊穣命Tシャツとか作って売っていいのかよ?」

「それがなにかは知らんが、好きにせよ」

 作る気はないけどな。

「じゃあ、神様ってなに食って生きているんだ?」

 横目でナポリタンを美味しそうに食べる天照さんを見て、単純な疑問がわいた。

「豊穣の、神とはなんだ?」

「質問の意図がわからないんだが?」

「わからんなら考えよ。自分で答えてみい」

「……万物自然の擬人化、具現化?」

「概ね合ってるな。さかしい奴め」

「他の宗教はわからんけどな」

「いまの世では神も仏も混ぜ合わさってはいるが、元々我らは天然自然よ、大地が飯を食らうか? 雨が飯を食らうか? 嵐が飯を食らうか? 夜が飯を食らうか? 太陽が飯を食らうか? そんなものはない。ただ在る。ただ存在する。そこに人が物語を加えたとて、自然は自然、ただの現象じゃ」

「じゃあいま天照さんはなんでナポリタン食べてんだよ」

「遊びじゃ。人の振りをする遊びじゃ」

「……」

「我ら神は神である故に人がわからん」

「でも心とか読んでるんだろ? 矛盾してないか?」

「情報として知っている。それだけじゃ。人は稲作やるな? 畜産もするじゃろう?」

「そうだな。それが?」

「それと同じじゃ。どうすれば効率よく稲を育て、家畜を太らせるか、そのやり方は研究する。じゃが食べる時に、稲だ、家畜だの心の在り様など気に留め奴がおるか? そんなところに思いを馳せれば人は生きられん。神も同じじゃ」

「人間は神の家畜って言いたいのかよ」

「莫迦者! 例題を丸呑みするな」

「……あー。こんがらがってきた」

「こんがらがって構わん。考えろ、そして言葉にしてみせよ」


「えー、あー。つまり、あぁしてナポリタンを食べていても、天然自然は天然自然であって本来は必要な行為ではない……。あの食べてるように見える好意は人間を知るための勉強みたいなもので……つまりなんだ? 人間の代替行為を行なうことで、理解し得ない人間の感情を探るためのフィールドワークが神様にはあって、そこに寂しさだとか、悲しさだとか、あるいは理解されたいという感情だとか、そんなものをスパゲティをフォークで巻くように、あるいはナポリタンでさえ、宇宙を形作る一つの意思の表れであって、ナポリタンを通して、人という種が何であるかを理解出来ないなりに、理解しようと考えている。あそこで食されているナポリタンは、ナポリタンであって実のところナポリタンではなく、そもそも本来ナポリに存在しえないナポリタンが、なぜ故日本に存在しているのか、それさえ謎に思えてくる」

「お、おい? 豊穣の?」

「ナポリタンはイタリアンとも呼ばれ、名古屋では鉄板と共に提供される。神様はナポリタンを通して自分に存在しえないものを遺伝子的に取り込もうとしていて、神道においての神様そのものが自然現象であるならば、遺伝子ではなく情報そのものが遺伝子的役割を担っているというという可能性は大いにありうる。子孫そのものを必要としない情報のみの自然現象がはたして生物として定義されるのか? 否! だが人間が炭素生物の形態を取る様に、自然現象には自然現象なりの生態があり、それを人間が知りえないだけではないだろうか。ラヴロックの提唱したガイア理論は地球を一つの生命体だとした。地球に意思があるのかどうか、あるいは生命体かどうかという議論はさておいて、自然現象をそもそも大気や気温差から発生する単純な自然現象ととらえること自体が人間の傲慢なのではないか?」

「おーい!」

「自然現象は子を成さない。ただ在るが如くだ。だが、子孫を残すではなく、現象そのものを残すことによって、自然そのものの自己情報を外部関係、この場合は人間を介して残しているのだとしたら、それは壮大な自己保存だといえないだろうか。それこそが『神』あるいはそう呼称される神の物語の一部ではないだろうか」

「……もう好きに考えろ」

「しかしそうなると太陽である天照大御神はなぜナポリタンを食しているのだろう。外部に情報を理解させるための装置の一因として相応しいようには思えない。太陽がイメージとして赤いからナポリタンを選んだ。そんな簡単に答えを出していいものか。いや、そもそもにしてこのナポリタンはナポリタンなのか? はたしてナポリタンとはなんなのか? この赤いナポリタンは本当に赤いのか? 俺の目に映る赤色は、はたして神の目にも赤いのだろうか? 同じものを同じように感じているかもしれない。確かにナポリタンは赤い。だが、そこに含まれる情報に齟齬があれば、それは情報として誤りであり、はたして同じ赤いナポリタンを見たと言い切れるのだろか?」

「赤いと思いますよ。なぽりたん」モクモク。

「ならば考えねばならない。なぜナポリタンは赤いのか? 赤いから赤いのだと、かつての俺ならばトートロジーを並べて悦に入ったろう。だがそれは思考停止に他ならず、知性の敗北以外の何者でもない。「赤方偏移」という現象がある。宇宙空間において地球から遠ざかる天体ほどドップラー効果により、そのスペクトル線が赤色の方に偏移するという現象である。つまり、本来のナポリタンが何色であろうとも、ナポリタンが我々から高速で遠ざかっているとすれば、毒々しく赤く見えるはずなのだ。目の前のナポリタンが高速で動いているか否か? それはナポリタンの反対側に回ってみることでわかる。運動の逆方向から観察することで、スペクトルは青方偏移し、青く見えるはずなのだ。逆に回ってみたところ、ナポリタンは赤かった」

「……そろそろ答えは出たか、豊穣の?」


「ナポリタンは高速移動していない」


「そうだな。もう休め」


 頭が茹るような熱さを感じる中、

「では私はそろそろ帰りますね」と、ちょうどナポリタンを食べ終えた天照さんは言った。

「色々悩むこともあるでしょうが、これからの活躍期待してます」

「あっ! すいません!」

「なんでしょう?」

「このスサノオはどうしたらいいんですか?」

 テーブルでモッチャリと居座る黒いスライム。

 これを出す度に心臓を抜き取られてはたまったものではない。

「馴れれば自由自在に出すことが出来ますけど……」

「それ以外の方法でお願いします」

「うーん。豊田さん。携帯電話を出してくれますか?」

 よくはわからないが、なにか深い考えあってのことだろう。

 多分、きっと、そうであって欲しい。

「ちょっと借りますね」と俺の携帯電話手に取り、

 ググッグッ!!!  

 強引に須佐之男命をストラップの穴に通し始めた。

『痛たたたっ!!』俺と須佐之男命は同時に声を上げた。

「うん。これでいいんじゃないでしょうか」ニコニコと、笑顔で携帯電話を渡してくれる。

「うぐっ! ガハッ!! あり……が…と……ざい、ごはっ!」

 悪気はないのだろうが、例えでなく心臓に悪い。

「いまはちょっと痛いですけどいずれ馴れますので、それまでは我慢してくださいね」

「は、はぁ……」馴れたくないんだけどな。


「ではこれにて。今日は久しぶりに楽しかったです」

 どうやって帰るものかと思ったら、普通にドアから出て行って、そのまま牛車まで乗り込んでいった。

「モォ~」牛は牛車を引っ張り、ゆっくりとした足取りで空を登っていく。

 牛車が通ったあとには光の帯が出来き、それが砂糖菓子のように砕けていった。


 なんというか無駄に神々しいな。


「……」そして取り残されるは新米の神とスサノオ。

「これからお前は神として、人として生きることになる。なんか感想あるか?」

 なんかこんなのでもストラップになると妙にかわいく見えるから不思議だ。

 神様だ、人だといっても結局やることは変わらない。

 変わるべきは自分自身だと、確かにそう思う。

 これからのことに思いを馳せても、やはり不安で一杯だ。

 それでも生きねばならないだろう。神としてより、まずは人間として。

 

「そうだな」俺はふと思った一つの疑問を口にしてみる。


「ここの支払い、やっぱり俺なのかな?」


 テーブルの端には天照さんの残した伝票が残されている。

「食い逃げじゃねーか」

 いや、支払いに期待しなかったけども。お礼とかなんとか言うからさ。

「なんというか……すまんな」

「いやいや。なんというか貨幣経済の概念からして知らないんじゃないかって思ってたし、女性に払わせるのもどうかと思ってたし!」などと言ってみる。

「確か和同開珎が日本最古の貨幣で、それが六百年だか。七百年だかの奈良時代だったこと考えると、もうその時点でアウトだしな」

「姉上はそこら辺さっぱりじゃろうな」

 俺は思わず財布の中身を確認する。五千円札が一枚入っていた。

 神としての最初の仕事は上司の飲み食い代の代金を払うことになりそうだ。

 うーん。見事なまでに情けない。

 

 松木屋を出て、帰り道。タバコを一本吸う。

 一日にせいぜいニ、三本しか吸わないが、気分の切り替えは職無しの三十歳にも必要だ。

 日は高く、暖かな風が肌を撫でる。

 あの太陽が天照さんだと思うと、なんだか感慨深い。

 太陽は人間のことなど気にしないで、あるがまま、ただただ燃え盛っている。

「なぁ、スサノオ。神は神故に人間を理解しないんだっけ?」

「おう! そうじゃ。よく覚えておったの」

「俺はいまどっちなんだろうな?」

 スサノオはついぞその答えには答えなかった。


 いつも愛飲しているはずのタバコの味がいつもより苦く感じるな。

 そんなことを思いながら、俺は家に向かって荒川土手を歩き始めた。


 

 作者注:作中におきまして豊田穣が神様を考察する部分に作者不詳の「ナポリタンコピペ」を引用しております。

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