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その十

 

 翌日。面接をお昼前に終わらせてそのまま家で書き上げた。


「むーむむむ。むーむむぅ」 

「どうした? 気でも狂ったか?」とスサノオ。

「莫迦者! 我は悩んでおるのだ。このまま終わりにすべきか、あるいは、

 

 『翌日、彼女はボクの前から姿を消した』


 みたいな一文を追加するかどうか」

「書きたいなら書けばいいじゃろ」

「書きたい! だが、書くと失敗する」恐らく、多分、絶対……。

「なんじゃそりゃ」

 いままでの経験から、このまま書き足して失敗して、最終的に投げ出す様が思い浮かぶ。

「なら、終わりでええじゃろ」

「ところがどっこい!」と言葉を続ける。

「この後、彼女は主人公が本当に自分を愛してくれるかわからなくなり、連絡不通で行方不明。主人公は自分と彼女の将来を考え、最終的に彼女の地元の公園で泣いている彼女を発見し『鬼さん、見ーつけた』と、お互いに抱き合う!」

「そこまで構想があるなら書けばいいじゃろ」

「阿呆! 書いたら失敗するんだい!」

「お前、もう死んだらいいのにな」

「馬鹿馬鹿! この先セックス描写が必要なのに、俺書けないもの!」

「じゃあ書くな」

「いやん! 書きたい!」

「じゃ書け」

「無理だ!」

「……はぁ」あっ、溜息つかれた。

「何気にショックだ」

「此処から先は蛇足というやつではないか?」

「あっ、やっぱそう思う?」

「うむ。まぁよくわからんがな」

「わからないなら言わんといて!」

「うるさいやつじゃのー」


 私小説なんだから、どこで区切って満足するかは自分次第だろう。

 規定のページ枚数があるわけではない。失敗しても構わない。

 だが、神様としてこのまま終わってよいものか?

 スサノオは「付き合ってられん」と不貞寝して漫画読んでる。役にたたない神様だ。

 

「ふぅ」とりあえずタバコを一服してから読み返してみる。


「……」割と自分の伝えたかったことは、そのまま書かれている。ふむふむ。

「あれ? これで終わりでよくね?」

 この先にセックス描写が必要とも思えない。

 失敗したと思ったら、実はこれでよかったって、まんま『喧嘩ラーメン』だな。

「欲だ。欲が出ておるな。ハンニャハラミタ」

 邪念を振り払うべく、つい般若心経を唱えてしまった。

 

 考えてしまったのは物語ではなく、物語の後だ。

 頭のどこかで、これを長文化して、小説一本仕上げれば印税で生活できないかと考えてしまっていた。

 

 まだ小説を書き上げたこともない人間が、だ。


「恐ろしい……」いい加減、自分に嫌気が差す。

 前日にあれだけ偉そうに、

「書くために書くのだ!」なんてのたまっていたのに。


「よし。これはこれで完成にしてしまおう」

 推敲し、自分のホームページにアップしておく。

 宣伝もなにもあったものではないので、まだカウンターも回っていない。

 

 だが、それでいい。


 中途半端に投げ出すよりも、完成させた事実が愛おしい。


 それが二十ページ程度の短編でも、いままで出来なかったことだ。

「まるで親になった気分だ」

 わずか五千字に満たない文字の羅列ではあるが、確かになにかを生み出せた気がする。

「ここで終わらせたら、いままでのままだもんな」

 机に向かい、新しい物語を書き始める。

  

 書き続けること、継続させることが、神様としての責任だ。 



「いらっしゃいませ!」

 人生に目標ができると不思議なもので運気がよくなっきた気がする。

 あれから、何件か履歴書を出し、運よく働けることができた。

 正社員ではなく、派遣社員ではあるが、現在は家電量販店で携帯電話の販売の仕事をしている。

 覚えることもたくさんあり、まだ人生はてんやわんやの最中だ。


 短いながらも小説を何遍か書き上げ、ホームページに作品をアップし続けている。

 全文掲載しているが、電子書籍サイトで販売もしている。

 利益どころか買ってもらってもいないが、今後作品を掲載し続けることで、なにかしらアクションがあることを期待し、いまも執筆中だ。

 あまり盛況ではないが、今後小説を書いていき、その中で神様を目指そうと思う。

 

 思えば信仰とは人間の思いであり、物語、あるいはその作者に対する総念なのではないかと考える。

 その対象が神様といえるなら、きっと神様とは誰でもなれるものではないだろうか。

 このご時勢。誰でも芸術や文化に対し発信者になれる。


 働かない、三十歳のオッサンでもそうだ。


 ありとあらゆるメディアが散在する現代では誰もが発信者で、そして誰もが神様になれる可能性を秘めている。

 売れない自称小説書きも、路上でCDを手売りするミュージシャンも、下北沢の小劇場で演劇に励む俳優も、ネット上でイラストを公開する絵描きも、みんなそうだ。

 

 神は、ただ在るべき。スサノオは言った。


 ボクの考えは間違いで、てんで見当はずれを見つめているかもれない。

 だが、作品を作り続けることで、この先を切り開いていこうと思う。


 あの日、ボクは確かに神様を見た、その神様に近づくために。


 スサノオはもういない。


 いなくなったのか、見えなくなってしまったのか、必要としなくなったからかはわからない。

 だが、こうして作品を作り、神様を続けることで、またあの汚らしい神様に会えるような気がしていた。

 荒川沿いで、あの時のまま転がって……。

 いつかちゃんとした神様になったらお礼をしようと思う。

 

 みーんみんみんみん。みーんみんみんみー。


 蝉が鳴き、真夏の到来が予感される。

「そういえば、氷川神社の例大祭が八月一日だったな」

 現人神として参加しないわけにはいくまい。

「おーい! 豊田ー!! ぼさっとするなよ!」と職場の先輩からお声がかかる。

「はい!」

 神様だって生きているんだ、友達なんだ。

 

 夏はまだ始まったばかりである。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「お前の人生、嘘まみれじゃな。かぁ、ぺっ!」


 スサノオは一読し、辛辣に酷評した。

「おい! やめろ! 本当のことでも言っていいことと悪いことがある!」

「なんで我が消えたことになっとるんじゃ、ブチ殺すぞヒューマン」

「最近漫画ばかり読んでると思ったら、いらん言葉をおぼえやがって! もう見せねーぞ」

「ははは! 勝手に読むから貴様の許可なんぞいらんわい」

「この糞スライムがッ!!」

 スサノオを鷲掴みにし、壁に向かって全力投球。

 スーパーボールみたいに、ぽんぽんと弾けるのを期待したら、初弾で壁に散開した。

「はははって……くそ! スゲー痛ぇ!」

 心臓に受肉されていることをすっかり忘れ、五分ほど悶絶してしまった。


 神様になってから二週間ほどで一応小説らしきものを書き上げた。


 求職は全滅したので、再度応募をかけている最中だ。

 人生は、ある種の物語のように上手くいくとは限らないし、必ずハッピーエンドになるわけではない。

 たとえ神様であったとしてもだ。

 就職活動がうまくいかないことに関していえば原因は全て自分にある。

 そのくらいは自覚していた。


 出来上がった物語に再度目を通し感じたことがある。


 結局のところ、自分は自分以外になれないのだ。


 いかなる形態の表現方法でもそれは変わらないと思う。

 どれだけ物語の中で格好つけようと、自分に無いものは生み出せない。

 いままで生きてきて、感じて、読んで、考えて、そうやってひねり出すしかないのだ。

 逆に自分の中にわりと色んなものが詰まっていて、

「あれ? これ俺が書いてんの?」と思う部分が各所に見受けられた。

 なにもないと思っても、心の底にはヘバリついたものがあるようだ。


 最後以外は、いままであったことをほぼそのまま小説形式にして書き起こした。

 スサノオの批評に関しては気に食わなかっただけと思いたいが、他人の意見も重要だ。

 むしろ信仰を集めるのなら最重要と言っていい。

「お世辞にも出来が良いともいいがたいが……」

 

「よし!」投稿してしまおう。


 悩んだ末に自分のサイトと、小説投稿サイトにそれぞれアップすることにする。

「ふん。これで逃げられまい」いや、自分のことですけどね。

 なにかしら反響があれば変わってくるやもしれん。

 完全に他人任せではあるが、ひとまず反応をみてみたいのが人情である。

 書くことを続けるにせよ、辞めるにせよ、俺の人生はまだまだ続くのだ。

 己の身が朽ち果てるその日まで。


 好きなように生きてしまおう。


「おんや?」

 投稿先のサイトを探していたら、投稿と賞の一体になっているものを発見した。

 調べてみると、


『8000字以内で、あなたの書いた(これから書く)小説の、「一番読ませたい部分」を送ってください。

まだ全部書き終わっていない場合でもOK。

ネット上でも「究極のエンターテインメント」を求めます!』とある。

 

 小説投稿と賞の応募を兼ねているようだ。


「これでいいかな」特に深い考えはなく、とりあえずの感想が聞きたいのでアップしてみる。

「タイトル必須。そりゃそうだ」

 いままで内容のことばかり頭がいっていたので、タイトルだとかキャッチコピーなんて失念していた。

 俺は再生し終わり、週刊漫画を読みふける神様をみやり、 


「タイトルは……そうだな」


『神様拾って警察届けたら概ね一割お礼にくれた。』


 この先がどうなるかわからない。

 それが神様であってもわからないものはわからないのだ。


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