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その一

 

 神様拾って警察届けたら概ね一割お礼にくれた。その一


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 大学を卒業してからダラダラと時間を食いつぶすように生きてきて、気がつけば三十歳になっていた。

 まともな職歴はなく、履歴書にも職務経歴書にも書くことに困る人生詰んでるオッサンだ。


 オッサン。


 不思議な言葉だ。

 オッサンであるにも関わらずオッサンであることに無自覚なのである。

 もう三十歳なのに。


 大学の友達は就職し、昇進し、家庭を作り、車を買って、家を買って………そんな人生を歩んでいるのに、俺はネットだ、アニメだ、ゲームだと、与えられるメディアを与えられるがままに、なにも考えずに生きてきた。

 酒は飲まない。ギャンブルもしない。流行の音楽にも、服にも無頓着。

 面倒くさい。努力したくない。他人に関わりたくない。

 前を向いても、振り返ってもなにもない。

 お先真っ暗のはずなのに、なんと真っ白な人生であることか。


 死にたくなる。


 しかし、死ねない。恐いし。

 うんこ製造機であることに疑いの余地はない。

 そんな三十歳のオッサン。

 実家に住んで、飯を食わせてもらって、これで両親が死んだらどうするのか?

 恐ろしすぎて泣けてくる。

 ならどうするのか?

 わからない。三十歳にして何一つわからない。

 税金? 納税? 年金? 社会保障? 年末調整? 

 何一つピンとこない。

 それでも人間生きていれば腹は減るし、うんこしたくなるし、眠たくなる。 

 生きるとは何だろう?

 そんな哲学的なことを日夜考え、不安で押しつぶされそうになり、全てを忘れるように一日を終え、朝が来る。

 そして昨日の繰り返し。


 今日もそんな日を過ごす筈だった。


 家にいてもやることのないない俺は、暇潰しがてらに荒川の土手をゆっくり散歩するのが日課になっている。

 天気の良い日は気分がよく、雨が降っている日は川の流れを日がな一日眺めて、適当なところで帰宅するのだが、今日は気分が乗ってか、板橋から荒川沿いを北西に和光市まで来てしまった。

 ちょっとしたハイキング気分だ。

 散歩の傍ら、自転車で颯爽と抜かれたりするとロードバイクなんかが欲しくなる。

 ヘルメットとサングラス装備をした、パッツンとしたスポーツウェアで、ハンドルの曲がっている自転車乗りを見たことがあるだろうか。

 雨や冬なんかは辛いけど、春先の暖かい日なんかに、走らせると脳汁がドピュドピュ出る。

 荒川土手なんて特に最高の立地で、大学卒業してバイトして、初めて買ったロードバイクがコルナゴだったのだが、全身で風を受けて走らせている時が人生で最も輝いている瞬間で最高にクールだった。

 

 一週間で盗まれたけど。


 金額的にも絶望度的にも「大学卒業新入社員初任給」をまるごと落とした程の衝撃である。

 どれほど犯人を見つけて嬲り殺してやろうと思ったか。

 犯人を見つけ出し、

「お前の大事なものをズタズタに引き裂くか、家燃やされるか、三秒で選べ」と、どれ程言ってやりたかったか。

 盗まれた夜に雨の中、都内二十三区を薄汚れたジャージ姿で走り回った苦労をどれほど味あわせてやりたかったか。

 それも今となっては笑い話……には全然ならないトラウマがいまでも心の中にある。


 世界の理不尽には人間の努力など無に等しいと理解した瞬間だ。


 飲めない酒を飲んだ。

 ベロベロに酔っ払った。

 警察に家まで送ってもらった。

 親に泣かれた。

 以来、盗まれた自転車を発見できないものかと、荒川散歩が日課になった。


「ちくしょう……」

 だんだん悲しくなってきたので帰ることにする。

 日が上がり、脇から汗が滲んでいた。

 普段は天気が良いだけでテンションが上がってしまう簡単構造のオッサンだが、昔の思い出により気分はだだ下がり。

「寝取られて別れた女房を思い出すとこんな感じだろうか」

 

 結婚したこともないし、童貞だけどね!


 戻り際、お腹も減ったので近くの公園を探し、ベンチで今朝握ったおにぎりをかっ食らう。

 酸味の利いた梅オカカを二つ時間をかけて食べる。

 最近はツナマヨ、シャケ、梅オカカの三ループをひたすら繰り返している。

 お茶はペットボトルに麦茶を入れてきた。

 ゆっくりするのは嫌いなので手早く食べる。

 色んなことを考えてしまうから。


 三十歳。オッサン。将来。家族。同世代。恥。仕事。安定。子供連れ。世間の目。

 考えれば考えるほど欝になり、なにもしない自分自身に嫌気が差す。

 日々、履歴書を送っては、

「貴殿の今後益々のご活躍をお祈り申し上げます」の不採用通知に怯える日々。

 いつまでこんな生活を続けて、いつまでこんな生活を続けられるのか。

 親は死ぬ。いつか死ぬ。

 そうしたら?

 俺はどうするのだろう?

 俺はどうなるのだろう?

 わからない。なにひとつわからない。


 人生の生き方なんて誰にも教わっていない。


 社会のレールから外れたら、そこでアウトなんて聞いていない。


「帰るか……」誰に言うでもなく、そう呟いて公園を後にした。

 悩んでいる暇があるのなら就職活動でも起業でも行動すればいいのに、それが出来ない。

 臆病なのか、傷つきやすいのか。あるいは怠けているだけなのか。

 みんなどうして生きているのだろう。

 みんなどうして生きていけていけるのだろう。

 どうして声を大にして叫ばないのか。

「この世界がクソッタレ」なのだと。

 

「あぁ。世界とは糞垂れ小僧じゃ。相違ない」

 

 突如、声がして後ろを振り返る……が、誰もいない。

「莫迦者め。下じゃ、下じゃ」

 黒くずんぐりとしたナニか、としか言いようがないモノが地面に転がっている。

「おう。道に迷うてしもうたわ。そこの莫迦者、ここは常世か?」


 さていかがしたものだろうか? まずコレはなんだ? 何故しゃべっている? ゴミ? 不安のあまりついにキてしまった? のど乾いた。 麦茶飲んでいい?


「質問に答えよ、莫迦者。茶ぐらい我慢せい、神の前ぞ」

 ずずぅー。無言で麦茶を飲み干す。


「えー? 神とか言いました? コレ?」


「こら! あまり礼を逸すると荒ぶるぞ」頭痛くなってきた。

「えー、まずは何から聞いたものか」

 自分のことながらコレとコンタクトを取ろうとしている自体が既におかしい。

「お前、痴呆の類か? まずは質問い答えよ。ここは常世か?」

 トコヨ? 東横線かなにかのこと? いや、その前にこれが電車に乗れるようには思えん。

「……板橋ですけど」精一杯悩み、答えてみた。

「いたばし?」

 いかん。お互い何一つとして会話が先に進んでいない。

「ふーむ」黒いずんぐりとしたナニかは全体をプルプルさせている。 

「よし! 簡単な質問をするぞ。すみやかに答えよ」

「は、はぁ」

「年号は?」

「……平成です」

「常世か?」

「違います」

「日ノ本か?」

「そうです。日ノ本は昔の呼び名だったかと」

「神はいるか?」

「神は死んだ」

「なぬ!」

「……と、偉い人が言ってました」

「まぁいい。お前いくつだ?」

「三十歳です」

「童貞か?」

「道程の最中です」

「ふーむ」

 黒ズンがまた体をプルプルさせている。

 なんだこの質問? なんで童貞って聞かれたんだよ?

 間に挟む質問じゃねーだろ。

「おい!」

「は、はい!?」

「この近くの豪族のところへ案内せよ」

「ご。ごうぞく?」

「はー。国の権力者のことじゃ」

 権力者? 政治家? いやいや政治家なんてどうやって会うんだ?

 国家権力? なら警察とか?

 どうにもなりそうにないで近くの交番へ案内してやることにする。


 正直、面倒になってきた。


「あ、じゃあ、こっちなんで……」

「おい!」

「な、なんでしょう?」

「動けん。連れて行け」

「……」


 放置したかったが「荒ぶるぞ」とか意味不明な脅しをかけられ、仕方なく、自称神を持ち上げる。

 黒くずんぐりとしていて、ブヨブヨでねっちゃりベトベト生暖かい。

 体には木っ端の類や塵芥がくっついており、微妙に変色していて、山中に捨てられたエロ本を連想させた。

「う……うぇ~。なにこれ」本当になにこれ? つーかなんなのこれ?

 途中に何度も荒川の中に蹴り飛ばしてやろうと思いながら、謎の物体を抱えて交番へと運ぶ。


 くじけそうになりながらもなんとか交番に到着。

「そう言えば中に入るのは初めてだな」

 警察官を見ると意味もなく身体が固まるので、出来る限り避けて生きてきたのにな。

「あ、あの~」

 交番の中に入ると、中には若い警察官が地図を片手におばさんに道を教えていた。

 漫画みたいなシュチュエーションだ。本当にこんなことしてんだな。

 こっちに気づいたのか、

「あー、ちょっと待っててくださいね」

 手馴れているのか、コピーした地図に赤い水性ペンで線を引き、

「でね、まっすぐ行ったとこにコンビニがあるから、そこを左ね。左側に高校が見えるから、

通り越して一つ目の道を左。五分くらいで着くから」

「あー、はい。どうもありがと~」

 おばさんは人懐っこい笑顔で、

「待たせちゃってごめんね~」と、コピーした地図を片手に去っていった。

「はい、お待たせしました。どうしました?」

「え、あの…落し物を」

「はい、遺失物ですね。ちょーと待っててくださいね」

 奥に引っ込んだと思ったら、

「はい、これどうぞ」と、お茶を出してくれた。

 ガラスの容器にお茶と氷が入っていて、中でコロンと音を立てている。 

「今日は暑いですもんねー」

「あ、ありがおうございます。いだだだきます」噛んでしまった。

「どうぞどうぞー。で、どれを拾われたんですか?」

 抱えていたアレを机に出す。

「うーん。なんですかねー」

「ちょっとよくわからないんですけど……」

「プルップルしてますね。なんでしょう?」

 それは俺が聞きたい。

「ふむ。検非違使か」

 あっ! しゃべりやがった!

「とりあえず登録しましょうか」

 しかし、警察官これを華麗にスルー。

「まず、何時ごろ拾われました」

「ついさっきです」

「「うーん。五分くらい前ですかね?」

「そうですね」

 警察官は腕時計を見やり、

「十三時っと。拾われた場所はどちらですか?」

「はい、荒川沿いの……」

「はい。……付近ですね」

 聞き取りながら、パソコンに入力していく。

 紙っぺら一枚だと思ってた。警察もパソコンとか使ってんだな。

 いや、当たり前か。

「帽子? いや、インテリア?」

 こちらに同意を求められても困る。

「神じゃ、神。荒ぶるぞ」ぷるるーん。

「あのー。神らしいです」

「かみ? 髪の毛ですか?」こんなアグレッシブな髪型があってたまるか。

「いや、神様らしいです」

「あぁー。神様ですか。初めて見ましたよ」


 凄い。動じない。それとも神って、俺が知らないだけで浸透してんの?


「神様っと……」さも当たり前のようにキーボードでカタカタと入力されていく神(笑)。

「色は黒で……材質はなんだろうな?」

 知らん。神に材質とかあんの?

「ゼリー状……かな?」

 うわっ。チラ見された。

「そうですね。ゼリー状じゃないですか?」

「ゼリー状っと」カタカタ。

 なんだろう。この言質取られた感は。

「はい。印刷しますので、ちょっと待っててくださいね」

 パソコン横のプリンターからウィーンと用紙が出てくる。

 拾得物件預かり書と書かれている。  

「ここにですね。お名前と、連絡先お願いしますね」

「書かなきゃだめですか?」

「書かなくてもいいんですけど、落とし主が見つかった場合の連絡とか、お礼もありますからね」

「お礼?」

「そうですね。概ねなんですけど、拾得物の一割の権利ありますね」

「はぁ。そうですか」

 神を落とすとかどんな奴だろうとか、神の一割とか突っ込みどころが満載ではあるが、国家権力に逆らうほどの気概もないので言われたままにツラツラ記入してしまう。

「いまのが本書で、こちらが控えです。同じように記入お願いしますね」

「……っと。はい。出来ました」

「はい。では控えはお持ちになってください。落とし主が三ヶ月たっても現れない場合は飯田橋の遺失物センターに、こちら届きますので、その場合の遺失物の権利は落し物を拾った人の権利になりますので」

 ふむふむ。三ヶ月たったら、この神(笑)は俺のものになるわけか。


 いらないけど。


「では。お疲れ様です」

「どうもありがとうございました」

 そのまま交番を出て、帰宅しようとすると、

「おい。お前」神が話しかけてくる。

「雑事ご苦労。名前を聞いといてやる」

「豊田穣。覚えなくてもいいぞ」

「ふむ。よき名だ。 豊田穣、また会おうぞ」


 投げかけられた言葉に不安を覚えたが、帰り際につけ麺を食っていたら、

「あれ? やっぱり夢じゃない?」と結論し、スープ割りを注文するころには記憶の彼方に飛んでいた。

 

 ある意味、自己防衛本能のなせる業。





講談社「ワルプルギス賞」に応募中です。

http://p-amateras.com/text/755


よろしければそちらもお願いします。


感想等お待ちしております。

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