日常の崩壊
文字通り日常の崩壊をテーマにした短編小説。半分テストも兼ねているので気が向いたらシリーズ化(短編集として)させます。
私は妻に先立たれました。
妻の葬式が終わってひと月が経つ。あれだけ慌ただしくしていた自分が嘘のように今はただ、湯呑みを机に置いて深く考え込んでいる。溜息が一つ。部屋の空気と混じり、時計の針が奏でる音が重い空気をつくる。
私と妻は親の持ってきた見合いで出会い、身内だけの小さな式を挙げた。子供はいない。別にいなくても特に気にはならなかった。私たちの仲はうまくいっていたし、妻もよく私を立ててくれていたので、世間でも仲の良い夫婦で通っていた。それが私の「誇り」であり、その当時の満足であった。
妻が病気になったのは六年も前だった。医者に妻が癌を患っていると宣告され、私は淡々と応えていた気がする。自分たちはもう歳なのだからどっちかが病気となっていても当たり前だと、心のどこかではっきりと諭していたのだろう。少なくとも医者の前で戸惑いを見せたのは入院に関しての手続きだけだ。だが、家に帰ってからはどうだろう。あの時の感覚が嘘のように抜け、不安が押し寄せた。家事はどうするんだ?保険金は?年金は?あれは、これはとまるで滝のように私の心に流れ込んだ。顔が蒼くなり、吐き気もした。
しかし、そんな私とは逆に、妻は平然と事の成り行きを受け入れているようであった。自分の体のことなのにちっとも慌てる様子もないその姿に逆に私は面食らった。
「私が心配なのはねぇ、むしろあなたがまともなご飯を食べてくれるかどうかですよ。」
そう言った妻に私は不安を忘れ、苦笑するしかなかった。妻はそれから、おおまかなことは全部書いてありますから、とノートを差し出した。「家事について」と書かれたそれを見てまた苦笑するしかなかった。
それからの日常は妻が家事すべてをおこなっていたときよりも充実しているように思えた。朝、朝食を作り、掃除等をおこなってから病院へ。妻の世話をし、談笑する。夕方頃に帰って夕食を食べ、寝る。それを繰り返し続けた。
妻がいなくなった今、あの日常から病院に行くことが削られた。そして私はこれが日常にならないうちに死のうとしている。私にとって日常とは妻がいた毎日なのである。そう深く頭に刻み込んで、白い錠剤を大量に口に含み、水で流し込んだ。
重たい話で半分申し訳ない気もしますし、つい1年前に書いた作品です。半分はこの主人公の遺書みたいなものです。それでも読んでくださった方は本当にありがとうございます。処女作ですので今後ともよろしくお願いします。