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無邪気に、祈る。


 知ってるんだ、あたし。



 葉月くんが静かに笑った。キサくんはじっと哀しそうな目であたしを見る。

 ふらふらぐらぐら、身体が揺れる感じがした。でも気のせいだった。

 

「好きだよ、佳月の事」

 

 葉月くんはただそう言った。佳月ちゃんが決して浮かべることのない、どこか儚い笑顔。

 少し息を吐いた。

 

「うん、知ってるよ」

 

 知ってた。葉月くんが、佳月ちゃんのこと、本当は優しい目で見てること。冷たそうにして、でもたぶん佳月ちゃんを一番に考えてることも。

 葉月くんはいつの間にか無表情になっていた。時折、佳月ちゃんがぼぉっとしているときに見せる顔とそっくりで、あたしはびっくりした。それから少し怖くなる。でも、あたしは笑ってみせた。

 

「葉月くんの一番は佳月ちゃんだって、あたし最初から分かってた」

 

分かってたの、分かってたんだけど。




 佳月ちゃんはあたしの憧れ。いつも一人でいた女の子。

 あたしは一目見たときに佳月ちゃんに見惚れた。恋に近いかもしれない。

 真っ黒でさらさらの髪、桃色の花びらがくっつくのを嫌そうに払ってた。もう、なんかぜんぶが綺麗だと思った。

 あたしが最初に、佳月ちゃんになんて語りかけたのかはもう忘れちゃった。でも毎日毎日話しかけて、くっついて、佳月ちゃんの綺麗な顔を眺めていた。

 いつ頃か佳月ちゃんも本当に優しく微笑んでくれるようになって。

 生まれて初めて貰った宝物みたいに、その笑顔はキラキラとあたしの心の中で輝き続けている。


 佳月ちゃんに双子のお兄さんがいると知ったのは、恥ずかしながら中学校生活後半だった。それまで、全然知らなかった。佳月ちゃんは微塵もそんな事を口にしたことはないし、双子のお兄さんの影も、どこにも見当たらなかった。

 葉月くん、というらしい。

 初めて佳月ちゃんのお家に遊びに行ったときに初めて会った。葉月くんは佳月ちゃんのように真っ黒で綺麗な髪じゃなくって、でも雰囲気も顔立ちもすっごく似てた。

 『にてるね』そう言うと、佳月ちゃんも葉月くんも一瞬黙って、似てないよと二人声を合わせて、それからむっとしたように二人とも顔を見合わせたのがなんだか可愛かった。



 葉月くんのこと、好きになったのはいつだったっけ、

 佳月ちゃんに似た葉月くんを見ると、なんだか胸がどきどきして、ついには無意識に佳月ちゃんの中に葉月くんを見ようとすることもあった。

 佳月ちゃんにそれを打ち明けたのは、高校に入学してからすぐ。

 そう、とだけ溜息をつくように吐き出された言葉が、なんだか渇いていて、驚いた。でも、すぐにうっとりするくらい綺麗に微笑んでくれた。



 「ごめんね、知ってたのに、告白したの」

 

 葉月くんの気持ち、佳月ちゃんが好きだってこと。

 恋?ちがう、葉月くんが佳月ちゃんを想う気持ちは、暖かくてふわふわした、あたしが葉月くんを想う気持ちとは似て非なるものなんだと思う。すっごく深くて暗くて冷たい深海みたいな愛なんだ。

 知っていて、あたしは、あたしの気持ちを優先した。恋することって、何でこんなに自分勝手になっちゃうんだろう、って自己嫌悪。

 

 葉月くんは何も言わない。赤い夕日を背にしているせいか、いつにも増して葉月くんは真っ黒で、そのくせ葉月くんの姿かたちの輪郭が、きらきらきらきらして見えた。

 キサくんはただぼぅっとしてる。そういえば、キサくんって佳月ちゃんのこと、……葉月くんのこと、好きだったんだっけ、

 

 沈黙が夕暮れの教室を包み込む。

 あたしの心は、沈んでいるといえば沈んでいたし、晴れているといえば晴れている。胸の奥に堪っていたどろどろしたものが流れ出た感じ。

 

「ごめん」

 

 葉月くんがただ呟いた。

 

 「俺、千鶴の事ちゃんと見てなかったかも」

 「そうよ、あたし、結構いろいろ考えてるんだから」

 

 冗談っぽく言ってみると、葉月くんがちょっと笑った。

 

「千鶴は、何も考えていないのかと思ってた」

 

 失礼な。だけど、そこまで気分は悪くない。

 

 「葉月くんって、けっこう自己中心的だよね」

 「そうそう、自分のことしか考えない俺様だよな」

 「……キサには言われたくないんだけど?」

 

 ちょっと納得いってない顔でじろっとキサくんを睨む葉月くんが可愛くて、思わず笑ってしまう。

 良い気分。もっと、哀しい気持ちになる気がしてた。でもすっごく晴れやか。

 ホントは、ね、ちょっとだけ、苦しいんだけど、

 

 「ね、あたし、間違ってなかったのね」

 

 そう言うと葉月くんは少しだけ辛そうな顔をした。それでもうっとりするくらい綺麗に微笑んだ。

 葉月くんは佳月ちゃんの、本当のお兄さん。

 でもでも、本気で、葉月くんは佳月ちゃんの事が大好きなんだって、分かってるよ。

 気付いたときは必死に否定しようとしてたのも事実、少しの嫌悪感も混じってたのも本当。

 でもね、思うの。

 

 「不思議だよね」

 

 あたしはキサくんに向かって微笑んだ。たぶん、キサくんも分かってるんじゃないかしら。

 

 「葉月くんも佳月ちゃんも、似てないようで似ているの」

 

 相手を想う気持ちは、自由だっていうのが、あたしの持論だけど、世間的に許されない戒めもあって。誰かを傷つけてまで想いを遂げるのが正しいとも思わないし。……って、あたしが言えることじゃあないけどね。

 許されない?普通じゃないこと?普通じゃないからって、きっととっさに否定しちゃうんだ。あたしが瞬間的に感じたあのどろどろした嫌悪。

 怖かった。佳月ちゃんも葉月くんも大切な存在なのに、二人に対して、そういう感情を抱いてしまったことが。

 でも。 

 

 「葉月くんの気持ちは否定したくない」

 

 血は、繋がる赤いものはきっと葉月くんを縛るんだろうね。

 あたしは願うよ。いつかきっと、葉月くんと佳月ちゃんが、お互いを憎み合うのでなく、分かり合える日が来ること。

 葉月くんがちょっとだけ素直になって、佳月ちゃんも、広い世界に目を向けてくれますように。

 

 だって、二人とも大好きだから。




 願いが叶うためなら、あたし、なんでもする。

 ずるくなるし、嘘だってついちゃうよ。

 二人とも、大好きなの。愛しているの。



もう一気に更新します。


あともう少し、お付き合いくださいませ。

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