純粋で、狂気の
俺は、彼女が愛おしい。
「ね、キサ。キサは佳月のこと、好きなの」
俺はただ静かに黙って立っているキサに尋ねた。
キサはなにも言わない。そのくせ、黒々とした切れ長の目の、瞳の奥がぎらぎらとしている。試合で、キサが見せる、あの目と似てる。相手を試すような、自分を試しているかのような、もしくは全てを見逃すものかっていう、目。
傍観者。キサにはこの言葉が良く似合う。
自らが台風の目なのだというように見せる。でも、本当は違う。キサはただ小石をひとつぽちゃんと投げるだけだ。そして、渦を描き始めた水面を眺めて楽しむ。自分だけは高いところから見下ろしているのだ。もう、嵐は近いと。
でも、キサは。
佳月を、
「キサは素直だよね。俺たち兄妹とは違って。そのくせ興味のないことには目もくれないし、冷酷だけど、佳月には妙に優しいだろ。まるで自分こそが真の理解者のように振る舞って、頼らせて、どろどろに甘やかして」
宝物のように、ずっと手のひらの上に載せておくつもりなのか。
「馬鹿じゃないの」
吐き捨てた。笑いがこみ上げる。
あれを、好きだなんて。大切にしたいだなんて。
「佳月は、苦しんでいる姿が一番、可愛いんだよ」
欲望を抱え苦悶し、完璧に押し隠して、微笑んでみせる佳月は、美しい。
壊してしまいたくなるほどに。
俺と佳月は同じ日に、同じ母親の腹の中から生まれてきたそうだ。
俺も、恐らく佳月も、双子のつながりなんて感じたことなんてなかったし、どうでも良かった。俺は大人に好かれた。佳月は大人に好かれなかった。佳月は一人輪にはずれたが、それを苦には思っていないようだった。のうのうと大人の盾に守られながら、俺はそう考えた。
いつ頃だろうか、恐らく、小学校に入って少しした頃。佳月は、少しだけ頬をゆるませることが多くなった。今まではずっと無表情か仏頂面で、笑った所なんか見たことがなかったというのに。
それからしばらくして、相川千鶴の存在を知った。彼女は小学校で執拗に佳月に話しかけているらしかった。
遠目からちらりと見た佳月の表情に驚いた。
あんな顔もするんだ。
自分と似ていないようで似ている顔が、花開くように微笑む顔が忘れられなかった。
それでも俺と佳月は、誰よりも近しい、他人、だった。
違和感を感じ始めたのはいつだっただろうか。
中学入学の頃には、お互いを無視するようなこともなく、普通に接するようになっていた。
一年たち、二年たち、俺は佳月の背を越した。見下ろすとなんだか小さくて笑えた。
相川千鶴とはやっぱりいつも一緒にいた。普段はしかめっ面か無表情なくせに、彼女の前だと大人しそうで、優しそうだった。
本当に大切なのだと皮肉に思っていた。もし命の秤にかけられて、俺と相川千鶴どちらを選ぶかとなった場合、佳月は迷わず相川千鶴を取るだろう。そう考えると、何故か気分が悪かった。
ある日のことだった。寒い、冬の日だった。俺は日直の当番で放課後残っていた。まだ橙色の夕日が光っていたので、そこまで遅くはなかっただろう。
職員室から帰ってきてちょうど鞄を取りに教室へ帰る所だった。隣のクラスに人の気配がして特になにも考えず通り過ぎようとした。
誰もいない、机だけが並べられた寂しい教室の、向こう側の窓の近くに椅子に座った人影が見えた。そして、もうひとりは机に頬をくっつけて、どうやら寝ているらしい。足が止まった。座っていた人影が動く、光の加減で佳月だと分かった。じゃあ、寝ている方は相川千鶴か……そうぼんやり思った矢先、佳月が動いて、寝ている彼女の頬に、唇を寄せた……長い間離れなかった。そして、やっと上げた顔は、
なんて、綺麗なんだろう。絶望に近い、それでも後悔はしていなさそうな、頬は紅潮している、今にも泣きそうだ、満ち足りたような、幸せそうな、
やっと、理解した。
佳月に感じたいらだちも破壊衝動も、妙な優劣感も、すべて、愛なのだと。
愛してる、触れたい。佳月の全てを自分のものだと主張したい。
壊してやりたい、俺と佳月は腐っても兄妹で、決して結ばれることはない、許されない、何より、相川千鶴に向けるような顔で佳月が俺を見てくれることはないんだろう?
俺を世界で一番憎んでくれたら良い。単純だって分かってる。だが、愛と憎悪は紙一重だという。ならば俺は、相川千鶴への愛以上の憎しみを。愛以上の憎悪で、佳月が俺を意識してくれればいい。
俺は、佳月を、愛している。
たぶん、不器用なんだと思います。
彼が抱えているものが狂気なのかただ拗ねてるだけなのか、いまいちよく分かりませんが、愛と憎悪が表裏一体なら、狂気も簡単に生じちゃうのかな、と。
力量不足です、もっと、もっと彼は病んでるんです、精神的に!