それは欲しがってはいけないものです
「リリアン、いいですね? 他人のものを欲しがってはいけません。淑女らしくないですからね」
「ほしがるとどうなるの?」
「オバケが出て不幸になりますよおおおお!」
「こわーい!」
懐かしい子供の頃の思い出だ。
母様は他人のものを欲しがるなと、いつも私に言っていた。
うんうん、わかるわかる。
今になってようくわかる。
何故なら……。
◇
「ねえ、リリアン。あなたのブローチ可愛いわね。私にくださらない?」
「ええ?」
貴族学院の同級生シャロン・ガメル男爵令嬢だ。
シャロンは人見知りで引っ込み思案なくせに、わたしにはずうずうしい。
友達認定すると馴れ馴れしいというか。
アクセサリー好きですぐ欲しがるの。
正直面倒な令嬢だが……。
「シャロンちょっとは遠慮しなさいよ」
「いいじゃないの。私のほうが似合いますもの」
「んん? まあそうね……」
シャロンが小動物系で可愛らしい令嬢であることは確か。
このブローチもシャロンが身に着けたら映えるだろうな。
理解できるだけに苛立ちもする。
上目遣いで甘ったるい声を出すシャロン。
「いいでしょう? 学食で奢りますから」
「じゃあ、あげるわ」
「リリアンありがとう!」
大して思い入れのあるものじゃないからべつにいい。
喜んでもらえるのも悪い気はしないし。
ただねだられるのはかなりうざったいわ。
母様の言っていた淑女らしくないというのが身に染みて理解できる。
わたしは絶対にあんな女にはならない。
シャロンとの付き合いを切りたい気はする。
でもともに男爵家で婿を取らなければいけない立場というのが共通していることもあって、貴族学院に入学して初めて親しくなった女生徒なのよ。
この程度のことで付き合わなくするというのは、わたし自身が狭量に思えるし。
シャロンは可愛いから密かなファンも多いし。
悩みどころではある。
そう、わたしは婿を取らなければいけない立場。
ハットン男爵家の子は姉カイリーとわたしリリアンの姉妹のみ。
普通は長女の姉様が家を継ぐものだと思うのだけれど、姉は何故かさっさと嫁入り先を決めてしまったから。
どうしてだろう?
詳しい理由は聞いていない。
もっとも気が強く積極的なわたしのほうが、領主向きの性格ではあるだろう。
逆に姉様はおっとり淑女だから、婚ぎ先でもうまくやるに違いない。
その辺が理由で父様母様はわたしを跡継ぎに決めたのではないかな。
わたしの婿は……自分が選びたいと思うのは我が儘だろうか?
欲しいものは誰かに与えられるのではなく、自分で手に入れたいという精神の表れなのだが。
◇
そんな特に何事もない日々が過ぎ、いよいよ姉様の嫁ぐ日がやって来た。
お相手はセバーグ男爵家の嫡男ブレント様。
ブレント様は見目麗しい素敵な令息なの。
姉様とはとってもお似合い。
ああいう旦那様がいるって羨ましいと思う。
いやいや、羨むのは欲しがりの一歩手前。
自重せねば。
わたしは欲しいものを自分で手に入れるタイプではないか。
姉様を送り出した夜、わたしの部屋に手紙と小箱があるのに気付いた。
何だろう?
姉様からの手紙だ。
『愛する妹リリアンへ。
今日の良き日にわたくしはセバーグ男爵家に嫁ぎます。
リリアンに全てを押しつける形になってごめんなさい。
わたくしはどうしようもない姉でした。
あなたの欲しがっていた髪飾りを贈ります。
これは義務ですから。
あなたの幸せを願う姉カイリーより』
……一応文章になってはいる。
でも何を言いたいのかサッパリわからない。
わたしに全てを押しつける?
姉様はどうしようもなくなんかない。
賢く慎ましやかな自慢の姉様だ。
一番わからないのは、『あなたの欲しがっていた髪飾り』の件だ。
わたしは他人のものを欲しがったりなんかしない。
母様に散々言われてきたこともあるが、わたしは他人からもらうのではなくて自分で勝ち取ることに意義があると思っているから。
そのことを姉様が知らないはずはないのに……。
……考えてみれば、姉様が母様に『欲しがるな』と言われているのを見たことがない。
姉様は言われなくても他人のものをねだったりはしないだろう。
でもわたし達は同じ教育方針の元で育てられているのだから、姉様にも注意くらいはするのではないか、普通。
どうしてわたしにだけ?
謎ではあるが……。
小箱を開けて中を見る。
やはりこれか。
オニキスに似た黒く美しい宝石をあしらった髪飾り。
とても美しいものだと思う。
ただわたしは何となく心をざわつかせるこの髪飾りが好きではない。
「ま、姉様がくださったものだから」
わたしは独りごちた。
殊更に欲しがったわけじゃない。
が、くれるというならもらっておこう。
それより今日は疲れた。
早く眠りにつこう。
◇
次の日、貴族学院にて。
「ねえ、リリアン。あなたの髪飾りすごく素敵じゃない!」
「これ? 古いものよ?」
何となく姉様の髪飾りを着けてきてしまった。
そうすべきである気がしたから。
全然派手なものじゃないのに、シャロンの目の色が違うじゃない。
シャロンの琴線に触れたらしい。
「私にちょうだい!」
「ごめんね。これ嫁に行った姉様からの贈り物なのよ」
「いいじゃない! 私のほうが絶対に似合うから!」
「ええ?」
今日のシャロンはいつにも増して強硬だ。
どうしたのだろう?
見かねた一人の令息が仲裁しようとしてくれる。
「シャロン嬢。それは不躾なんじゃないか? 一目で高価なものとわかるよ」
「だ、だって……」
「もらいものだから値段はわからないけれど」
「とにかくこれは私がもらうわ! じゃあね!」
「シャロン嬢!」
小躍りして去っていくシャロン。
それを複雑そうに眺める令息。
「よかったのかい? シャロン嬢に譲ってしまって。かなりの価値のあるものだと思うけど」
彼はロジャー・アダムズ男爵令息。
アダムス男爵家の三男だ。
正義感と清潔感のある殿方なので、わたしはかなり好印象を持っている。
婿として狙い目なのではないだろうか?
家格も合うし。
わたしのことを何とも思っていないのだったら、こうして間に入ろうなんて思わなかっただろう、と都合のいい解釈をしてみる。
「いいのですよ。シャロンに似合うのはその通りですから」
「ええ? 姉上から贈られたものなんだろう?」
贈られたのは確かだが、もらった経緯が何とも。
手紙の内容が謎過ぎる。
何より心をざわつかせるあの髪飾り自体が気に入らない。
「姉からもらったのは事実ですけれども、それは言い訳に過ぎませんから」
「言い訳?」
「シャロンはアクセサリー好きです。でも欲しい欲しいは貴族令嬢としてよろしくないでしょう? 普段からそうなので少々たしなめるべきかと、断ってみただけなのですよ」
「シャロン嬢はなあ。しかし結局髪飾りをあげてしまったじゃないか」
「押しが強かったですからね。気に入ってもらえるなら髪飾りも幸せでしょう」
「ん? リリアン嬢は気に入っていなかったみたいだね」
……気付かれた。
ロジャー様案外鋭いではないか。
「……わたしよりシャロンに似合ってしまう裏切り者ですので」
「ハハッ、何だい? それは。まあリリアン嬢が納得しているならいいんだ」
この場ではここまでだった。
が、翌朝衝撃の事実が母様から明かされる。
◇
「リリアン!」
休日だからと朝からのんびりお茶をしていたら、母様がリビングに駆け込んできた。
何事だろう?
母様らしくない。
常に淑女たらんとしている人なのに。
「どうしたのです? 母様。随分と上機嫌ではありませんか。姉様がいないのですから、少しは寂しがってみせないといけませんよ」
「違いますったら。長年悩まされてきた頭痛が消えたのです!」
「よかったですね」
母様は頭痛持ちだからか。
言われてみればわたしも少々気分が浮き立つ気がする。
今日は調子のいい日なのだろうか?
母様にもお茶を淹れる。
「リリアン。あなたカイリーから髪飾りを受け取りませんでしたか?」
「受け取りましたがすみません。友人のシャロン・ガメル男爵令嬢にあげてしまいました」
「それだわ! ああ、何て素晴らしいの!」
母様に抱きしめられた。
それってどれだろう?
母様のテンション妙に高くないですかね?
「サッパリわからないのですが」
「ああ、ようやく説明できるわ。あの髪飾りは母系の呪いなの」
「母系の……呪い?」
えっ、呪い?
いや、わたしもあの髪飾りがただのアクセサリーではないと感じていた。
だって見ただけで心がざわつくから。
「あれはハットン男爵家に祟っていたの。我が家に女の子しか生まれないことは知っていたでしょう?」
「はい」
なるほど、それで母系の呪い?
女の子しか生まれないだけなら、婿を取ればよくない?
「あの髪飾りは欲しがる者に受け渡されるの。そして呪いの正体を知ることになる」
「呪いの正体は、女しか生まれないということではないのですか?」
「それだけではないの。家に不幸をもたらすのよ。その不幸を限定的にするのは、所有者や呪いの正体を知る女が淑女たることのみ」
「何と」
情報量が多くなってきた。
どうやら母様の長年の頭痛も呪いのせいらしい。
家に不幸をもたらすとなると、わたしも知っておかねばならぬことではないか。
どうして話してくれなかったのだろう?
いや、母様は『ようやく説明できる』と言った。
呪いの制約か何かで、他言できなかったに違いない。
「ええと、あの髪飾りは母様から姉様に受け継がれた。だから母様と姉様は呪いの正体を知っていた、ということですか? 所有者は自然に呪いの正体がわかってしまう?」
「その通りよ」
「姉様からもらったのに、何故わたしは呪いの正体を知らされないのでしょう?」
「欲しがらなかったからよ。そして母系の呪いを他家に擦りつけることができるのは、所有者が呪いの正体を知らない時のみ」
ええ? そんなこととは……。
知らぬこととは言え、わたしは呪いをシャロンとガメル男爵家に擦りつけてしまったではありませんか。
あっ、シャロンも一人娘でガメル男爵家を継ぐから、母系の呪いの該当者になり得る?
「……姉様がわたしに呪いを託すことができたのはどうしてですか?」
「あれは家に祟る呪いだからよ。カイリーは結婚してハットンの家を出るでしょう? 所有権は私かあなたに移ることになる」
なるほど、母様はそうやって姉様を呪いから逃がしたのか。
おそらくまだ幼い頃に姉様は母様にあの髪飾りが欲しいとねだり、それ故に呪いを知ってしまった。
だから姉様を嫁に出すことにし、二女のわたしを後継にした。
そしてわたしには他人のものを欲しがってはいけないと、散々言い聞かせた……。
「つまり呪いの正体を知っている者は、他人にそれを話すことはできないのですね?」
「呪いの対象者が話そうとすると死にます」
「ええ?」
「私にできたのは、他人のものを欲しがってはいけないとあなたに伝えることくらいでした。カイリーもリリアンに何も伝えられなかったと思いますが」
それであの要領を得ない手紙を姉様は残したのか。
わたしが怪しむことを信じて。
呪いの対象から完全に外れたので母様は話せるようになった。
姉様はどうなのだろう?
わたしでは詳しい条件はわからないけれど、おそらく呪いの家出身ということで情報伝達に関しては制約があったのではないか?
だから手紙でも曖昧なことしか書けなかった。
「髪飾りを他人に譲渡することは、どういう条件で可能になるのでしょう?」
「同じ家の女性に欲しがられるか、もしくは死んだり家から抜けたりする時くらいです」
「売ったり捨てたりただ譲ったりすることはできないのですね?」
「呪いの正体を知っている者はできません」
呪いの正体を知らなかったわたしは可能だったのだろう。
でも売ろうなんて気は全然起こらなかった。
姉様からもらったものだったからかもしれないし、それも呪いの効果の一つだったからかもしれない。
「大体理解しました。今回わたしが何も知らぬまま髪飾りの所有者になってしまったのは?」
「レアケースですね。しかしそういう意識の空白を作らないと、あの髪飾りは代々ハットン男爵家に祟るのです」
代々母から娘に受け継がれる呪いなのだろう。
母様と姉様によってわたしは何も知らない所有者に仕立てられ、しかもたまたまシャロンが見つけて欲しがったため、ハットン男爵家は呪いから解放された……。
「シャロンとガメル男爵家に悪いことをしてしまいましたわ」
「シャロンさんが髪飾りの魅力に耐え切れずに欲しがったのでしょう? リリアンだって髪飾りに拘って、自分のものにしたがったかもしれないのよ?」
「ええと、わたしがあくまで自分のものと言い張った場合は?」
「拘り具合にもよるけれど、徐々に呪いの正体を知り、真の所有者になったはず」
そういうものなのか。
怖い呪いだなあ。
これ呪いから逃れるのって、かなり難しいと思うのだけれど。
「ではシャロンはどうなるのでしょう?」
「かなり執着していたのでしょう? 一両日中にも呪いの正体を知るのではないかしら」
「ええ? わたし恨まれませんかね?」
「自分の意地汚さを他人のせいにして恨むなどという淑女らしくない振舞いをするならば、どれほどの不幸が襲うかわかりませんよ」
「あっ、淑女らしくしないといけない呪いでしたね」
ではまず問題なしと。
シャロンとは自然と疎遠になりそう。
却ってよかった。
「この件についてはカイリーにも知らせておきましょう」
「姉様もずっと気にかけていたでしょうからね」
それがあの懺悔のような手紙にも現れていた。
今、何もかもが明らかになった。
「ああ、本当に今日はいい日だわ。リリアンには褒美をあげなくてはいけませんね」
「ではわたしの婚約者について希望があるのですが」
「あら、リリアンがそんなこと言うのは初めてね。どなたかしら?」
「アダムズ男爵家の三男、ロジャー様です」
「アダムズ男爵家の三男ならいいではありませんか。どんな令息なのです?」
「わたしが呪いの髪飾りを譲ろうとした時、邪魔をした令息です」
「は?」
母様の目が点になっているけれど、事実なの。
でもロジャー様はいい男だよ。
「邪魔をしたとはどういうことなの?」
「フフッ、何でもありませんわ。ただロジャー様はとても正義感の強い方なので」
「ああ」
髪飾りを奪おうとしたシャロンにロジャー様が意見したのだろうと、母様も察してくれたようだ。
もしあの時、ロジャー様が完璧にシャロンを止めていたら、髪飾りはわたしの手元に残り、わたしが次の呪いの真の所有者になっていただろう。
それを思うと少しだけ背筋が寒くなる。
◇
数日後にシャロンが体調不良により長期休学するという知らせを聞いた。
またその後ガメル男爵家では最近不吉な事故が相次ぎ、シャロン自身も『黒い影が見える』と怯えているのだという。
シャロンは可愛いところはあるのだけれど、淑女らしくはない。
欲しがり癖についてはわたしもうんざりしていた。
呪いの正体を知ったのなら対処法もわかってるはずだけど、淑女らしくというのはシャロンにとってストレスかも。
「他人のものを欲しがると、オバケが出て不幸になる、か」
幼い頃、母様が教えてくれた言葉を呟く。
あれは道徳でも一般論でもなく、ハットン家の女に伝わる絶対の掟であり、惨劇の回避策だったのだ。
窓の外を見やると、学院の庭でロジャー様が友人と談笑しているのが見えた。
母様がアダムズ男爵家とロジャー様の調査を終え、合格と言っていた。
数日中にも婚約の申し入れをするはず。
わたしは胸元に手を当て、そっと息を吐く。
あの奇妙な髪飾りは、もう二度と我が家には戻らない。
わたしはただ、自分の手で掴み取った平穏と、これから手に入れるであろう素敵な夫との未来を、淑女らしく慈しむだけだ。
最後までお読みいただきありがとうございました。




