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6話前編"魔道士にとっての老い方"

彼女は少年から手を離すといつも通り腕を組む。

すると、待っていたかのようにリッツがメガネを外してこちらに寄ってきた。


「おやおや、これは夢かのう?珍しいモンが見えるわい」


リッツは彼女の顔をガシッと鷲掴むとまじまじとその顔を観察する。


「久しいなリッツ。少し見ないうちに随分と老けたんじゃないか?」


「何を言うか、ずっと変わらないお前さんじゃない限り、100年以上経てば魔道士も老けるわい」


彼女はうざったそうにその手を払い除けリッツから距離を取ると手の甲で自身の顔を軽く拭う。

その所作すら美しく見える彼女はやはり、この街の中でも相当特異な魔導士なのかもしれない。


「もう100年も経ったか。どおりでこの辺の街の顔ぶれが随分と違ったわけだ」


「……100年も姿が変わらない」


こちらの世界に来てから、彼らの時間感覚は人間と違うと相当思い知ったつもりだったが、100年たっても彼女の顔が変わらないというのは少年にとって衝撃的なものだ。

絵本でよく見る幽霊や怪物の類はその容姿を保つために人間を食べたり、その生気を吸い取ったりするような悪行を行うが、彼女の場合はそうではない。

そう考えると、魔道士というものは不思議な生き物だとベネットは感心してしまった。


「言っておくがベネット、誰もがレイのようにこの幼い容姿を保てるわけじゃないぞ」


「クロウ…なんとなくわかってるよ、レイ師匠が特殊すぎるんでしょ?」


いつの間にやら近くに来ていたクロウがコソッと耳打ちをしてきたが、レイチェルが特別なのは普段から見ていればなんとなく察しがつくものだ。

カラスは、考えることを諦めて遠くを見つめる少年に同情するように同じ方向を眺めると、魔女の特殊な老い方について説明をしてくれた。


「魔道士ってのは基本的に年齢などほとんど意味をなさない。それならどうして、老いたり、若返ったりするのかだ…」


「若返ることもできるの!?」


思わず大声を上げたベネットにクロウは焦ったように口元に羽を当てる。

ベネットもハッとして羽に重ねるように手を置いたが、手遅れだったらしく近くで話していた二人はこちらを振り返った。


「ヒョッヒョッ、ベネット…若返りはそう簡単なものじゃないぞよ?」


リッツはそう笑いながら髭を撫でるように触り「ふむ」と何かを考えるとレイチェルの方を向いた。


「レイチェル、少しだけ魔力を借りても言いかえ?生憎今は回復期で色々足りなくてのお」


彼は手を擦り合わせレイチェルよりも低い背を武器にして上目遣いで見上げる。

しかし、彼女にとっては何の効力もなさないみたいで冷ややかな目で見下ろすとため息をついた。


「——やるならもっとマシな頼み方をしろ」


「ジジイの上目遣いほど鳥肌が立つものはねぇぞ」


クロウは文字通り逆立った羽を見せつける。

少年は「すごい!ちゃんと立ってる」なんて呑気に呟きながら羽を治してあげるとカラスを腕に抱える。


「クロ坊みたいな薄汚いカラスよりマシじゃろう」


「あ?どの口が言ってんだジジイ———」


そのまま言い合いを始める彼らに少年は頭を抱えそうになるが、今回は案外早く決着がついた。

なぜなら、レイチェルが氷点下レベルの圧をかけたからである。


「リッツお前にちょうどいい物を持ってきている。試作品の段階だが使う気はあるか?」


彼女はそういうと羽織っていた上着の中ポケットから何やら紙切れを一枚取り出した。

光沢のある紺色の台紙に箔押しされた金色の古代文字。


「だんかい、てき……魔力…増幅?」


「よく読めたなベネット…」


不意にクロウから誉められベネットは「えへへ」と笑う。

今までなら絶対に読めなかったであろう古代語だが、完璧でなくてもわかる場所があるということは、少年の中で一歩理解に近づいた気がして、嬉しくて小さくガッツポーズをした。


「ふむ、こりゃまた新しい…術紙じゃのう」


リッツは彼女から紙を受け取ると、箔押しなぞるように複雑な魔術式を読み解いていく。

しばらくして、とある箇所で指を止めると彼は驚愕の表情を浮かべ紙を床に落とした。


「レイチェル、お前この式はどこで見つけたんじゃ?」


「”最古代魔術禁忌大書”だな。もちろん近代魔術制約の抜け穴をついているから違法ではないぞ」


彼はそのまま参ったと言わんばかりに頭に手を置き項垂れた。

ベネットも聞いたことのある”最古代魔術禁忌大書”その名の通り昔に禁忌とされて使えなくなった魔術が書かれている本である。

あまりにも副作用や被害範囲が広すぎるために使用禁止したりと、誰が聞いても納得のいく禁止理由のものがほとんどの魔術ばかりだったがレイ師匠は抜け穴を通り抜けてその魔術の一部をあの紙に使ったというのだ。


「———ジェンキンス家がよくモグラみたいな奴らだという奴らがいるが全くその通りじゃな…」


リッツは床に落とした紙を拾い上げると、困ったように笑った。

彼女たちがモグラと呼ばれていることは初めて知ったが、ルールの抜け穴を見つけたりしている点では妙に納得がいってしまった。

 

「レイチェルに関してはそのあだ名も納得がいくんじゃねぇか?…なんせ群れるのは嫌いだし?法の抜け穴を見つけるのは得意だしな」


「”モグラのいる土地は肥沃”というくらいだ…。悪いあだ名ではないな。」


「全くと言っていいほど皮肉が効いてないのう。それで?効果や副作用についてはわかっておるのかい?」


彼は一瞬で真面目顔つきになると、レイチェルに質問を投げかけ彼女の作った魔術式についての解読を始める。

その顔からは今までの奇行が嘘だったのではないかと錯覚する程、専門的な知識を持つ人物としてのオーラが滲み出ていて、ベネットは密かにかっこいいなと憧れていた。


「副作用についてはこの部分の式においてほとんどは打ち消したが…問題は禁忌部分を改良して作ったこの術式だ———」


「く、くろう?僕には何を言っているのかさっぱりだよ」


レイチェルの口から語られるものは少年にとって知らない言語のように感じられ、目の前で行われる2人の会話をただぼうっと見つめるしかできない。


「あー…これを解ろうとするのは無理があるな…安心しろ俺でも半分くらいしかついて行けてねぇよ」


クロウは「ははっ」と乾いた笑いをこぼし、折り曲げていた足を上げると2人の空気を切るようにわかりやすく咳払いをした。


一斉にこちらを向く疑問の目。

ベネットは緊張から身体をこわばらせ「クロウ、クロウ!?」と焦り散らかすが、そんなのお構いなしとクロウは少年の肩を軽くつつくと「わからないなら聞くのみだ」と意地悪く笑いレイチェルの方へ飛び乗った。


「レイチェル、かわいいかわいい愛弟子は師匠に聞きたいことがあるらしい」


ニヤニヤと少年を見ながらレイチェルに告げ口をするカラスの顔ほど憎たらしいものはないと思ったが、彼女がこちらに耳を傾けてしまったのでベネットは諦めて口を開く。


「あの…禁忌の魔法の抜け穴ってどんなことなんですか?」


レイチェルは表情ひとつ変えず少年をじっと見つめ動かなくなる。

ベネットが学び始めてからまだ日は浅くこの術式について解くのは難しいのではないかと彼女の中で考えていただけではあるが、ぼんやりと視界に移るベネットは自身に向ける憧れの眼差しがとても強いように思え、諦めたように目を瞑った。


「———邸に帰れば術式についてのメモ書きがある。今のお前の知識では解読が難しいだろうが、いつかの日のために渡しておくのは問題ない…それと、禁術の抜け穴に関しては帰ってから軽く説明してやろう」


おそらくこれが彼女にとって、師匠として今できる精一杯の教えなんだろうが少年にとってそんなこと汲み取れるわけもなく、憧れの師匠からやっと授業らしい教えがもらえるかもしれないと密かに喜んでいた。

それから、リッツとレイチェルは少し離れたところで紙切れに対し議論を重ねることになり、残されたベネットとクロウは工場の中を探検していいと許可をもらったためぐるぐると歩き回って遊んでいた。


「クロ坊、ベネット…待たせたのお」


しばらくして、リッツの声が工場中響き渡り少年たちは彼らの元へ戻っていくと彼は一人でそこにいた。


「あれ?レイはもう帰ったのか?」


「他の予定があるとかで、あとは頼むと言っておったぞ」


どうやら、少し前にふわりと姿を消していた彼女。

何も言わずに妖精のようにいなくなる性格はやはりモグラのようでベネットはクスリと思い出し笑いをした。


『レイチェル・ジェンキンスの幽玄』をお読みいただきありがとうございます!


今後の更新は"基本的に週1回(毎週金曜日)"を予定しています。

(※執筆の進み具合によっては、週2回更新になる場合もあります!)


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朱雀るいん

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