四つ目の神殿
夜明け前に、神殿に着いた。
山の谷間に、巨大な石の扉があった。扉の表面に刻まれた紋様は、南の神殿よりも遥かに複雑だ。渦巻きと幾何学模様が絡み合い、見ているだけで目眩がする。
扉の周囲の地面に——亀裂が無数に走っていた。壁面の岩が崩れ、瓦礫が散乱している。石の扉自体にも大きなひびが入り、隙間から熱い空気が漏れている。
「ひどい状態だ」ジークが呟いた。
「扉の封印がほころんでいます」ヴェルディアが石に手を当てた。「本来は扉自体が第一の防壁ですが——もう機能していない。中の結晶球はさらに——」
「考えるより先に入ろう」レイドが扉の隙間に手をかけた。
ガレスと傭兵二人で石の扉をこじ開けた。軋む音が谷に反響し、熱い空気が噴き出した。
中は——予想以上に崩壊していた。
通路の壁面が崩れ、天井から砂と小石が絶えず降っている。古代文字は完全に摩滅し、壁の鉱物の発光も途切れ途切れだ。足元は瓦礫だらけで、まっすぐ歩くこともできない。
「慎重に。天井が落ちるかもしれません」リーシャが魔法で周囲を探った。「通路の構造は——まだ保っていますが、あと何日持つか分からない」
全員が一列になって進んだ。ガレスが先頭で盾を頭上に掲げ、落ちてくる石を防いだ。レイドがリーシャとヴェルディアを守りながら続く。
百歩。二百歩。地面の振動が足裏に伝わってくる。断続的な地鳴りが、体の芯を揺さぶった。
広間に出た。
結晶球があった。だが——。
「これは——」リーシャが言葉を失った。
結晶球は——ほぼ黒だった。青い光は微かな点が二つ三つ残っているだけで、表面の九割以上が漆黒の染みに覆われている。脈動は——もはや苦悶に近い。不規則に明滅し、そのたびに広間全体が揺れた。
「限界だ」ヴェルディアの声が低い。「あと数日——いや、数時間で完全に崩壊するかもしれない」
「修復できるのか。この状態で」
「……正直に言えば——分からない。これまでの三つとは劣化の度合いが違いすぎる」
リーシャが結晶球に近づき、目を閉じて魔力の状態を探った。
「構造は——かろうじて残っています。核が生きている。核が死んでいたら手遅れですが——まだ間に合う。ただし」
「ただし?」
「全員の力が必要です。私とレイドだけでは足りない。ヴェルディアの指示、それだけでも足りない。もっと——魔力の総量が必要です」
ガレスが前に出た。
「俺に魔力はねえが——体力ならある。何でもやる」
「ガレスさんには——結界の維持をお願いします。修復中に地震が来たら、天井が崩れます。盾で——」
「任せろ」
ジークが腕を組んだ。
「俺にできることは」
「傭兵の皆さんと一緒に、通路の警戒を。昨日のような眷属が来る可能性があります」
「了解だ」
フェリクスが計測器を構えた。
「記録と計測を続けます。封印強度の変化をリアルタイムで報告します」
配置が決まった。ガレスが広間の四隅に立ち、天井の崩落に備える。ジークと傭兵が通路を守る。フェリクスが計測する。
そして——リーシャとレイドが結晶球に向かった。ヴェルディアが横に立つ。
「始めます」
リーシャが両手を翳した。碧眼を閉じ、魔力を集中させる。レイドがリーシャの背に手を当て、自身の魔力を全て注ぎ込む。
ヴェルディアが指示を出した。だが——今回は違った。
「核に直接注入してください。表面の染みは後回しです。核を強化しなければ——結晶球そのものが砕ける」
リーシャの魔力が結晶球の核に届いた。微かな青い光が——少しだけ強まった。
地面が大きく揺れた。天井から拳大の石が落ち、ガレスが盾で弾いた。
「続けろ!」ガレスが叫んだ。
二時間。核の光が安定し始めた。リーシャの額から汗が滴り落ち、レイドの呼吸が浅くなっている。
三時間。黒い染みが端から溶け始めた。だが進行は遅い。九割の染みを消すには——まだ足りない。
「限界が近い」ヴェルディアが二人の状態を見て言った。「これ以上は——体が壊れる」
「もう少し——」リーシャが歯を食いしばった。
「駄目です。一度止めましょう。核は安定した。完全な修復は——時間を置いて複数回に分けて行えばいい」
レイドがリーシャの肩を掴んだ。
「ヴェルディアの言う通りだ。無理をするな」
リーシャが手を下ろした。膝が折れそうになり、レイドが支えた。
結晶球を見た。黒い染みは七割ほどに減っていた。まだ完全ではないが——核は安定し、脈動が規則的になっている。地震も——弱まった。
「応急処置は完了です」フェリクスが計測器を読んだ。「封印強度は危険域を脱しました。崩壊の危機は——回避できています」
「ただし完全修復には——あと二回、同じ作業が必要だ」ヴェルディアが言った。「一日おきに、体力を回復させてから」
「二日か」
「最低でも」
レイドはリーシャを支えたまま、結晶球を見上げた。黒い染みの中で、青い光が——確かに脈動している。希望の光だ。
「ここに陣を張る。二日間——この神殿を守りながら、封印を修復する」
「了解だ」ジークが頷いた。「傭兵には交替で通路を見張らせる。眷属が来たら——叩く」
ガレスが大盾を地面に置いた。金属が石の床に響く。
「二日でも三日でも付き合うぜ。——盾がある限り、天井は落とさねえ」
全員が頷いた。広間に松明の光が揺れ、結晶球の青い光と混ざり合っている。
四つ目の封印——修復、開始。




