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勇者だった俺は死に戻りして知った――魔王を殺せば世界が滅ぶので、今度は勇者を止めることにした  作者: ぽんぽこライフ


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神殿の証明

 翌朝、レイドはアウグストゥスを連れて東へ歩いた。


 リーシャとヴェルディアが同行し、ジークの傭兵が三人ほど後方を守っている。サルディスの聖堂から出たアウグストゥスは白い法衣の裾を砂に引きずりながら、無言で歩いていた。


 半日ほどで——岩山が見えた。


 砂漠と海岸線の境界に突き出た黒い岩山。その根元に、古代の石門が半ば崩れた状態で残っている。風化した柱に、微かに古代文字が刻まれていた。


「ここが——三つ目の神殿だ」レイドが石門を示した。


 アウグストゥスが目を細めた。白髭の下で唇が動いている。


「……古い。聖教会の大聖堂よりも——遥かに古い」


「千年どころではありません」ヴェルディアが言った。「この神殿は三千年以上前に建てられた。柱が一つだった頃——世界の均衡を維持するための施設のひとつです」


「お前は——何者だ。昨日の交渉の席にはいなかったが」


「ヴェルディア。かつて魔王と呼ばれていた者です」


 アウグストゥスの顔が凍りついた。白い法衣の下で、老人の体が強張るのが分かった。


「魔王——だと」


「今は人間です。柱の力を手放し、ただの人間として生きています。あなた方が千年間恐れてきた存在は——もういない」


 老人の目が揺れた。怒りと困惑と——微かな恐怖が入り混じっている。


「案内する。中を見てくれ」レイドが先に立った。


 石門をくぐり、地下へ降りた。通路の壁に古代文字と紋様が刻まれ、天井の鉱物が薄い光を放っている。空気は冷たく、岩の湿った匂いがする。


 広間に出た。中央の台座に、結晶球があった。


 アウグストゥスが——息を呑んだ。


 結晶球は青い光を放っているが、表面の四割ほどが黒い染みに覆われていた。脈動は不規則で、時折、苦しげに明滅する。


「これが——封印か」


「はい」リーシャが結晶球の前に立った。「この結晶球が深淵の眷属を封じています。千年の間に劣化が進み、封印が薄くなっている。ここから——海の底の存在が漏れ出し、海獣の凶暴化を引き起こしています」


「海獣——。サルディスの漁師たちが、近頃海に出られないと言っていた」


「それはこの封印のほころびが原因です」


 アウグストゥスが結晶球に歩み寄った。白い法衣の袖が青い光を反射し、揺らいでいる。老人の手が——結晶球に伸びた。


「触れないでください」リーシャが制止した。「素手で触れると、封印の構造に干渉します」


 アウグストゥスの手が止まった。結晶球を見つめている。黒い染みが——脈動のたびに広がり、縮み、また広がる。


「……聖教会は」アウグストゥスが低い声で言った。「千年間——何を守ってきたのだ」


「嘘を」ヴェルディアが答えた。


「嘘——か」


「千年前。聖教会は四つの柱を砕き、その力を権威の源にした。柱の跡地に大聖堂を建て、残滓を神の力と偽った。世界を支えていた柱を壊して——信仰を建てた」


「それは——知っている。王都で公表された話だ。だからこそ——認められない。千年の信仰が嘘であるなどと」


「嘘の上に建てた信仰でも——信じた人々の気持ちは本物だった」レイドが言った。「それを否定するつもりはない。だが——嘘を続けるか、真実の上に建て直すかは、お前たちが決めることだ」


 アウグストゥスが振り返り、レイドを見た。老人の目に——涙はない。だが、何かが揺らいでいた。千年の信仰の土台が——足元で軋む音を、この老人は確かに聞いている。


「この封印を——修復できるのか」


「できます」リーシャが答えた。「ただし——補修した封印は永遠ではありません。定期的に魔力を注ぎ、状態を確認する者が必要です」


「管理者——が要るということか」


「はい。かつては専門の管理者がいました。だが三千年の間に失われた。今は——誰かがその役を引き受けなければならない」


 レイドがアウグストゥスの目を見た。


「聖教会には——千年の組織力がある。各地に支部があり、人材がいる。その力を——嘘を守ることではなく、世界を守ることに使えないか」


 長い沈黙。結晶球の不規則な脈動が、広間に低く響いている。


「……聖教会が——封印の管理者になれと」


「強制はしない。だが——お前に見せたかったのは、これだ。世界には、まだ守るべきものがある。信仰の嘘を守ることよりも——大切なものが」


 アウグストゥスが結晶球を見つめた。黒い染みの向こうに、深淵の闇が蠢いている。千年間聖教会が語ってきた悪の象徴——魔王。だがその魔王は、目の前で人間の姿をして静かに立っている。


「——明日」アウグストゥスが言った。「この封印の修復に——立ち会わせてもらう。それを見た上で——考える」


「それでいい」


 四人は地下を出た。岩山の外に出ると、午後の陽射しが眩しかった。


 アウグストゥスは石門の前で立ち止まった。老人の視線が——岩山の全体を見上げている。


「この神殿は——聖教会の記録にはなかった」


「千年前に柱を砕いた者たちが、意図的に消したのでしょう」ヴェルディアが言った。「神殿の存在が知られれば、柱とは別の力の体系があることが露呈する。聖教会の『神の力』という物語が——崩れる」


「……そうか。消したのか。歴史を」


「千年間——消し続けた。だが、消したものは——いずれ表に出る」


 アウグストゥスが白髭を撫でた。老人の目は——もう怒りを宿していない。代わりに——深い疲労と、微かな決意が入り混じっていた。


「帰る。——司祭たちに、話さなければならない」


 老人は一人で歩き出した。白い法衣が砂の道に長い影を引いている。


 ヴェルディアがレイドの横に並んだ。


「あの老人——変わるだろうか」


「分からない。だが——見せた。あとはあの人が決めることだ」


「お前は——人を信じるのが得意だな」


「得意じゃない。——信じたいだけだ」


 リーシャが二人に追いついた。


「アウグストゥスさん、帰り道で一度も振り返りませんでした」


「怒っているのか」


「いいえ。——覚悟を決めたんです。あの歩き方は——迷いを捨てた人の歩き方です」


 レイドはリーシャの横顔を見た。碧眼が遠くのアウグストゥスの背中を見つめている。人の心を読むのは——リーシャの方がずっと上手い。


 帰路、海岸線の向こうに夕陽が沈んでいった。明日は——封印の修復だ。

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