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勇者だった俺は死に戻りして知った――魔王を殺せば世界が滅ぶので、今度は勇者を止めることにした  作者: ぽんぽこライフ


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最後の残滓

 地下への階段は、深かった。


 石段を百段以上下りた。壁は自然の岩肌に変わり、苔と地衣類が青い光に照らされている。空気は湿っているが冷たくはなく、生温い風が下から吹き上がっていた。地脈の熱だ。


 リーシャが先頭を歩いた。四つの残滓が道を示すように体内で脈動し、銀色の光が足元を照らしている。


「近い」リーシャが囁いた。「もう——すぐそこに」


 階段が終わり、広い空間に出た。


 天然の洞窟だった。天井は高く、鍾乳石が無数に垂れ下がっている。壁から染み出した水が小さな池を作り、その水面が青く輝いていた。洞窟全体が——生きているように脈動している。


 そして洞窟の中央に、それがあった。


 青い結晶。人の背丈ほどの大きさの、澄んだ結晶。内部で光が揺らめき、脈動のたびに洞窟全体に波紋を広げている。他の四つの聖堂で見た残滓よりも——遥かに大きく、遥かに強い力を放っていた。


「これが——最後の柱の残滓」アルヴィンが息を呑んだ。「聖剣が——震えている」


 アルヴィンの腰の聖剣が微かに振動していた。柱の力を砕くための剣が——柱の力を前にして、恐れるように震えている。


「聖剣はここに近づけない方がいい」リーシャが言った。「共鳴が強すぎると——残滓が不安定になります」


 アルヴィンは頷き、聖剣を腰から外してエドモンに預けた。エドモンが無言で受け取り、洞窟の入口まで下がった。


 リーシャが結晶に近づいた。一歩ごとに、体内の四つの残滓が激しく共鳴する。銀色の光が溢れ、碧眼が完全に銀色に変わった。


「大きい——」リーシャが立ち止まった。「他の残滓とは桁が違います。これを取り込むには——」


「時間がかかるか」


「いいえ。時間ではなく——体が耐えられるかどうか」


 セレナがリーシャの手を取った。


「私が支えます。前と同じように」


「セレナさん——」


「一人で背負う必要はないわ」


 リーシャは頷いた。二人が結晶の前に立った。


 レイドは洞窟の周囲を見回した。四つの聖堂では——残滓の守護者がいた。ファレストでは石の巨人。アイゼンでは二体の守護者。ここにも——何かがいるはずだ。


「ガレス。カイル。警戒を」


「分かっている」ガレスが大盾を構えた。


 リーシャが両手を結晶に触れた。


 瞬間——洞窟が震えた。


 青い光が爆発的に膨れ上がり、天井の鍾乳石が振動で砕けた。破片が降り注ぎ、ガレスの盾が頭上を覆った。


 そして——洞窟の奥から、音が聞こえた。


 水の音ではない。石が動く音。重く、低く、規則的な振動。何かが——近づいてくる。


 壁が割れた。


 巨大な腕が岩壁を突き破り、洞窟の中に現れた。石と結晶で出来た腕。指の一本一本が人間の胴体ほどある。腕に続いて肩が、頭が、胴体が——岩壁から剥がれるようにして姿を現した。


 守護者。


 だが——これまでのどの守護者とも違っていた。体の大きさは洞窟の天井に頭がつくほどで、全身が青い結晶に覆われている。目に当たる部分に——二つの青い光が灯っていた。


「でかい——」カイルが弓を構えたが、矢を番える手が止まった。「あれに矢が効くのか」


「効かないだろうな」ガレスが唸った。「盾でも——受け止められるか分からない」


 守護者の腕が振り下ろされた。


 レイドが横に飛んだ。拳が床に叩きつけられ、石の床が砕けた。衝撃波が洞窟を揺らし、水が跳ね上がった。


「リーシャ! 時間を稼ぐ! 取り込みを続けろ!」


 リーシャは結晶から手を離さなかった。銀色の光が結晶に流れ込み、結晶の光がリーシャの体に流れ込んでいる。セレナが隣で緑の光を放ち、リーシャの体を支えている。


「任せてください——」リーシャの声が歪んだ。力の奔流が体を通り抜けている。「——集中を、切らしません」


 守護者が二度目の拳を振り下ろした。今度はリーシャに向かって。


 ガレスが走り込んだ。大盾を頭上に掲げ、拳を受け止めた。


 金属が悲鳴を上げた。ガレスの膝が石の床にめり込んだ。腕が痺れ、歯を食いしばる。だが——盾は砕けなかった。


「通さ——ねえ——」


 ガレスが踏ん張り、拳を押し返した。守護者の腕が僅かに上がる。その隙にカイルが矢を放った。矢は守護者の目を狙ったが——結晶に弾かれ、砕けた。


「矢じゃ無理だ!」


「結晶の継ぎ目を狙え!」レイドが叫んだ。「体の関節——結晶が薄い部分がある!」


 レイドは剣を抜き、守護者の膝に斬りつけた。結晶と結晶の間の薄い部分——石でできた関節。剣が食い込み、石が砕けた。守護者の膝が折れ、巨体が傾いた。


「ミラ!」


 ミラは既に動いていた。守護者の背中を駆け上がり、首の後ろ——結晶が最も薄い部分に短剣を突き立てた。刃が深く刺さり、結晶にひびが入った。


 守護者が吼えた。声なき咆哮が洞窟を震わせ、鍾乳石がさらに砕け落ちた。腕を振り回し、ミラを振り落とそうとする。


 ミラは短剣を握ったまま、守護者の肩を蹴って宙に飛んだ。着地し、転がり、距離を取る。


 アルヴィンが前に出た。聖剣はない。だが——素手の拳が、白い光を帯びていた。


「勇者としての力は——聖剣だけではない」


 アルヴィンの拳が守護者の胸を打った。白い光が結晶を貫き、内部にひびが走った。守護者が後退した。


「アルヴィン——」レイドが驚いた。


「聖剣は柱を砕く道具だと言ったな。だが勇者の力は——聖剣に宿るのではなく、この体に宿る。聖教会はそれを隠していた。剣に依存させるために」


 アルヴィンが二度目の拳を叩き込んだ。守護者の胸の結晶が大きく割れ、内部から青い光が漏れた。


 守護者が両腕を振り上げた。全力の一撃。洞窟の天井に拳がぶつかり、岩が崩れ始めた。


「天井が——崩れる!」


「リーシャ! あとどのくらいだ!」


 リーシャの全身が銀色に輝いていた。結晶の光が——半分以上、リーシャの体に吸い込まれている。結晶は小さくなり、光が弱まっている。


「もう少し——あと一分——」


 守護者の拳が再びリーシャに向かった。ガレスとレイドが同時に前に出た。ガレスの盾が拳の軌道を逸らし、レイドの剣が手首の関節を断った。石の手が切り離され、床に転がった。


 だが守護者はもう一方の腕を振った。レイドが吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。背中に衝撃が走り、視界が一瞬暗くなった。


「レイド!」


「大丈夫——だ」レイドが壁から離れ、剣を構え直した。左手の紋様が——光っている。ヴェルディアの力が、体を守ったのだ。


 カイルが矢を放った。今度は守護者の膝の——レイドが切り開いた関節の隙間を狙った。矢が深く刺さり、守護者の膝が完全に砕けた。巨体が片膝をついた。


 ミラが再び背中に飛び乗った。首の後ろのひびに短剣を押し込み、捻った。結晶が砕け、首が傾いた。


 アルヴィンの三度目の拳が、守護者の胸の中心を打ち抜いた。白い光が結晶の体を貫通し、内部の青い光が消えた。


 守護者が動きを止めた。


 二つの青い目の光が——消えていく。石の体がゆっくりと崩れ始め、結晶の破片が洞窟の床に散った。


 同時に——リーシャの体が、白い光に包まれた。


 結晶が消えた。全ての光がリーシャの体に吸い込まれ——洞窟が一瞬、闇に落ちた。


 次の瞬間——銀色の光が、リーシャの全身から爆発的に溢れた。


 五つの残滓。全てが——一つの体に収まった。


 リーシャの碧眼は完全に銀色に変わり、髪が宙に舞い上がっている。体から放たれる光は、洞窟全体を——いや、洞窟の壁を通り抜けて、地上まで届いている。ヴェルデ聖堂が銀色に輝いていることが、地脈を通じて分かった。


 世界の地脈が——変わった。


 リーシャは目を閉じた。五つの残滓の力が体内で渦を巻き、そして——安定した。五つの力が互いを補い合い、完全な調和を作り上げている。


 世界の隅々まで——見える。大陸の形。海の深さ。山の高さ。全ての地脈の流れが、手のひらの上に乗っているように感じられた。


 そして——ヴェルディアの鼓動を感じた。


 弱い。だが——確かに。


 ヴェルディアの負荷が——半分以上、リーシャに移った。千年以上一人で世界を支え続けた魔王が、初めて——息をつける。


「——ヴェルディア様」リーシャの目から涙が溢れた。「楽になりましたか」


 返事はなかった。だが——地脈を通じて、微かな温もりが伝わった。


「リーシャ」レイドが近づいた。「成功したのか」


「はい。五つ——全て取り込みました。世界の均衡は——安定に向かっています。地脈の乱れは——これから数日で収まるはずです」


「ヴェルディアは」


「生きています。負荷は五割以上、私が引き受けました。でも——」


 リーシャの声が沈んだ。


「でも——ヴェルディアの体は、まだ壊れています。三千年の酷使で——修復不能なほどに。負荷を減らしても——体が持たない。このままでは——」


「どのくらいだ」


「分かりません。数ヶ月か。数週間か。——体の崩壊を止めなければ、ヴェルディアは消えます。柱そのものが消えれば——五つの残滓を持つ私だけでは、世界は支えきれない」


 洞窟に沈黙が落ちた。


 五つの残滓を集めても——それだけでは足りない。ヴェルディア自身を救わなければ、世界は結局崩壊する。


 レイドは左手の紋様を見つめた。ヴェルディアの力。彼女の命の一部が、この手に宿っている。


「方法はある」


 全員がレイドを見た。


「一周目で——世界が崩壊した時、最後に見えたものがある。地脈の奥に——柱の核がある。五つの柱の力が一つに集まる場所。世界の中心」


「世界の中心?」アルヴィンが聞いた。


「柱が完全に一つだった頃——まだ五つに分かれる前の、原初の力がある場所だ。そこに行けば——ヴェルディアの体を修復できるかもしれない」


「かもしれない、か」ガレスが腕を組んだ。


「確証はない。だが——他に方法がない」


 リーシャが目を開いた。銀色の瞳が、レイドを見つめた。


「感じます。世界の中心——地脈の全てが収束する場所。深い。とても深い場所に——あります」


「場所は分かるか」


「はい。ここです」


「ここ?」


「ヴェルデ聖堂の地下。——この洞窟の、さらに下。世界の中心は——五つ目の柱の真下にあります」


 七人が顔を見合わせた。


 最後の残滓を取り込んだ場所の、さらに下に——世界の核がある。


「行こう」レイドが言った。「ここまで来たんだ。最後まで行く」


 洞窟の奥に——もう一つの階段があった。結晶の守護者がいた壁の裏に、隠された下り道。リーシャの銀色の光が照らし出した、千年誰も知らなかった道。


 七人は、さらに深く降りていく。


 世界の核へ。全ての答えがある場所へ。

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