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勇者だった俺は死に戻りして知った――魔王を殺せば世界が滅ぶので、今度は勇者を止めることにした  作者: ぽんぽこライフ


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千年の封印

 ヴェルデ聖堂の内部は、森の匂いがした。


 石壁の隙間から蔦が侵入し、天井の梁に苔が生えている。東大陸の大聖堂の荘厳さとは対照的な、自然に還りかけた聖堂。だがその静けさの中に——古い力の気配が満ちていた。


 神官長のエリアスが、七人を聖堂の奥に案内した。白髪の老人で、背は曲がっているが目は澄んでいる。


「地下への入口はここです」


 祭壇の裏に、石の床板があった。二枚の石板が合わさった形で、表面に古代文字が刻まれている。文字は銀色に微かに光を帯びていた。


「千年前の封印です」エリアスが杖で石板を示した。「初代のヴェルデ神官長が施したと伝えられています。以来、一度も開かれたことはない」


「開けようとした者は」レイドが聞いた。


「おります。百年に一度ほど、聖教会の上層部から調査の命令が来ます。ですが——封印に触れた者は全員、意識を失いました。力で抉じ開けようとした者もいましたが、石板は傷一つつかなかった」


 リーシャが石板の前に跪いた。手を石に近づけると——四つの残滓が体内で震えた。石板の古代文字が、銀色の光を強めた。


「共鳴している」リーシャが息を呑んだ。「この封印は——柱の力で作られています。守り手の力でなければ——解けない」


「千年間、守り手が来るのを待っていたのか」アルヴィンが石板を見下ろした。


「いいえ。守り手が安易に開けないように、という封印です。四つの残滓を持つ者でなければ、解除できない」


「四つ——つまり、五つの残滓のうち四つを集めた後でなければ、最後の一つに辿り着けない」


「はい。順番が決まっていたんです。最初から」


 レイドはリーシャの隣に立った。


「開けられるか」


「開けられます。ですが——時間がかかります。封印を無理に砕けば、残滓ごと消えてしまう。丁寧に、一層ずつ解いていかなければ」


「どのくらいかかる」


「分かりません。一刻か。半日か。封印の構造を読み解きながら進めるしかない」


「俺たちが守る」ガレスが大盾を下ろした。「好きなだけ時間を使え」


 セレナがリーシャの隣に跪いた。


「私にも手伝えますか」


「セレナさん——」


「聖女の力と守り手の力は同じ源。前に禁術を中和した時も——力が通じ合いました」


 リーシャが微かに笑った。


「お願いします」


 二人が石板に手を触れた。


 銀色と緑の光が、石板の表面に広がった。古代文字が一つずつ浮かび上がり、光に包まれていく。封印の構造が——二人の目に見えるようになった。


 七つの層。千年前の神官長が、七重の封印を施していた。一層ごとに異なる術式。異なる鍵。


「第一層——地の封印」リーシャが呟いた。「大地の力で石板を固定している。これは——」


 リーシャの手から銀色の波動が流れた。石板の古代文字の一部が消え、石が微かに震えた。


「一つ解けた」


 レイドたちは聖堂の入口と窓を固めた。ガレスが正面入口に大盾を構え、カイルが窓際に弓を置いた。アルヴィンは聖剣を帯びたまま、祭壇の周囲を巡回している。ミラは屋根に上がり、周囲の森を監視していた。


 レイドはリーシャの傍に残った。左手の紋様が——微かに温かくなっている。ヴェルディアが何かを伝えようとしている気がした。


「第二層——水の封印」


 セレナの緑の光が、石板の上を流れた。文字が一つ消え、また一つ消える。水のように穏やかに、封印が解けていく。


「第三層——風の封印」


 リーシャの髪が舞い上がった。聖堂の中に風が渦巻き、蔦が揺れた。石板から風が吹き出し——やがて収まった。


 三層が解けるまでに、一刻が経過していた。


「リーシャ、休め」レイドが水を差し出した。


「大丈夫です。四つの残滓が力を貸してくれている。今は——体力の問題ではなく、集中力の問題です」


「集中力なら尚更、休息が必要だ」


 リーシャが少し考え、頷いた。


「五分だけ」


 リーシャは目を閉じ、壁に背を預けた。セレナが隣に座り、静かに祈りを捧げている。


 レイドは聖堂の窓から外を見た。森は静かだ。月が高く昇り、聖堂の前庭を白く照らしている。リーシャが地脈を鎮めた効果が、まだ続いているのだろう。


 ミラが屋根から下りてきた。


「異常なし。ただ——気になることがある」


「何だ」


「森の東側に、焚き火の痕がある。半日前くらいのもの。五人から六人の野営跡」


「アルヴィンたちの野営跡か」


「いや。アルヴィンたちは街道沿いに来たはず。焚き火があったのは——街道から外れた場所。わざと隠れるように野営していた」


 レイドの目が鋭くなった。


「追手か」


「カレンの聖教会の船の連中とは別口かもしれない。鴉の伝書は——俺たちより速いとジークが言っていた」アルヴィンが近づいた。「マルティウスの命令が、西大陸にも届いている可能性がある」


「聖堂の支部は押さえたんだろう」


「聖堂の神官たちは従った。だが——ヴェルデの街にも聖教会の信者はいる。マルティウスの拘束を知らない者たちが、旧命令に従って動いている可能性がある」


「守りを固める必要があるな」ガレスが言った。


「既に固めている」アルヴィンがエドモンに目配せした。「エドモンが聖堂の周囲に聖騎士の結界を張った。接近する者がいれば、分かる」


「抜かりないな」


「勇者を十年やっていた。——護衛の手順くらいは心得ている」


 レイドはアルヴィンを見た。一周目では——この男に殺された。二周目では——同じ男が、味方として隣に立っている。


「アルヴィン」


「何だ」


「お前がいてくれて——助かる」


 アルヴィンの碧眼が一瞬揺れた。だがすぐに目を逸らし、小さく頷いた。


「償いだと言っただろう。——感謝は不要だ」


 五分が過ぎた。リーシャが目を開けた。


「続けます」


「第四層——火の封印」


 石板が赤く光った。熱が聖堂の空気を震わせた。リーシャの額に汗が浮かぶ。セレナの緑の光が、赤い光を冷まし、封印の術式を柔らかく解いていく。


「第五層——光の封印」


 石板全体が白く輝いた。聖堂の内部が昼間のように明るくなり、壁の蔦が影を落とした。光が収まると——石板の文字が半分以上消えていた。


「あと二層」


 リーシャの声に疲労が滲んでいた。額に汗の筋が幾本も流れている。だが目は澄んでいる。集中は途切れていない。


「第六層——闇の封印」


 聖堂から光が消えた。蝋燭もかがり火も——全ての光が吸い込まれた。完全な闇。目を開けても何も見えない。


「リーシャ!」レイドが手を伸ばした。


「大丈夫——です」


 闇の中で、銀色の光だけが灯った。リーシャの両手から放たれる守り手の光。その光が——闇を内側から食い破るように広がった。


 闇が割れた。光が戻った。石板の文字は——残り一行だけになっていた。


「最後の層」リーシャの声が掠れていた。「第七層——命の封印」


「命?」


「この層だけ——術式が違います。力で解くのではなく、問いかけに答える形式です」


「問いかけ?」


 石板の最後の一行が、銀色に浮かび上がった。古代文字。だがリーシャには——読める。


「『汝は何のために、柱の力を求めるか』」


 聖堂が静まり返った。七人が——リーシャを見つめた。


 リーシャは石板に両手を置いたまま、目を閉じた。


 何のために。


 力を求める理由。


 守り手として——世界を支えるため? ヴェルディアを救うため? レイドとの約束を果たすため?


 どれも正しい。だがどれも——本当の答えではない気がした。


 リーシャは目を開けた。


「——世界を、好きだからです」


 静寂。


「この海が。この森が。この空が。この町で暮らす人たちが。——好きだから。なくしたくないから。それだけです」


 石板の最後の文字が——消えた。


 石板が二つに割れた。音もなく、静かに。割れた石板の下に——階段が現れた。地下へ続く、古い石段。段の一つ一つに苔が生え、湿った空気が下から吹き上がってきた。


 そして——青い光が、地下の奥から微かに射していた。


「封印が——解けた」エリアスが声を震わせた。「千年の封印が——」


 リーシャの体が傾いた。レイドが支えた。


「大丈夫か」


「大丈夫です。少し——疲れただけ」


「休め。地下に降りるのは——」


「いいえ。今行きます。残滓が——呼んでいます。待てないんです。ヴェルディアが——もう、限界に近い」


 レイドの左手の紋様が、激しく脈動した。ヴェルディアの声なき声が——届いている。急いでくれ、と。


「分かった。行こう」


 七人が階段を下り始めた。青い光が、一段ごとに強くなっていく。


 千年の封印の奥に眠る、最後の残滓。世界を支える最後の欠片。


 それが——すぐそこにある。

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